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グリム童話 夏の庭、冬の庭  作者: Romina


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6/12

静かな夜

ある日の夕刻。



クララがいつものようにダイニングへ向かうと

使っていない椅子が、

少しだけ自然と引かれた。



テーブルには既に食事が用意されていた。

食卓の美しい燭台には、勝手に火が灯る。



「ここって、いつもこんなに静かなの?」


「……人が来ることは、ほとんどない」



「じゃあ、ずっと一人だったの?」


「……そうだ」



二人が食事を始めると、

誰も触っていないはずのパンが

勝手に切り分けられていた。



「この食事は…ルーカスが作っているの?」


「……いや」



「じゃあ誰が?」


「……わからない」



――不思議な屋敷ね…




二人は夕食を終えると、

屋敷のポーチへ出た。



庭を眺めながら

クララは言った。



「今頃、シルバーは

ママに甘えてるのかしら」


ルーカスは黙って杯を傾けた。



「元気になってよかったわ」


彼女は嬉しそうに笑った。



「ねえ、ルーカス。見て」


彼女はくるりと回ってみせた。


ルーカスは自然と彼女の手を取った。




ふと見ると、石台の上に花が飾られていた。


どこからともなく、ワルツが流れ、

屋敷の灯りが少しだけ落ちた。



クララがもう一度くるりと回った瞬間――

ふと、足元の布が揺れた。


さっきよりも、わずかに重い。

指先で触れると、知らないはずの生地がそこにあった。



「ねえ、これ……」



クララは窓に映った自分を見ると

いつの間にか、彼女の衣服は豪華なドレスに変わっていた。


足元を見ると、華奢な靴が足に馴染んでいた。

小さな飾りが光を受け、揺れるたびにかすかにきらめいた。



「……よく似合っている」



ルーカスの衣服もまた、見慣れない装いへと変わっていた。


ルーカスは杯を静かに置いた。




手が触れ合い、目が合う。

ルーカスはクララの細い腰を引いた。



二人は、ワルツに合わせてステップを踏んだ。


足元で、柔らかな布が静かに広がる。

動くたびに、光を含んで揺れた。


ルーカスの視線が、わずかに落ちる。



お互いの吐息が首にかかり、

視線が絡み合う。



ふと、クララの首元に視線が留まる。

呼吸に合わせて、白い肌が微かに上下していた。

ルーカスは静かに目を伏せた。



近づくたびに、互いの体温がわずかに伝わる。

離れれば済むはずなのに、足は止まらなかった。



クララは足を踏み外しそうになるたびに、腰を引き寄せられた。


――怖いはずだったのに、どうしてだろう…

逃げる理由が、どこにもない。





――音楽が終われば、この距離も終わるのだろうか。



ルーカスの手は、強く握られていないが

離されることもなかった。





音楽が続いているのに

二人の足は、いつの間にか止まっていた。




少しだけ息の上がった二人は

手を取ったまま、庭へと出た。



ベンチに腰を下ろすと、クララは庭のバラに顔を寄せた。



「いい香り…」



彼女の頬は、ほんのりとバラ色に染まっていた。



ルーカスは言った。



「……ここにいて、苦しくはないか」



クララは少し考えて言った。



「ううん。

ここは、とても静かで好きよ」



クララはそう言いながら、庭の奥を見た。

どこまでも続く森の暗がりに、視線が止まる。


クララの表情は明るく見えなかった。



「……クララ、どうした」



「家族に、もう会えないのが寂しいの。


大好きな姉さんやパパに…」



言葉にした瞬間、クララは

それまで堪えていたものがほどけた。


彼女の目から、静かに涙が溢れた。



「そうか…」



ルーカスは立ち上がった。

彼は、ほんの一瞬だけ何かを言いかけ…

やめた。


クララに背を向けたまま、

ルーカスは言った。




「……一週間で戻ると約束できるか」




クララは顔を上げた。



「……いいの?」


「行ってきなさい」



クララはルーカスを抱きしめた。



「ありがとう…ルーカス」


「……1週間後、この庭で待っている」



「必ず1週間で戻るわ」



ルーカスは、少しだけ黙った。



「……夜は獣が出る」


それだけ言って、視線を逸らす。


「明日の朝、馬を出そう」



行くなとは、言われなかった。


それなのに――

なぜか、少しだけ胸が痛んだ。



月明かりの下、音楽だけがまだ続いていた。






朝――

まだ少し、目が腫れている。


眠れたのかどうかも分からない。

それでもクララは、迷わず支度をした。




ルーカスは、馬小屋から

馬を1頭引き連れてきた。



「この馬は丈夫で、穏やかだ」


「ありがとう、ルーカス」



ルーカスはクララを馬に乗せた。


彼女はルーカスを見た。

しかし彼は、視線を合わせなかった。



クララは馬を走らせた。


朝日の下、ルーカスはその背を見ていた。

彼女が振り返ることはなかった。






















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