156 言質
『さぁ、今度の餌はでかいよ?上手く食いついてくださいね?それで、秘密に近づかないでくださいよ?(日本語)』
「陛下に、ささやかながらプレゼントをご用意いたしました」
ウルさんが、懐から取り出した包みを、私に手渡す。
受け取ると、少しじらすように、ゆっくりと包みを開ける。
エロキモ陛下はその様子を、興味深げに見ている。美味しいものでも入っていると思ってるのかな?
そして、包みの中から取り出し、右手にサツマイモ、左手に紙を手にした。
「どうぞ、お好きなほうをお選びください」
ウルさんの言葉に、エロキモ陛下は眉根を寄せ深いな表情を見せた。
「予を試しているつもりか?右手のものはサツマイモであろう?そして、左手にあるのは紙。雲泥の差ではないか」
エロキモ陛下の言葉に、大きく頷く。
『よいしょ、よいしょ、よいしょ。ごまを擦り擦り(日本語)』
「まだ、キュベリアでも生産量が少なく、市場にほとんど出回っていないというのに、すでにご存知でしたか。流石は陛下にございます」
自尊心を満足させなきゃね。
陛下は、鼻高々な顔を見せる。た、単純だな、おいっ。
『さぁ、機嫌もよくなったところで、本題(日本語)』
「陛下は、紙をお選びですか?」
「もちろん、サツマイモよりも紙を選ぶ。まさか、一枚だけというのではあるまい?」
ウルさんが耳元で「そろそろですか?」と言うので「そうだね」と小さくつぶやいた。
『この通訳ごっこも、結構メンドクサイから、打ち合わせ通りこっからウルさんに任せるふりをするね。そうすると、私が言葉が分からないのを良いことに、陛下もぽろっと本音を漏らすかもしれないし(日本語)』
「ここから先のご説明は、あらかじめルイス様にまかされております。途中、私ではお答えしかねるご質問以外は、通訳無しでお伝えしてもよろしいでしょうか?」
エロキモ陛下のほうも、この通訳はさんでってのがメンドクサカッタのか、あっさりオッケーを出す。
と、いうわけで、私は注意深く二人の会話を耳にして、途中に変な方向に行きそうになったところでウルさんに指示を出すのみ。
言葉が分からない設定なので、指示を出すタイミングは、サツマイモを取り落とすという合図を決めてある。
「陛下には、この紙の価値を必ずや理解していただけると信じておりました」
よいしょの続き。
「うむ」
満足げな陛下の顔。
「実は、ルイス様は紙作りの方法をご存知です。今回の贈り物は、紙ではなく、作り方そのものでございます」
「何?紙の作り方?それは本当か?」
陛下の目がいやらしく輝く。
ウルさんが、私の手から紙を取り、陛下の方へと差し出す。それを見て陛下が鼻を鳴らし、カーベルさんがウルさんの手から紙を受け取り陛下に渡す。
「今、お手に取っていただいた紙は、実は道中立ち寄ったトルニープの村で作らせたものです」
「何?我が国で作ったというのか?」
陛下は、紙を裏返したり、光にすかしたりと、改めてじっくりと観察している。
「ちょうど、紙の原料を多く栽培しているのを目にしまして、ルイスさまは紙の産地となるに適しているのではと思ったのでございます」
「紙の原料とな?」
ウルさんは小さく頷いたあと、私の右手のサツマイモを手で示した。
「あれに、ございます」
「サツマイモ?あんなものから、この紙ができるというのか?」
「正確に言えば、サツマイモではございません。サツマイモの蔓でございます。繊維質という、紙を作るのに必要な成分が多く、とても紙を作るのに適した植物になります」
エロキモ陛下がしきりに、ほうほう言っている。そして、少し離れたところに控えているカーベルさんを見ると、やはり興味深そうに話に耳を傾けている。
「我が国が、紙作りに適した植物を栽培しているか。なるほど、ルイスはなかなか目の付け所が良いようだな」
ニヤニヤとした顔をしている。
これって、自分が儲かりそうで嬉しいのか、それとも前の手管の話を思い出しているのかどっちだ。
「陛下、先ほどの言葉を覚えておいででしょうか?」
「ん?予が何か言ったか?」
「サツマイモよりも紙を選ぶと」
「確かにそう言った」
よし、言質取った。念押しもした。証人はカーベルさんだ。って、トルニープ側の人間が証人になってくれるかは分かんないけど。
「それが何だというのだ?」
「両方を得ることはできないというのを陛下にご確認いただきたいのです。サツマイモの蔓を紙の材料に用いますと、サツマイモの収穫量が減ります。翌年の種芋のための最低限の収穫しか見込めないでしょう。つまり、サツマイモを税として収めることはできなくなります。代わりに、紙として税を納めさせることになります。それでもよろしいでしょうか?」
「分かっておる。種芋まで税として取りはしない。サツマイモなど無くとも、紙があれば充分だ」
よしよし。
「では、村人がサツマイモの蔓を切り取ることを、これからはお許し願えますか?許可を受け次第、村人には紙作りを開始するようにと伝えてあります」
「よかろう。サツマイモの蔓を切ることを許可する。早速紙を作らせよ」
やった!これで、サツマイモの蔓を村人が切っていても罰せられない。
そして、蔓は紙作りに使う。それは間違いない。しかし、それだけではない。
「もう一つ、お許し願いたいことがございます」
「何だ?申してみよ」
「紙作り方は村内の秘密として隠すことをお許し願いたいのです」
「何と?それはどういうことだ?」
ウルさんは、少し間を置く。そして、私の顔を意味ありげに見て、口元にいやなゆがみを作った。
演技はだね。しっかり悪人面になってますよ。
「紙の製造法を秘匿し、税としてのみ納めさせます。つまり、国がすべての紙の流通を仕切れることになります」
エロキモ陛下の口も、嬉しそうにゆがむ。
「なるほど。予が紙のすべての権利を握れるというわけだな」
そう。紙の値段も流通量も全部エロキモ陛下次第。まぁ、国内でのことだけど。キュベリアとか作物みたいに他の国に売って外貨を稼ぐなら、値段は流石にエロキモ陛下の自由にはならない。
でも、サツマイモを売るよりも、遥かに外貨が稼げることは間違いないだろう。運搬や保管のコストも軽減するし、悪いことは何もない。
「すでに、村には役人たりとも秘密を漏らさないようにと作業工程を幾つかに分け、厳重に秘密を守るように教えてあります」
「なんと、用意周到なことだ。くっくっく。認めよう。役人といえど、身分の高い貴族といえど、予以外のものが紙の製造法を知ることを禁止させよう」
やった!秘密にすることを認めるだけじゃなくて、知ることを禁止させてくれるなんて、願ったり叶ったりだよ。
エロキモ陛下の圧政下であれば、禁止されていることをいくら利益のためといえ実行するなんてよほどのことがない限りしないだろう。
「もし、宜しければ、私の手の者数名に、村々を回らせ、紙作りの方法と秘匿法を伝授して回らせますが、いかがいたしましょう?」
「うむ、頼んだ」
よしよし!
これで、本当の秘密を村々に伝えて回ることができる。
そう、本当の秘密。




