166 会いに行こう
木戸が、ガタっと音を立てると、男は私の背中を押して外に出した。
「あ、聖女様、こちらにいらしたんですね」
すぐにオーシェちゃんとオージェくんが姿を現す。振り返ると、ドアはぴたりと閉まっていた。引いてみたが、鍵がかかっていて開かない。
背中に、冷や汗が流れる。
私は良いことをしているんだから、誰かに恨まれるはずはないとか……無法者たちだって改心したんだから、誰も私を害したりしないとか……、どこかに油断があった?
私にとって、もしくは誰かにとって良いことでも、別の角度から見れば悪いことだってある。
例えば、警察官だってそうだ。悪いことをしているわけじゃないのに、駐車禁止を取り締まれば「なんで私だけやのっ、みんな停めてるやないのっ!」と恨まれる。
聖女の存在を疎ましく思う人間だっているんだ。
気をつけなければ。
ルイスに戻り熊屋亭を出たところで、道の先にカーベルさんの姿があった。ペコッと軽くお辞儀をする。
カーベルさん、気がつかなかったのかな?何の反応も見せずに背を向けて行ってしまった。
その日の反省会に、宣言した。
「王都の食料品を扱う店を回ってください。聖女の炊き出し以降、売り上げが落ちている分についての補填をします。売れ残って困っている分についての買取を行います」
恨みを買うとしたらまずは売り上げが落ちた店だろう。炊き出しで無料で食料を手に入れられるようになれば、食料品店で買う人が減るはずだ。
「それは、自己申告させるんですか?そうなれば、嘘をついて儲けようという店も出てきりがないですよ?」
確かにそうだろうな。
「税金を納めるための帳簿みたいなもの、ありませんか?」
確かマーサさんの家では簡単な売り上げメモみたいなのがあった。農家では作物で税を納めるけれど、商家では現金で納めていたはずだ。
「ああ、そうですね、ありますね。月ごとの売り上げをメモしたものがあるはずです。先月の売り上げと比較すればいいわけですね。騙そうとしてうその帳簿でも作れば、今度は納税の段階で困ることになるわけだ」
よし。これで一つ解決。
もう一つ、食料品店ではなく、外食の店はどうしようか。よし。
「ウルさん、聖女のマークを決めて一つ焼印を作ってもらえませんか?エボンさん、木の札を用意してもらえますか?そうですね、大きさとしてはコイン程度の持ち運びの楽な大きさでお願いします。出来上がり次第、木の札に焼印を押してください。数は酒樽いっぱい分。オーシェちゃんとオージェくんは食料品店を回っていただけますか?そうですね、護衛役としてガイルさんたちに同行してもらってください」
「あんな奴らに護衛なんて頼まなくたって、全然平気ですよっ」
と、オーシェちゃん。
「うん、貴方達が強いのは知ってる。でもね、食料品店の人は知らないよね?力ない巫女に見えるよね?ガイルさんの言葉を鵜呑みにすれば、彼らは王都ではそれなりに名の知られた悪党だったみたいだから、後ろに立っているだけで威圧感があると思うんだ。まぁ、舐められないために連れて行ってくれる?」
オーシェちゃんに、お金の入った巾着を手渡し送り出す。
食料品店の補填か。正直、思わぬ出費だ。まだ資金はあるし、有料食料の売り上げも多少はある。しかし、今後続けて行けば思ったよりも早く資金が底を突きそうだ。
ベッドの脇の水入れを置いた台に視線を向ける。水入れの横には札が何枚か置いてある。エロキモ陛下からもらった貴族への紹介状だ。
手伝いをしてくれる人も慣れてきた。あとは、ガイルさんたちの様子を見て大丈夫そうならウルさんの手も空くだろう。そうすれば、貴族めぐりが出来る。うん、大丈夫。順調だ。
樽いっぱいの焼き印付きの札ができたと報告を受けたのは、ちょうどリストを書き上げたときだった。ウルさんもエボンさんも相変わらず仕事が速いなぁ。
「ウルさん、エボンさん、この札とリストを持って、飲食店に説明に回ってください」
説明すると、すぐにウルさんとエボンさんは出て行った。
メールチェック。
派遣会社から二通。迷惑メール四通。吾妻さんから一通。
『聖女以外の様子は変わりないか?』
メッセージの後に、数字が二つ。
三十二?
さん、に……。
あっと口を押さえる。
私、昨日……思わず弱音をメールしちゃったんだ。
さん、さん、よん、いち……3(さ)3(み)4(し)1(い)。
ポケベルが流行っていたころ、中学生だった私。友達と、ポケベルごっこと称して、数字で暗号文作って遊んでた。
分からないと思ってた。
気づかれちゃったんだ。
吾妻さん、分かってくれた……。
3、2、って何だろう?3(さ)2(つ)、警察?
3(み)2(に)、ミニ?って、違うよね。何だったっけ。
3(み)2(つ)……。
「あっ」
ぽろっと、涙が出た。
ああ、最近涙腺弱い。
そうだ、そうだった。よく使っていた言葉だ。
「3(me)2(too)――私も」
『寂しい』『私も』
……。
ポロン、ポロン。
涙が携帯の画面を濡らす。
この異世界で、分かり合えるのはただ一人。
吾妻さんだけだ……。
吾妻さんがいて良かった。もし、本当に一人きりだったら……。
そうだ、吾妻さんは長い間一人きりだったんだ。
32……。吾妻さんはずっと寂しさに、孤独に耐えてたんだね。
日本に帰る気はないみたいだけど、でも、やっぱり日本が恋しいんだ。日本に帰りたくて、日本の皆に会いたくて、寂しい気持ちを堪えているんだね。
吾妻さん……。もっと、話が出来るといいね。
私でよければ、日本の話、懐かしいなぁって、一緒にできるといいね。
トルニープでの仕事を終えたら、吾妻さんの元に行こう。
吾妻さんは近づかない方が良いって言っていたけど……。
行くよ。
大丈夫。身の安全なら、吾妻さんを慕うウルさんたちがきっと守ってくれるから。だから……。
会いに行くよ。
酒でも酌み交わしながら、日本の話をしよう。
……。その時は、多少飲みすぎて醜態さらしても許してね。
『今日もカーベルさんと偶然会いました。街の様子に変化はありません』




