第十六話 手負いの神獣
「ユキさんは少し前に探し人の少女を神様のところまで届けてらっしゃいますよね?」
「はい」
「そしてその少女から男の子についての話しを聞いていると報告を受けてます。今回はその男の子ということになっているものについての聞き取りを行います。ここまでで質問はありますか?」
「いえ、大丈夫です」
「では進めさせていただきます。まず知っておいていただきたい情報について説明をさせていただきます。少女が男の子と思っていたのはいわゆる悪鬼と言われる鬼です。奴らは元々人型であるものと人に擬態出来るものとで分かれています。少女が出会ったのは後者の方です。そしてこいつらは人の心に漬け込み、どうにかこちらの世界に引き摺り込み魂を自分のものにしようとしてきます」
「質問良いですか?」
「はい、どうぞ」
「魂を自分のものにすると悪鬼に何か得があるという認識で良いんでしょうか?」
「そうですね。悪鬼の種類にもよりますが、基本的には取り込んだ魂が悪鬼の力になります。なので自身の強化が主な理由と認識していただければと思います」
「なるほど。ありがとうございます」
「いえ。話しを戻しますが、こいつらは相手の記憶を除くことができ、記憶の中にいる人物に擬態して相手の前に出てきます。また、奴らは魂を現世からもユキさんたちの世界からも切り離す為に彼岸に渡らせます。これはほとんどの場合でやり方が同じで、川を渡らせるんです」
「川ですか?」
「はい。ここで重要なのは川ではなく川を渡ることの方です。川自体には世界を分ける境界の役割があります。その川を渡るというのは境界を越えて別の世界へと移ることを意味するんです」
「つまり川を渡ってしまった時点で魂が現世に戻れなくなるってことですか?」
「これが難しいところでして、川を渡ったから必ずしも戻れなくなるという訳ではないんです。境界を越えたという扱いになってしまうのは悪鬼に連れられて渡ってしまった場合だけです。なので、ご自分の意思やその世界の人に連れられて移動などで渡る場合は何の問題もありません」
「なるほど。かなり複雑ですね」
「そうなんですよ。ですので皆様に対策をしていただくより、私どもが悪鬼たちを捕まえるのが確実だと地獄側は考えてまして」
「それでこの聞き取りですか」
「その通りです。ですので出来る限りの情報をいただきたいのですが」
「分かりました。俺には必要な情報かどうかの判断は難しいので、少女から教えてもらったことを順を追って全部話しますね」
「ありがとうございます。ではお願いします」
そう晦さんに促され俺は話し始めた。少女から聞いた男の子についての情報を全て話し終え、俺たちは荷物の運搬の仕事に取り掛かった。
「運んでいただく荷物は資料室にまとめてありますので、まずは資料室に向かいましょうか」
「分かりました」
「運んでいただく量がかなりありますので、今日中には終わらないと思います。都度帰っていただいても、こちらに泊まっていただいても構いませんので」
「分かりました。今どうするか決めた方が良いですか?」
「いえ、ギリギリで大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。ある程度の時間までには決めますので」
「分かりました。着きました。こちらが資料室です」
「大きいですね」
「そうですね。資料室の中でも特に大きい部屋の一つなので」
「なるほど。この中にある荷物を運ぶんですよね」
「はい。正確には資料です。運んでいただくものは既に仕分けてあります。こちらです」
そう言って晦さんが指を差した先には大量の資料が置いてあった。
「これ全部ですか?」
「そうです。見ての通りの量ですので時間が掛かるとは思いますが、急いでいただく必要はないのでご自分のペースでお願いします」
「分かりました」
「資料は初めにいた部屋に運んでもらいます。部屋の扉のステンドグラス部分にお持ちのカードを置いていただければ郵便局の方に繋がりますので、後は部屋の中に資料を置いてから扉を閉めてもらえれば置いた資料が転送されるようになってます」
「手順はかなり少ないんですね」
「はい。難しくしても仕事の効率が落ちますので」
「確かにそうですね。では早速仕事に移りますね」
「はい。何か分からないことがあれば先程の部屋にいらして下さい。私は部屋で別の仕事をしていますので」
「分かりました。ありがとうございます」
そう返し俺は資料の運搬を始めた。何度目かの運搬を終えて資料室に戻っている途中、声が聞こえた。
何の声だ?何か鳴いてる?あの茂みの方だな。そう思い近づくと怪我を負った三匹の獣?のような生物が落ちていた。かなり血が出ていて怪我も酷そうだ晦さんのところに連れて行けば手当してもらえるかな?まあとりあえず連れて行かないことには何もできないと思い、手を近づけると一匹が唸った。この子は意識があるのか。いや、この子が一番怪我してる。早く手当しないと。そう思い近づくもその一匹はさらに警戒を強め牙を見せて唸った。明らかに人を警戒してるな。手当したいだけなんだがどうしようか。辺りを見渡し少し考え、俺は近くにあった木の枝を手に取った。そしてその枝で自分の手に傷をつけた。俺は持っていたハンカチを出して自分の手に巻いて見せた。
「これをお前たちにもしたいんだ。傷つけたりはしないからさ、信じてくれ」
俺が目を見てそう言うと、唸り声が無くなり口も少しずつ閉じていった。どうやら警戒は解いてくれたようだ。俺は三匹を抱えて晦さんの部屋まで走った。
「ユキです失礼します。晦さん!この子たちを助けてもらいたくて!」
「どうしました?ってそれは神獣ですか?」
「神獣?手当は出来ないですかね?」
「手当は出来ますよ。少しお待ちください」
そう言うと晦さんは走って奥の部屋に入って行った。戻ってきた晦さんの手には救急箱があった。晦さんは一匹ずつ丁寧に手当てをしていったが、最後の一匹を前に手が止まった。
「この子は無理です」
「え!」
「おそらく他の子を守っていたのでしょう。この子の怪我が特に酷い。それに血も足りてません」
「どうにかならないんですか」
「輸血できる血はありますが、こちらの血を入れてしまうとこの子はもう神様のところに戻れなくなってしまいます」
「そんな……何か方法は」
「神様に聞いてみましょう。この子を持っていてください」
そう言うと晦さんは大きい鏡を持ってきた。晦さんが鏡に触れると鏡は一人の女性を映した。
「どうしたの?」
「突然の呼び掛けにも関わらず応じていただき感謝します。ご相談がありまして」
「構わないわ。何?」
「こちらの子についてです。見ていただきたく」
「まあ、これは酷い。どうにかしたいけどこの状態ではなかなか」
「やはりそうですか」
「ちょっと待って。その子の血なら問題ないわ」
「え!俺ですか?」
「ええそうよ。でもその場合はその子は貴方を主人とすることになる」
「神様のところへは行けるんですか?」
「行き来は可能よ。ただ住むのは貴方のところになるけれど」
「この子はそれでも良いと思ってくれるのでしょうか?」
「死ぬのよりは良いんじゃないかしら。少なくともその子は貴方を嫌がってはいないようよ」
そうなのか。このまま見殺しになんてしたくないし、本当に俺なんかの血で助けられるんなら。
「俺の血でいいならいくらでも使ってください」
「分かったわ。晦鬼、その子から血を採ってもらえる?」
「分かりました。ユキさんこちらへ」
そう晦さんに促され、俺は椅子に座った。
目が覚めると俺は布団の上だった。
「おはようございます。ユキさん」
「あ、おはようございます。あの神獣は?」
「あの子なら大丈夫です。ユキさんの血と一緒に神様にお渡ししました。今は寝ているだけで問題は無いとおっしゃってましたので」
「そうですか。良かった」
「おそらく椅子に座った後あたりから記憶が無いのでは?」
「はい、そうです」
「ユキさん血を採り始めたらすぐに意識を失われていました。おそらくそれくらいから記憶が曖昧なのではないかと思っていたのですが、合っていたみたいですね」
「なんかすみません。俺どれくらい寝てました?仕事まだ残ってますよね?」
「二日ですね。仕事は残ってはいますが大した量ではありませんよ。ユキさんの仕事が早いので」
「二日!かなり寝てましたね。ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
「いえいえ、むしろ御礼を言わないといけないのはこちらですよ。神獣たちの命を救っていただきありがとうございました」
「御礼を言っていただくようなことではないです。そこに居合わせることが出来ただけですから」
「それがすごいんですよ。まあ全員無事でしたし、この話しは終わりにしましょう」
「いろいろありがとうございました。俺もう動いて大丈夫ですよね?」
「はい。問題ないですよ」
「じゃあ、仕事再開しますね」
そう伝え仕事を再開して、俺はその日のうちに地獄での仕事を終わらせた。
「三日もお世話になってしまい申し訳ありませんでした」
「いえいえ、私の想定ではもっと時間が掛かると思っていたので、早く終わりすぎたくらいです」
「そう言ってもらえると助かります」
「神獣のことは郵便局の方に連絡がいくと思いますので、知らせがあるまでは待ちになると思います」
「分かりました。本当にいろいろとありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました。また仕事お願いすると思いますのでその時はよろしくお願いします」
「はい。また一緒にお仕事出来るよう今後とも頑張ります。三日間本当にありがとうございました」
「はい。今後ともお身体に気をつけてください。それではまた」
「はい。また」
そう晦さんに挨拶をして俺は郵便局に帰った。




