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グリム童話 夏の庭、冬の庭  作者: Romina


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11/12

黒い影

音楽が流れる中、ヘレナとルーカスはそのまま中央へ出た。

回転に合わせて距離が変わり、ドレスが広がる。


ヘレナは、ルーカスを見ていた。

熱を帯びたまま、静かにその視線が絡みつく。


離れても、近づいても、その視線はルーカスを捉え続けた。

しかし、その視線を受けてもルーカスの表情が変わることは一切なかった。



やがて曲が後半に差しかかったとき、ヘレナはそのまま半歩分だけ距離を詰め、ルーカスの胸にそっと頭を預けた。


その瞬間、ルーカスの視線が外れ、

少し遠くを見るように、小さく息をついた。



少し離れた場所で、クララも別の相手と踊っていた。


相手の男が何か話しかけてくるたびに

彼女は頷いてはいたが、言葉はほとんど耳に入っていない。



ふと視線を上げた先で、ヘレナがルーカスに寄りかかっているのが見えた。


クララはさらに、ヘレナの赤い唇がルーカスの耳元に近づくのを見た。

胸の奥で何かが小さく、しかし確かに、棘のように刺さっていくのを感じる。



クララの足が、一瞬だけ遅れた。


「大丈夫ですか」


相手に問われ、クララは慌てて頷く。


「ええ……」


そう答えたものの、胸の奥に残ったざらつきは消えなかった。






ダンスを終え、席に戻ると、ヘレナは自然にルーカスの隣に腰を下ろした。

そして杯が配られる。


「殿下、乾杯を」


そう言って、ヘレナはルーカスの腕に手を添える。

掲げられた杯が交わされ、音が広間に広がった。



しばらく談笑が続く中で、ルーカスはクララに視線を向ける。


「疲れていないか」


クララは小さく首を振る。

その様子を見ていたヘレナが、ふと口を開いた。



「……大事にしてるのね」



ヘレナはそう言うと、どこか遠くを見ているように見えた。



そのとき、給仕の者の手元から小皿が滑り落ちた。

床に当たる音が、広間に鋭く響く。

白い欠片が、足元に散った。


「も、申し訳ございません……!」


給仕は深く頭を下げる。

ルーカスは一度だけ視線を向け、短く言った。


「気にするな」


ヘレナはその横顔を見て、わずかに身を寄せる。


「殿下は、お優しいのね…」



今度は、そっと肩に手を置く。


クララは、その動きを見た。

ほんの一瞬だけ、その視線が止まる。



エルザはその様子を見ていた。

ただ黙って、クララを見つめている。



クララは杯に口をつけた。

その味は、もはやよく分からない。




音楽はまだ続いているのに、彼女にはそれが少しだけ遠く聞こえていた。





夜更け、約束通りエルザとヘレナはクララの部屋を訪れた。


扉が閉まると、外の気配は遠のく。



「……聞かせてクララ。

何があったの?」


エルザが言うと、クララは頷き

屋敷でのことを全て二人に話した。


二人の屋敷での暮らし、

屋敷に戻った後での出来事…



エルザは息を呑み、ヘレナは目を細めた。


エルザは言った。



「じゃあその野獣が…彼なのね」



やがて、ヘレナが静かに言う。



「みんなが知ったら、どう思うのかしらね…」



クララが顔を上げる。

ヘレナは扉の方へと向かった。


「……今日は疲れたわ。

少し外の空気を吸いたい」



そう言い残して、部屋を出ていった。

扉が静かに閉まる。


残された静けさの中で、クララはしばらく動かなかった。


やがて、小さく口を開く。



「ねえ、エルザ。私……ヘレナのことが気になって……」


エルザは少しだけ視線を落とした。



「……ええ、さっきの席での事でしょう。

見てたわ」


クララは黙った。


エルザはためらうように指先を握る。



「私もね、前に……

ヘレナがフリッツに近づいてるのを見て、嫌な気分になったことがあったの」


その言葉は、ぽつりと落ちた。

すぐにエルザは首を振る。



「でも――」


顔を上げる。


「ヘレナに限って、そんなはずはないわよね」



クララは答えなかった。

その言葉だけが、部屋の中に残った。





庭は冷えていた。

灯りは少なく、石の白さだけが浮いている。


ヘレナは一人で立っていた。

足音に気づいて振り返る。


「……クララ?」


クララは答えず、じっとヘレナを見つめたまま近づいていく。


ヘレナは小さく息を吐いた。



「どうしたの?

まだ話が足りなかった?」



クララの声は低く、静かだった。


「ねえ、ヘレナ。

ルーカスが野獣だったと、みんなに話すつもりなの?」



ヘレナは眉を寄せた。



「なぜ?」


「さっきそう言ったでしょう」



ヘレナはゆっくりと振り返った。



「……ただ事実を述べただけよ」


クララが一歩近づく。



「ヘレナ、あなたには婚約者がいるのに……なぜ?」


ヘレナの唇が、わずかに歪んだ。



「私は、あなたとエルザが羨ましいわ。


パパも最後まで、あなたのことばかり心配していたもの」



クララの目が鋭くなる。


「パパの死を、私のせいだと言うの?」



ヘレナはゆっくりとクララに向き直り、静かに、しかしはっきりと答えた。



「ええ、そう思うわよ。


あなたがバラを欲しがらなければ、

パパはあんな約束など交わさずに済んだもの」



沈黙が落ちた。

クララの指が、強く握りしめられる。


その指は、髪に挿した銀の簪に触れた。

舞踏会のために侍女が丁寧に髪をまとめてくれた、バラの簪。



次の瞬間——

クララの手が素早く動き、髪がはらりと落ちた。


銀色の光が一瞬だけ閃き、ヘレナの息が詰まる。



「……クラ、ラ……?」



ヘレナの目が見開かれたまま、力が抜けていく。

クララは崩れ落ちる体を、腕で受け止めた。


ヘレナの体を抱き留めたとき、クララは不思議と安堵のようなものを覚えた。



――これでもう、誰も奪うことはできない。





落とさないように強く抱き寄せると、クララは一度だけ周囲を見渡した。



――人の気配はない。


確かめると同時に足を速める。

庭を抜け、建物の影に入ると、夜はさらに濃くなった。


足音を押し殺すようにして進み、迷うことなく馬小屋の扉へと手をかけた。


中に踏み込むと、藁の匂いと温い空気がまとわりつく。

手近な一頭の手綱を掴み、震える手で

抱えたままの体を鞍へと押し上げた。


ずり落ちないように腕で支えながら、結びを固く締める。

それで十分だと判断すると、すぐに自分も鞍に足をかけた。


体を引き上げ、手綱を握ると、馬はためらいなく歩き出す。

馬小屋を出ると、クララは馬を走らせた。

城の灯りが背後に遠ざかっていった。



城の窓のひとつから、

黒い影がそれを見ていた。



クララはそれには気づかず、森の闇へと駆けて行った。



窓の影は、馬小屋へと向かっていた。


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― 新着の感想 ―
一気に最新話まで読み終えてました……というか、惹き込まれてしまって気がついたらのほうが正確ですね。 話が進むにつれて不穏な空気が大きくなり、思わず息を呑む展開に……そして彼女を見つめる影は? この後の…
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