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グリム童話 夏の庭、冬の庭  作者: Romina


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8/13

冬の庭

クララは暗い森の中を

馬で駆けていった。



小枝や葉が、彼女の衣服や肌に当たり、

細かく切れる。



だが、彼女は屋敷に着くまで

一度も馬を止めなかった。



胸の奥が、わずかに重い。

約束の一週間は、もう過ぎている。



——怒っているかもしれない。

そう思うのに、不思議と足は止まらなかった。


あの人なら、きっと。

理由を話せば、きっと許してくれる。


そう思えてしまう自分が、少しだけ怖かった。






屋敷に着くと

庭全体に黒い霞がかかっていた。


夏の庭は消え、そのほとんどが雪で埋め尽くされていた。



――何があったの…



そう思ったのに、クララは首を振った。



――違う。

きっと、季節が変わっただけだわ。


屋敷がこんな風に見えるのは、 きっと自分のせい。

遅れたから。 不安だから。


そう思いたかった。



屋敷は暗く、入っても人の気配はなかった。


クララは屋敷中を探し回った。



「ルーカス?」



少しだけ、声が上ずる。


すぐに現れるはずだと思っていた。

そう思っているのに、なぜか胸の奥がざわつく。



しかし、何度呼んでも返事はない。


屋敷は、あまりにも静かすぎた。

胸の奥の重さが、ゆっくりと形を変えていく。


——おかしい。



屋敷のどこにも、彼の姿はなかった。



彼女は庭に出て、探し回った。



「ルーカス、どこなの…」



屋敷も庭も、静まり返っていた。




クララがふと庭を見ると、大きな雪の塊を見つけ

彼女はその場で足を止める。



――嫌な予感がした。



それは、触れてはいけないもののように思える。

それでも、手を伸ばした。



雪を除けると、その中には

キャベツの塊があった。



そのキャベツの合間に、彼の衣服がわずかに見える。



「ルーカス!」



クララは夢中でキャベツを掘った。

キャベツは腐っており、ベチャベチャとした感触が手に残る。




「ああ、ルーカス…私ったら…」



胸の中が、後悔の念で埋め尽くされる。


彼女は泣きながら、

キャベツを手で掘り続けた。

クララの衣服も、顔も、腐ったキャベツでドロドロになる。



それでもクララは掘った。



手が滑り、腐った葉が崩れる。


ぬるい液が指の間を滑った。

掘った先には、まだ何も見えない。



腐った匂いが鼻に刺さり

吐き気が込み上げる。


幾度も掘り続けた彼女の白い指は、もう裂けていた。

それでも、彼女は止まらない。



やがて、ようやく彼を掘り起こしたが

彼はもう動かなかった。



「ああ、ルーカス……ごめんなさい…」



クララは井戸の水を持ってきて

彼の汚れた顔を必死に洗った。



「……」



彼女は声が出なかった。

――喉が、もう動かない。


水をかけ、またかける。


息が上がり、手が震えていた。

それでも、クララはやめない。



クララはやっと

絞り出すような声を漏らす。



「死なないで、ルーカス…」



クララは凍える手で震えながら、水をかけ続ける。


もう意味なんて考えていなかった。


手は冷たく、もはや感覚がない。


それでも彼女は水を汲み、かけ続けた。




そして――

クララはルーカスの亡骸を抱き、

その額にそっと、口づける。



彼の胸に顔を埋め、

彼女は悲痛の叫びを漏らした。




その時だった。

腕の下で、かすかに何かが動いた。


クララは息を止める。

もう一度、胸に手を当てた。


確かに、鼓動があった。



「……ルーカス?」



声は震えていた。

彼の体の重みが、わずかに変わっていく。



抱きしめていたはずの毛皮の感触が、少しずつ消えていった。

クララはゆっくりと顔を上げる。



そこにあったのは、人の顔だった。

どこか見覚えのある、美しい顔。


けれど、すぐには分からない。



「あ……」



記憶の奥の、色褪せた紙。

掲示板の中の、あの男だ。


男はゆっくりと目を開けた。



「クララ……」



それは確かに、ルーカスの声だった。




「……戻ってきてくれたのか」



「ルーカスなの…?」



彼は静かに頷いた。


クララは彼にしがみついた。

まるで、もう一度失ってしまうのを恐れるかのように。



「ああ、ルーカス…」



そして彼女が顔を上げると

ルーカスは彼女の背を抱き、その顔を寄せた。



「……クララ」


ルーカスは少しだけ息を整える。



「俺は……ここを出る。


自国に戻る」



声は低いまま続く。



「……だから――」


言いかけて、止まった。



「いやよ。

もう、あなたと離れたくない」



クララは真っ直ぐルーカスを見ていた。



「……一緒に来てくれ」



「……ええ」




クララは震える息のまま、小さく笑う。


雪の庭が半分、ゆっくりと溶けていた。








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