19.出会い⑧
あんな話があった後だというのに、机に突っ伏してチームを作ろうともしていない。一緒にいる男はヨミの方をチラチラと見て、焦っているように見える。この様子だと、内心チームを作りたいって考えているのかもしれない。そんな男はヨミと離れる気はないらしく、チームを作ろうとしているクラスメイトのことを眺めていた。
「ちょっといい?」
セカイが話しかけてもヨミは反応せず、近くにいた男がこっちに寄ってくる。
「あっ、あなたは食堂でヨミさんと一緒にいた人っすよね。どうもっす、自分、キーヴァって言います。あなたにもお礼が言いたかったんすよ。……あの時は本当にありがとうございました」
朝、嫌がらせを受けていたとは思えないほど明るい様子で、躊躇いなく頭を下げる。そんなキーヴァに、疑り深いセカイが警戒を解いてしまいそうになる。自然と懐に入ってくる人懐っこさが感じられた。
ヨミがこいつのことを邪険にできない理由がわかった気がするな。話し方や雰囲気に裏が全く感じられない。
「いや、全部ヨミがやったことで、僕は何もしてないよ。それより、同部屋の連中に何かされなかった?ヨミの攻撃は明らかにやりすぎだったからね、逆恨みされても無理はないし」
「あれからカイザーさん達とは話してないっすから、どう思われているとかはわかんないっす。でも、どんなことになったとしても、2人への感謝は忘れないっすよ」
また、感謝か。本当に、僕は何もやってないんだけどな。
しかし、これ以上、キーヴァからの感謝を受け取らない方が面倒なことになりそうだし、この感謝を利用させてもらおうか。
「そうか、わかったよ。それでさ感謝しているって言うなら、僕の頼みを一つ聞いてもらえないかな」
「え、なんすか?」
セカイの言葉に少し警戒した様子で返事をする。
「そんなに警戒しなくて大丈夫だよ。頼み事は非常に簡単なことさ」
「そ、そうなんすか」
「頼み事っていうのは、ヨミと仲良くしてもらいたいんだ」
「ヨミさんと仲良く……?」
「ヨミってこうやって、何にも興味がないみたいな態度をしているように見えるけど、こう見えて実は寂しがり屋なんだ。ヨミは人見知りでね。友達になりたいと思っても、自分からは行動することができない。だから、キーヴァが仲良くしてくれたらヨミも喜ぶと思うんだ」
ヨミがどんな人間かなんて、もちろんのことだけど知らない。そんな知らないことだらけのヨミだけど、一つだけ確かなことがある。ヨミにとってキーヴァが邪魔な存在だということ。そんな存在がヨミの周りにずっといたら、どれだけ鬱陶しく感じるのか考えると楽しみで仕方がない。
「そうなんすか。わかったっす、任せてください!」
ヨミのことを見ながら、セカイの言われていたことを信じて仲良くし続けることを決意する。
あれ、ちょっと待って、信じちゃったよ。ヨミに嫌な思いをさせたいって気持ちは本物だったが、ルームメイトだと言っても出会って1日も経っていないということは少し考えればわかることだと思っていた。
このままじゃ、僕もカイザーと同じになっちゃう。だからって、やる気になっているキーヴァに真実を伝えるわけにもいかないし、まぁ、これから気をつければいいか。
「よし任せたよ。僕はセカイって言うんだ。これからよろしく頼む。くれぐれもこのことはヨミには内緒でね」
「はいっす、よろしくお願いします」
深々とお辞儀をしてくる。ここまで簡単に頭を下げるなんて、本当に貴族なのか?と疑いたくなる。ミツネという前例がある以上、簡単にその考えを否定することはできなかった。
「それはそうと、ヨミは寝ているの?」
「多分そうっスね。さっきからずっとこの体勢っスから」
もしヨミが起きているんだったら、キーヴァに嘘を吹き込んでいる時に止めてきそうなものだから、寝ているというのは確定してもいいだろう。
「そうか……実は、2人に用があってここにきたんだけど、ヨミが寝ているのなら先にキーヴァに話しておこうかな」
「え、自分にすか?」
セカイはチームの勧誘に来たことを伝えた。
その話を聞いたキーヴァは、誘ってもらってありがたいとお礼を言ってきた。あとは、能力の役割だけ揃ってくれれば文句はないんだけど。
「それで聞きたいんだけど、キーヴァって能力の役割は何か聞いてもいいかな」
「自分は攻撃っす。……ヨミさんが何なのかは知らないっす。すみません」
攻撃か、キーヴァがチームに入ってくれれば3つの役割を入れなければならないという条件は達成することができる。これなら、ヨミがどんな役割だったとしてもチームが認められるということだ。
ひとまず、役割が揃ったことに安堵する。
「それで頼みたいことがあるんだけど、このことをヨミに伝えてもらえないかな」
「……なるほど、セカイさんがチームに誘っていることを教えたらいいんすよね。自分の話をまともに聞いてくれるとは思えないんすけど、頑張ってみるっす」
「あぁ、頑張ってくれ。僕はちょっと離れているから、後は頼んだよ」
なんかここまで前向きに取り組まれると調子が狂うな。まぁでも、そのおかげでヨミのことを誘いやすくなった。僕が起こすと話すら聞いてもらえないかもしれないからな、キーヴァの方がまだ可能性はあるだろう。
キーヴァ達と距離をとり、遠目で2人の様子を眺める。起こすためヨミに触れようとするが、なかなか踏み出すことができずに硬直する。感謝している相手が気持ちよく寝ているのを妨げるのに抵抗があるみたいだ。しかし、一瞬セカイの方を見ると、意を決して肩を揺さぶる。
ヨミがビクッと反応し、ゆっくり首を持ち上げると、目の前のキーヴァを見て舌打ちをする。
「まだいたのかよ、礼なんていらねェつってんのに。しつけぇ奴だな」
なんて口にしてはいるものの、セカイの時みたいに本気で拒絶をしているようには見えない。
「い、いや、礼だけじゃなくって、ヨミさんのこと尊敬してるんす。だから、一緒にいたいって……」
じっとキーヴァの顔を見ると、呆れたようにため息を吐く。
「はぁ、勝手にしろ」
「い、いいんすか。ありがとうございます!」
キーヴァが「やった」と言わんばかりにセカイへ目を向ける。それに対し、良かったなという意味を込めて笑顔で返した。
「それで、あの……ヨミさんはチームの件、誰と組むとか考えていたりするんすか?」
「チーム?んなもん、誰とも組むつもりはねェよ。ここの連中と組んでも足を引っ張られるだけだしな」
「あの、実はチームを作るには5人必要なんすけど」
「は?」
おそらく寝ていて、チームを作る話を聞いていなかったヨミにキーヴァが丁寧に説明していく。一番反応を示したのは、チームを作らなければ大会に出場することができずに、クラスの昇格をする機会を逃してしまうことだった。
「チッ、めんどくせェ」
「そこで一つ提案があるんすけど、セカイさんのチームと組まないっすか?」
キーヴァがこっちを向きながら提案するものだから、ヨミに察され睨みつけられる。それに笑顔で対応すると、嫌悪感を示されキーヴァに向き直る。
そろそろ、頃合いか。
「オレは腹ん中で何考えてるか分かんねェ奴と組む気はねェぞ」
「そうすかね、いい人そうに見えたっすけど」
と話す2人に近づく。
「ちょっといいかな」
「あ、セカイさん」
誘うことができなかった申し訳なさだろうか、一歩下がってセカイとヨミの間から抜けて邪魔のならない場所まで移動する。顔にも自分の不甲斐なさを恥じているようで苦い表情を浮かべていた。
元々、キーヴァだけで終われるほど楽観視もしていなかったし、気にすることではないんだけどな。それに、ヨミにここまでチームの話を出来ただけでも上出来だ。
「まぁまぁ、ヨミもそう言わないでさ。少しはチームの件、考えてくれないかな?」
「わざわざ、あいつを使って誘おうだなんて汚ねェことを考えてたようだが、残念だったな。オレはお前とチームを組む気にはならねェ」
どうせこうなるだろうとは分かっていた。ならば、次の行動に移るまでだ。
セカイはヨミの肩に手を置き、耳に顔を近づける。この動作、あまり時間をかけているとヨミに振り払われてしまうと考え、素早く行う。
ヨミが行動を起こす前に言葉を発する。
「お前は僕とチームを組むのが一番なんじゃないか?」
そう言うと、動きを止め、セカイの言葉に耳を傾けた。
「ちょっと、その前にさ。外に出ない?」
これから話すことは他の生徒に聞かれたくない。普段ならヨミがこの提案を乗るとは考えにくいが、今回に限っては……。
「チッ、さっさと済ませろよ」
席から立ち上がって、教室から出ていく。
「それじゃ、少し待っていてもらえるかな」
「了解っす」
ちょっと、気合いを入れていかないとな。
***
先頭を歩くヨミの後に付いてくると、講義棟の裏に来た。塀と建物の間で、陽の光は遮られていて薄暗く肌寒い。
「で、テメェとチームを組むのが一番とか言ってたのは、どういう意味だ?」
開口一番に聞いてくるってことは、僕のあの発言は正解だったのか。
「その前に、聞いておきたいことがあるんだ。……あの食堂での暴力、僕の力を測ったな?」
他から見れば、嫌がらせを受けているキーヴァを助けるためにヨミがカイザー達に暴力を振るったように見えただろう。だが、それはキッカケに過ぎなかった。ヨミは、僕がどんな人間なのか探るために、あの状況を利用したんだ。
ヨミはカイザーを見捨てて逃げた2人に攻撃する素振りを見せていたが、本当の標的は僕だ。あれほどの威圧感を感じたのは、そのせいだろう。
そして、まんまとその威圧感に反応してしまったというわけだ。こいつの実力は紛れもなく本物だ。周りを見下すほどのことはある。
ヨミの返答はなく、静寂な時間が訪れる。
その時間はすぐに終わりを迎えた。ヨミが拳を握ると、脇腹の辺りまで引く。食堂での一件を思い出す構えだった。セカイはその間、目を離すことなく一部始終を見ていた。
そんなセカイの様子をみて笑みを浮かべると、腰を回転させ拳を一直線に突き出した。
その拳は目で追うことができ、威力を殺すため後ろに跳ぶ余裕は十分にある。しかし、セカイはヨミのことを見たまま静止して、動く気配すらない。
拳が鳩尾に直撃しようとした時、ピタッと動きを止めた。拳は止まったのに、殴られたような強い衝撃が体を襲った。肌寒いというのに、汗が流れる。
しばらくの間、セカイの様子を観察すると興味を失ったかのように拳を下ろす。
「チッ、面白くねェ」
そう鋭い目で睨み、背中を向けて去ろうとする。
「チームの件、どうするんだ?」
「チームには入ってやる。ただし、もしテメェが足を引っ張るようなら、容赦なく叩き潰すから覚悟してろよ」
「そうか……なら良かったよ。ありがとうね」
こっちを見ずに話すヨミに、優しげな笑みを向ける。
断られることはないって分かっていたけど、上手く話が進んで良かった。
ヨミはEクラスである僕のことを馬鹿にする発言をしていた。それは、実力を見られることもなく勝手に決められたというヨミにとって、同じ実力だと思われることが許せなかったのだろう。
そんな人間がクラスを昇格できる機会を逃すはずがない。大会が単なる実力勝負であれば、ヨミにとって昇格は容易いものだろうが、クラスの異動がチーム単位であるという情報から、チームが協力しなければならない内容である可能性は十分に考えられる。
となれば、チームメイトの実力も高いことを望むに決まっている。口では僕とチームを組むつもりはないと言ってたけど、僕の言葉を素直に聞いていたことを察するにチームを組むならって、目星くらいはつけていたのではないか。支援型としての役割を求められる以上、攻撃には人を頼る必要が出てくる。活躍したい気持ちはあるが、攻撃で【空間移動】を使うことはできないから仕方がない。
ヨミなら、戦闘力も高そうだしクラス昇格を目指すのならチームに引き入れるのにもってこいの人材だ。確証を得るために能力のタイプまで聞いておきたかったけど、ここでしつこく話しかけるとヨミの機嫌を損ねるかもと思い、諦めた。まぁ、能力のタイプに関してはキーヴァがチームに入った時点で、条件をクリアしたわけだし、それを聞くのは他のチームメンバーに任せるとしよう。僕の仕事は、これで終わりだ。
さてと、マチに報告でもしに行くか。




