167 私が吾妻さんにしてあげられること
『カーベルは、執事をしていると言っていたが、王の犬になったと言うことか?』
寂しいって弱音には触れないメールに対して、吾妻さんも特に何も言わない。
触れて欲しくないことを分かってくれたのか……。吾妻さんは大人だ。
カーベルさんのことを尋ねられたので、改めてカーベルさんのことを思い出す。
白薔薇宮にいた頃は、陛下の食事を取りにきていて一日に何度か顔をあわせていた。単なる執事としか思っていなかったし、カーベルさんの行動も特に変わった様子は無かった。
昨日今日と、馬屋亭の前で顔を会わせたときは、会釈程度で何も分からない。
しかし、陛下への謁見を頼んだときと、謁見の後に見せたあの顔。
カーベルさんの口から出た「国民の益」という言葉。アレが彼の本心を表しているのだとしたら、決して陛下の犬になったというわけではないだろう。心は国民に向いているのだから。
『個人的な印象ですが、王の犬ではないと思います』
『そうか。では、智の相と呼ばれたカーベルは何か考えがあって、執事の身に甘んじているということか』
智の相? カーベルさんには二つ名が付くほど有能だったんだ。
そういえば、執事の身になった後も、城の門番なんかとても尊敬している感じだった。そんな人が、エロキモ陛下の策略でまんまと執事をさせられるわけ無いか。逆に、何か理由があって執事をしていると考えた方が納得できる。
『今度会ったら、少し話をしてみます』
『いや、今は執事といえど、もと宰相だ。厄介ごとに巻き込まれる可能性もある。近寄るな』
吾妻さんは相変わらず私の身を案じてのメールをくれる。
あ、ごめん。吾妻さん。吾妻さんのためにカーベルさんを探るんじゃないや。単に私が気になっただけ。
……。いつも、吾妻さんは私のことを考えてメールをしてくれるのに、私は自分のことばかりだな。
助けられてばかり。
何か、私が吾妻さんにしてあげられることは無いだろうか?
日本の物をカバンから出して吾妻さんにプレゼントするとか? ……吾妻さん自身が望んだ物でないものをプレゼントして、果たして喜んでもらえるだろうか? 物によってはオーパーツになる危険もある。
駄目だ。きっと喜んではくれない。
じゃぁ、私にできることは?
「あ、そういえば」
吾妻さんが望んだことがあった。
私が吾妻さんにしてあげられること……。今は、これくらいしかないけど……。
『心配してくれてありがとう。ウルさんに相談してみます』
そうメールを打ち、カバンの中で送信ボタンを押す。携帯をテーブルの上に置き、代わりに本を取り出した。
「グアルマキート戦記 二巻」
そう、吾妻さんが読みたいといっていた本だ。
私が出来ることは、早く読んで吾妻さんにこの本を届けることだ。それが、少しでも吾妻さんの心の安らぎになればいいな。
少し、王都でに生活に慣れてきた。本を読む余裕も出てきた。とはいえ、一気に読むことは無理だけど。一日何ページかでも読み進めるだけの余裕はある。
「グアルマキート戦記 二巻」のページをめくる。
『
グアルマキート王国建国から三ヶ月が経とうとしていた。
その間に、隣接する小さな国二つと戦い、勝利を収めた。
いや、戦ったというよりも、戦力の圧倒的な差を見せつけ、戦う前に降伏させたのだが。何とか、血を流すことなく領土を広げることができた。
領土を広げるために戦ったわけではないから、表現としてはおかしいか。奴隷解放地域を広げることが出来たと言った方が正しいか。
「インフィル様の死から、三ヶ月が経ちましたぞ、いつまで王座を空けておくつもりか?」
ダミンが会議の席で声を荒げる。
「そうですな。国を治める上で、王がいないというのは何かと都合が悪いでしょうね」
副将軍も、ダミンの言葉に賛同する。
久司は、三ヶ月前の自らの言葉を後悔していた。何故、自分は「グアルマキート王国」と言ってしまったのだろう。
あの時は、インフィルを王にしたかった。ただその一心だった。
だが、王国というからには王がいる。
「王なき王国では駄目だろうか?」
久司の言葉に、皆が信じられないという目を向けた。
「国のことを決めるべきは、王ではなく、国民であるべきで」
久司は分かっていた。成熟した世の中であれば、それも可能だろう。今のこの国の状態では、選挙といっても実施できる当ても無い。ともすれば、自分が王になろうと狙っているやからも多い。
国内の安定なくしては、他国からの侵略を防ぐことも難しくなる。
王は必要なのだ。
しかも、インフィルのように民に支持される王が。カリスマを持ち合わせていれば尚良い。
政治力は無くとも、求心力があり、良い家臣に恵まれればそれで国は持つ。
そう、王は象徴でかまわないが、無くてはならない存在なのだ。
』
前の巻の三ヶ月後の話から始まってる。
インフィルの死に対する久司の気持ち、どんな風だったんだろう。
どんな葛藤があったり、どうやって乗り越えたり……。ちょっと気になったんだけどなぁ。
国民の国民による国民のための政治とか、選挙で代表を選ぶとか、確かに理想はそうかもしれないよねぇ。でも、ガンツ王みたいな王様だったら、王国でもいいんじゃないかなぁ。交通網や情報伝達が未熟な世界で、国を挙げての選挙なんてとてもじゃないけど考えられないもん。不正とか簡単に出来そうだし。
それに、こっちの世界以上に悲惨な世界みたいだし。奴隷に頻発する戦争に……。
さほど読み進まないうちに、ドアがノックされ、慌てて本をカバンの中にしまう。
「ルイス様、よろしいでしょうか?」
ウルさんだ。どうしたんだろう?今日の反省会と明日の打ち合わせはもう済んだのに。
「ウルさん、どうしたんですか?」
「以前調査を頼まれていた件ですが、先ほど連絡がありました」
何を頼んだっけ?
自分で頼んでいながら、情けない。いろいろとやることが増えると、忘れっぽくてだめだ。ちゃんとやることリストメモ作らないとなぁ。
「セバウマ領主、セバスール伯爵家に女性二人が客人として滞在していたそうです」
あ、そうだった。ランちゃんとメイヤさんが無事にシャルトのところに着いたのか調べて欲しいって頼んだんだ。
そうか。無事に着いたんだ。って、え?
「滞在して、いた?」
過去形?




