153 白山亭での休息は急速
白山亭は、貴族の住むゾーンにある宿だけに、上品で洗練された宿だった。
一部屋一部屋の大きさも、庶民の泊まる宿の倍くらいはあるし、ベッドも立派なものだった。部屋には、小さなテーブルや椅子もあり、テーブルの上 には水入れやコップなども用意されている。
庶民の泊まる宿は、ベッド以外何も置いてないんだよね。本当に泊まるだけの部屋。まぁ、たいていの宿は、1階が食堂になっているので喉が乾いた ら下に降りていけばそれで済むんだけどね。
3部屋借りて、私が真ん中の部屋、ウルさんとエボンさんが右隣、オーシェちゃんとオージェくんが左隣の部屋に泊まることになった。
今までの旅を考えたら、ちょっと贅沢かな?とも思ったけれど、豪商の息子ルイス設定を貫くなら少しくらい贅沢だと思うくらいでいい。
それに、正直、一人部屋はありがたい。
これで心置きなく鞄の中に頭が突っ込める!人前でやると、鞄を被った変な人だもん。っていうか、人前ではやりません。
まだまだ、やることはいっぱいある。
カーベルさん経由でエロキモ陛下との謁見が叶わなければ、門番の言うようにコネを使った謁見を考えなければいけない。
ということは、陛下と懇意にしている貴族を調べ、取り入らなければならない。
それから、それとは別に王都の人々の飢えを少しでも助けるための活動もしなければならない。むしろ、そちらがメインだ。
そのためにはどうすればいいのか、考えなければ。
だけど、だけど……
ちょっと休憩~。
さすがに、長旅で疲れたよ。
30分は、ゆっくりしていたい。
久しぶりの一人部屋!ジャージに着替えてのんびりしたいけど、流石にそれだけの時間はない。せめて、蒸しタオルで顔を拭きたい!
え?蒸しタオルで顔を拭くのって、喫茶店で出された暖かいおしぼりで顔を拭くおやじみたいって?
失礼な!
蒸しタオルを顔に当てるのは、立派な美容法だぞ!
まぁ、若いころは、毛穴がどうとか、血行がどうとか、どれだけ美容効果があるかってことに注目してた。最近は、蒸しタオルを顔に当てると「きも ちいい~!」って単純に思うだけだけどね。美容?それ、おいしいの?とか思い始めたアラフォーです凹。女子力低下半端ない。やばいです。で、でも 今は青年ルイスだし、いいよね?と、言い訳して大事なことを後回しにするのも、アラフォーだからでしょうか?凹。
鞄に手を突っ込み、タオルをぬらして電子レンジへ。
1分待つ間、郵便受けチェック。
「あ……」
『グアルマキート戦記』の2巻が届いていた。
しばらく読む時間ないよなぁ。いや、夜は暇かな。一人部屋になったし、読めるかな。
そうか。一人部屋なら、ゆっくり吾妻さんにメールもできるな。
湖畔の宿を出発してからは、吾妻さんと個人的な内容のメールは一切しなくなった。私からは、旅の工程と目にした街の様子などの報告のみ。それも かなり簡潔なものだ。
吾妻さんからの返信も『了解』だの『引き続き頼む』だの、非常に簡潔なものだった。
昔の吾妻さんに戻ったみたいな感じだ。
久しぶりに、事務的なこと以外もメールしてみようかな?
吾妻さんからなんて返事くるかな?
チンッ。
おっと、電子レンジ電子レンジ。蒸しタオル~。
電子レンジを開け、蒸しタオルを手にしようとした時、コンコンコンとノックの音が。
「は、はいっ。どうぞ」
あーん、蒸しタオル。時間が経つと冷めちゃうよ。またあとでチンしなくちゃ。凹。
「失礼いたします」
ウルさんをはじめ、エボンさんオーシェちゃんオージェくんが揃って現れた。
さっき各々の部屋に解散したばかりなのに、もう集合って……。30分くらい休憩しようよ。
「城から使者が来ました。王がお呼びとのことです」
早っ!
エロキモ、早いよ!
ってか、どれだけ食い意地張ってるんだよ!
カーベルさんに預けた水入れの中身は、実は湖畔の森で作ったメープルシロップだ。
白薔薇宮にいるときに、メープルシロップを使った料理をいくつか振舞った。
すっかりその味に魅了されていたって訳だね。
餌付けしといてよかったー。
「いかがいたしますか?」
いかがって、会えるのは良かったけど、早いよ。
「支度もあるから、明日以降で調整できるかな?」
「分かりました、使者にはそのようにお伝えいたしましょう」
ウルさんが部屋を出てからおよそ3分。使者との話を終えてウルさんが戻ってきた。
「明日、朝一番ということです」
早っ!
今日の明日か!しかも、朝一番って、朝一番って……
どんだけメープルシロップが欲しいんだよ!
朝食にホットケーキでも食べたいのか!ってか、カーベルさんに渡した分で足りるだろ?もう、すでに腹の中ってことはないよね?
急いで準備しなくちゃ。
って、準備って何があるかな?
「明日の計画を立てたいんだけど、何すればいいかな?」
ここは一つ、お知恵拝借ということで。
5人で囲むには小さなテーブルを囲んで作戦会議。
「商人の体裁を整えないといけないでしょうねぇ」とはエボンさんの言葉。
「通訳として話す内容の打ち合わせが必要ですね」というのはウルさんの言葉。
「もしかして、私たちも付いていかなくちゃだめなの?」オーシェちゃん。
「城中で何かあったときのために、外にも人が待機していたほうがいいでしょう。緊急連絡方法を決めておいたほうがいいですね」とオージェくん。
なるほど、なるほど。
「じゃぁ、オーシェちゃんとオージェくんは、城外で待機しつつ、王都で情報収集をお願いできるかな?主に貴族のこと。誰が力があるとか、陛下よりの貴族かどうかとか色々と」
後で、商人として貴族に売りつけたい物があるからね。
それで、広く金を巻き上げないといけないから。って、巻き上げるって言葉が悪いな。
都民のための資金を提供してもらわないといけないから。
「エボンさん、商人としての体裁を整えるってどういうことですか?」
商人が王様に謁見するときのことなんて知らないからなぁ。
「貢物の用意や取り扱う商品の話なんかですかねぇ」
「ああ、それなら大丈夫。贈り物は用意してあるよ」
陛下にとって、多分最高の贈り物だよ。
「え?どこにですか?王への謁見を申し出る豪商ということでしたら、最低でも馬車1台分は用意されたほうがいいかと」
ちょ、マジで?メープルシロップ馬車一台分とか用意するの無理だし~。
別視点■名もなき者■
人生最大の不覚であった。
任務に忠実にあるべきなのは承知の上。しかし……。
あの時、主を守るべく後を追うべきではなかったと後悔の念がどうしてもぬぐえない。
少年と呼ばれていた少女。
主の大切な少女。
彼女を見守るべきだった。
姿を消してしまった少女。願わくば、もう一度主の前に無事な姿を……。
主、ワタクシも、せめて一緒に少女の無事祈らせてください。




