168 福引
「そうです。現在も金髪の女性は滞在していますが、栗毛の若い女性の方は、すでに屋敷を出たとのことです」
え?ランちゃんだけ?メイヤさんを置いて屋敷を出たっていうの?
「出た?自分で?誰かにさらわれたとかでなく?」
まさか、ランちゃんとメイヤさんの所在がエロキモ陛下にばれた?
青ざめる私に、ウルさんが言葉を続ける。
私が頼んだのは、シャルトの元に二人がいるかどうかだが、ちゃんと詳細も調べてくれていたらしい。
「生きる道を見つけたと、歌を皆に聞いて欲しいと、旅の一座に入団したそうです」
「歌?そう、そうなの?」
確かにランちゃんは歌が上手だ。メイヤさんも昔は歌姫だったそうだから、歌手になりたいという気持ちになっても不思議はない。
セバスール領までは、馬車持ちのサニーネ一座と一緒だった。その時に、生きる道はこれだと感じたのかもしれない。
本当は、ことが収束するまで、エロキモ陛下がランちゃんの身を狙わないと確証が得られるまでセバウマ領に保護されていてほしいけど……。
でも、いつまでなの?もしかして何十年も先になるかもしれない。
保護という言葉は聞こえがいいけど、結局は閉じ込められるに近いことだよね?
それじゃあ、エロキモ陛下の元で閉じ込められているのとそう変わらない。だったら……。
少し危険かもしれないけれど、自由に外に出られた方が幸せなのかもしれない。
「ウルさん、その旅の一座を陰から護衛するようなことはできる?栗毛の女性に危険が迫った時に助けることはできるかな?」
ウルさんは、静かにうなずいた。
ホッと胸をなでおろす。
ウルさんやオーシェちゃんたちの働きを見ていれば、とても護衛として優秀だということは分かる。だから、ランちゃんの身もこれで安心だ。
元々、エロキモ陛下はランちゃんの命を狙っているわけじゃない。だから、最悪、また城に連れ戻されるっていうだけなんだけど、トゥロンがいない今、ランちゃんを連れ戻す動機もない気がする。
だから、ランちゃんの身を狙う人間は、盗賊やら下賤な目的の男達やらファンになったストーカーの類だろう。その手のやからなら、ウルさんたちニンニン一族にかかれば、へでもないはず。
それにしても、本当に何から何までウルさんには世話になりっぱなしだ。つまり、吾妻さんに世話になりっぱなしっていうことだ。
よし。吾妻さんのために「グアルマキート戦記」を頑張って読むぞ!
とはいえ、明日のために無理は出来ないので、また明日。おやすみなさい。
次の日は、西の広場を出発点として中央広場で炊き出し。
もう、王都の人々も慣れたもので、炊き出しの準備が始まる前から、すでに列を作って並んでいる。
チャルメラ代わりのランちゃんの歌声を出す私について来た人は、残念ながら列の後方になってしまうという具合だ。
しかし、今日は昨日までとは違うテーブルが並べられているので、人々は興味津々といった様子でそちらを眺めている。
右端が、いつもの無料炊き出しのテーブル。真ん中が有料販売テーブル。そして、左に新たにテーブルが一つ追加された。
そこに、昨日ウルさんに頼んだものが乗っている。
「おー、これか、これか!」
早速一人の男がテーブルの前に立ち、手にしていた札をテーブルの前に立つオーシェちゃんに手渡した。
「どうぞ、こちらから棒を一本引いてください。先に印があれば当たりです」
そう、福引だ。
昨日、食料品店では売り上げが落ちた分を買い取ることにし、飲食店には木札で作った福引券を渡した。
飲食した人に渡し、福引が引けるというサービスを提案したのだ。賞品は「聖女の滴」である。
金貨何枚かの価値がある。つまり、日本円で数十万円の価値のあるものが賞品として用意されているとなれば、かなりの魅力だろう。
本当は、クーポンやスタンプカードの類も考えた。だけど、日本だと男の人ってあんまりクーポンやスタンプカードって利用しないんだよね。だから、福引券にした。ギャンブル性のあるものって、男の人好きだよね?ほら、モバイルゲームとかのガチャとかに、つい課金しちゃうみたいな?福引券欲しさに、つい外食しちゃうみたいな?それで、飲食店の売り上げに貢献できればと思ったのだ。
そう、昨日みたいに恨まれて襲われてはたまらない。
恨みを買うとしたら、売り上げの落ちた食料品店や飲食店からだろう。これで、恨まれることがなくなればいいのだが……。
男は、箱に入っている何本もある棒から一本を引き抜いた。
オーシェちゃんが男の前で棒の先を確認する。
「線が一本入っていますね。おめでとうございます。3等当たりです」
そう言って、今日の炊き出しのジャガイモを一つ渡した。
「何だ、何だ?」
興味を持って近づいた別の男が、箱にさしてある棒を一本引き抜く。
「申し訳ありません、こちらは、このような福引券をお持ちでない方は、参加していただけません」
オーシェちゃんが木札の福引券の見本を手にして見せている。
男とオーシェちゃんのやり取りを、列に並んでいる人の多くが気にして見ている。それに気がついたオーシェちゃんが、他の人にも聞こえるようにと、声を大きくして説明を始めた。
有料販売テーブルに並んでいる人、つまりお金を持っていて外食が出来る人達は、どこの店でもらえるのかとか、何が当たるのかとか、いつまでやっているのかとか、事細かに質問していた。これだけ興味を持ってもらえるのなら、無事に飲食店の売り上げに貢献できそうだ。
それを確認すると、テーブルから少し離れて炊き出しの様子を見る。
私がいなくても大丈夫なのか確認したかったからだ。ウルさんにも、今日は見守るだけで手助けはしなくて良いと言ってある。
私とウルさんがいなくても問題がないようなら、明日から炊き出しの始めに顔を出すだけにするつもりだ。さっさとルイスに戻って、貴族めぐりをする。
並んでいる人たちの顔を見ると、数日前よりも明らかに血色がよい。倒れそうに足元がふらついている人も見られなくなった。
炊き出しの手伝いをしてくれている人たちも、物乞いをしていたような人間にはとても見えない。顔色も良いし、皆てきぱきと自分の成すべき仕事をこなしている。
そして、無法者ガイルたちもせっせと列の整理やルールの説明に精を出している。
もちろん、オーシェちゃんオージェくんエボンさんは、それらのまとめ役としてしっかり役割を果たしている。
大丈夫そうだ。私とウルさんがいなくても。
よし、明日からは貴族めぐりをして、金を巻き上げ……じゃない、資金の提供をしてもらおう。
夜、吾妻さんにメールを送った後、『グアルマキート戦記 2』を取り出す。
『
久司は選挙について説明をしたが、当然それが実行不可能な夢物語であることは久司にも分かっていた。
ダミンが自分の頭を乱暴にガシガシと掻く。
「なんか、難しいくってわからねぇこともあるけど、要は王様は多数決で決めようってそういうことだろ?」
多数決、確かに選挙は、一番多くの票を得たものが当選するわけだからそうともいえるかもしれない。
「王は、血統ではなく、皆で選ぶということですね?」
副将軍の言葉に久司はうなずいた。
「そうだ。次の王も、その次の次の王も、王が代わるときは必ず選挙を行う。王の子だからとか、王が指名したからとか、そんな理由で王は決めるべきではない」
部屋に集まった皆が、そうだと納得の表情を見せる。
運良くインフィルという領主の下で働けた者、運悪く悪政続く国で虐げられてきた者、この部屋に集いし者が皆、久司の言葉に賛同したのだ。
王は皆で決めようと。
しかし、久司の言うような国民を上げての選挙というのは当然ながら不可能だった。現実的には、この密室に集まったメンバーが決めることになる。
実績から言えば、長くインフィルの元で勤め上げてきた副将軍がふさわしい。
対外的に舐められないようにと言えば、荘厳な顔つきのダミンがふさわしい。
国民へ安心感を与えるためには、優しい顔つきの第三師団長がふさわしい。
様々な意見が出るが、最終的に行き着く答えは皆同じだった。
――久司が王になるべきだ、と。
』




