第八話 愛の対価
目を開けるとそこは先程までと同じ場所、と思ったが星の位置が変わっていた。ちゃんと天棚機姫神のところに移動できたっぽいな。それにしても俺の目に映る景色は先程までいた場所と本当にそっくりで、何か変な夢を見ているような気分になった。天棚機姫神の元に向かうべく俺はコンパスを取り出した。コンパスが示した目的地までの距離も彦星さんの家までを示していた時と同じくらいになっていて、これはほとんどのものが同じようになっているんだろうなと思いながら歩き出した。
しばらく歩くと一件の家が見えてきた。この家も彦星さんの家とそっくりに造られており、ここが天棚機姫神の家だろうなと思いコンパスを見ると案の定二点が重なっていた。俺は深呼吸をして扉を叩いた。
「異界郵便局のものです。天棚機姫神さんへの荷物を預かってきました」
そう言うと中から大きな声で
「今行きます!少し待ってください!」
と返ってきた。俺も分かりましたと返そうとしたところ勢いよく扉が開いた。急なことで避けきれず俺は扉に頭をぶつけてしまった。
「痛って」
「わぁ、すみません!頭打たれましたよね?立てますか?どこかおかしいところとかは?」
「だ、大丈夫です。こちらこそすみません。扉の近くに立ってしまっていたので」
「いえ、私がもっと落ち着いて行動していればこんなことにはならなかったと思うので」
「それを言うなら焦らせたこちらにも非はあると思いますが」
「そんな事ありません。そもそも、焦った訳ではないですから。本当に申し訳ありませんでした」
そう言った彼女はなんとも言えない表情をしており、これ以上何か聞くのは無粋だろうと思い俺は本題に入った。
「あなたが天棚機姫神さんですか?」
「はい、そうです」
「天雅彦さんからお手紙を預かっております。受け取りはどうなさいますか?」
そう俺が言い終わる前に彼女は泣き出していたが、俺の質問に笑顔で答えてくれた。
「もちろん、受け取らせていただきます」
怪我をさせてしまったのと、内容によっては返事を書きたいからと言われ、俺は家に上がっていた。部屋のつくりもどことなく彦星さんのものと似ている気がしてキョロキョロしていると、少し笑いながら声をかけられた。
「どこか気になるところでもありました?」
「なんと言うか、その彦星さんのお部屋に似ている気がするなと思いまして」
「まぁ、本当?嬉しいことを言ってくださる」
「嬉しいんですか?」
「当たり前じゃないですか。とても嬉しいですよ。この部屋は彼と暮らしていた頃の部屋を元に作ってるんですから」
そう話す天棚機姫神さんはとても嬉しそうで、俺は混乱しつつも質問をした。
「あの、俺が聞いていた情報と違うというか、一つ確認したいことがあるんですがいいですか?」
「はい。なんですか?」
「その天棚機姫神さんは彦星さんのことを愛してらっしゃいますよね?」
「えぇ、もちろん」
「ですよね。やっぱり」
そう答えて考え始めた俺を見て天棚機姫神さんが言った。
「その、よければどのようなことを聞いていたのか教えていただけませんか?」
「えっとですね……」
そう言って俺は彦星さんから聞いていたことを出来るだけ悪く聞こえないように話した。
「つまり彼は、私が彼のことを恨んでいると思っていて、そのことについての謝罪の手紙をあなたを届けさせたと」
「まぁ、大体あってると思います」
「なるほどね。とりあえず手紙読んじゃうので少し待っててもらってもいいですか?」
「あ、はい。分かりました」
俺がそう返すと天棚機姫神さんは手紙を読み始めた。手紙を読み進めるほどに、彼女の顔は呆れと怒りと悲しみが増していくように見えた。
「本当に信じられない‼︎どうしてこんな考えに至るの」
「会えないからと言うのもあるかもしれませんが、俺には彦星さんは自信が無いように見えました。」
「自信って?」
「天棚機姫神さんの夫であることの自信です」
「なんで……」
「好きだからというのが前提にあるとは思いますが、今自分に出来ることが無いとか、側にいることが出来ないとか、あとは結婚をしたではなくしてくれたと思ってるとか」
「すごくありそう」
そう言った天棚機姫神さんはなんとも複雑そうな顔をしており、
「お父さまもそうだけれど、なんでそう勝手に決めつけるのかしら。私はあの頃の私たちも含めて愛しているのに」
そう話す天棚機姫神さんに一つ提案をした。
「あの、お返事書きませんか?俺が絶対に届けるので」
「そうですね、書きます!思ってること全部書いてやります」
そういうと天棚機姫神さんは紙とペンを取りに行った。
待っている間俺は何か自分に出来ることはないかと考えていた。手紙は絶対に届けるとして、他に何か出来ることは……と考えていると外の景色を思い出した。
「あの、一つ質問いいですか?」
「えぇ、どうぞ」
「外の景色も彦星さんのところと似ていると思ったんですが、もしかして繋がってたりしますか?」
「はい、でも会えませんよ。川がありますから」
「川は渡れたりってのは」
「無理ですね。渡るための手段がないので」
「橋とか作れないんですか?」
俺がそう言うと天棚機姫神さんは驚いた顔をしていた。まずいことを言ってしまったのかもしれないと俺が焦っていると
「そうよ、橋を作ればいいんじゃない!なんで今まで思いつかなかったのかしら」
という声が響いた。俺は天棚機姫神さんに驚きつつ話しを続けた。
「あの、そんなに大層な事ですかね?割と当たり障りない回答をしてしまったと思っているんですが」
「少なくとも私にとっては大層な事ですね。だって思いつきませんでしたから。とっても素敵なアイデアだわ」
「そう言っていただけると嬉しいです。ありがとうございます」
「お礼を言わなくちゃいけないのは私の方です。本当にありがとうございます。あと名前、織姫でいいですよ。短い方が呼びやすいでしょ?」
「あ、はい。ありがとうございます。俺はまず名乗ってませんでしたね。異界郵便局のユキと申します」
「ユキさんね。手紙今から書くのでもう少し待っていただけます?」
「もちろんですよ」
俺がそう返すと織姫さんは手紙を書き始めた。
書き終わった手紙と伝票を持って彦星さんのところに届けに行こうとすると織姫さんから質問をされた。
「ねぇ、ユキさんは何か困っていることとかないかしら?」
「何でですか?」
「何かお返しがしたくて。私が勝手に考えるより直接聞いた方がいいと思ったの。何かないですか?」
「俺は仕事をしているだけなのでお返しであろうと何かを受け取る訳には」
「じゃあ、私がユキさんに扉をぶつけてしまったことへの償いということにしましょう。それなら問題無いんじゃない?」
「それはそうかも知れないですけど……。何かって言われても」
そこで俺は連日の悩み事を思い出した。
「困ってるとかではないんですけど、俺郵便局で働くより前の記憶がなぜか無くって。それが何だか最近すごく気にはなってます」
「なるほど。働く以前の自分のことが知りたいと」
「まぁ、そうなるんですかね」
「分かったわ。任せて。しっかり調べてあなたに報告するから」
「なんかすみません。ありがとうございます」
「いいのよ。私が勝手にやってることだもの。それにお礼をするべきは私の方よ。本当にありがとう。手紙よろしくね」
「はい、お任せください。しっかり届けさせてもらいます」
そう言って俺は織姫さんの家を出た。来たときの道を戻ればステンドグラスの建物が見えてきた。建物に着くと俺は装置に伝票を置いて、彦星さんのところに向かった。
目を開けると先程までとは少し違う空が見えていた。星の位置が変わっていることを確認してから俺は彦星さんの家まで急いだ。家に着くと俺は扉を勢いよく扉を叩きながら言った。
「異界郵便局のユキです。織姫さんからお手紙を預かってきました」
そう言うと中からドタバタと大きな音が聞こえ扉が開いた。
「本当ですか?」
「はい。こちらです。ご確認下さい」
そう言って俺が手紙を渡せば彦星さんは泣きながら手紙を読みはじめた。しばらくすると読み終えたようで静かにこちらへ向かって来た。どうでしたか?と聞こうとするとそれより先に彦星さんが言った。
「本当にありがとうございました。ユキさんのおかげでまだ夫婦でいられそうです」
「それは何よりです。少しでもお力になれたのなら俺も嬉しく思います」
「とてつとなく力になってますよ。妻がね、橋を作るって。ユキさんの提案なんですよね?」
「提案というか、口から出た言葉だっただけなんですが」
「そうなんですか?でも私たちには無い発想です。あなたがいなければ橋を作るなんてこと考えないままだったと思います。それに手紙も、届けていただきありがとうございます。妻の言葉で目が覚めました」
「なんて書いてあったんですか?」
「“私の愛を勝手に軽くしないで。
確かに私は結婚して失ったものもあるけど、あなたへの想いを得ることが出来たの。
私は今でもとっても幸せなのよ。“って書いてありました。私に無かったのは自信でした。でも、この手紙のおかげで自信を持てそうです。本当にありがとうございました」
そう言った彦星さんの顔は確かに幸せそうで、初めに会ったときよりもずっと前を向いているように見えた。
「お役に立てたなら俺も嬉しいです。手紙届けさせていただきありがとうございました」
彦星さんにお礼をして、俺は郵便局へと戻った。
「ただいま戻りました」
「ユキくんおかえり。どうだった?」
「楽しかったです。色々お裾分けしてもらっちゃいました」
「それは何より。じゃあもう明日からボーっとせず済むね」
「はい、今まで以上にちゃんと働きますよ。天に誓って」




