18.出会い⑦
セカイがE2の教室に戻ると、扉付近の机に座っていたマチと合流した。もちろんのことだが、マチと2人になりたいというセカイの望みは叶わずリハンも一緒だった。どうやら、2人は学生証のことについて話していたようで、戻ってきたセカイにも意見が求められた。
学生証には様々な情報が載っていて、中には見られたくない項目もあることだろう。しかし、学生証を落としてしまったら最後、不特定多数の人物に自分の個人情報が晒されることになってしまう。そういうことが不安だから保管方法はどうしようかという、言ってしまえばどうでもいい会話であったが、そのどうでもいいことで悩んでいられる時間に、少し幸せを感じられていた。
その会話が終わると、静寂が訪れる。誰も話題を振ることが出来ずに気まずい空間が完成した。ここはマチの気を引くために会話のリードを握ることが得策だと分かってはいたが、教室内の様子が気になって辺りを見渡す。
こうしてじっくり見てみると、セカイ達と同様にクラス内にいくつかの集団に分かれていることに気がついた。その中でも一際存在感を放っているのが、フェンルという男を中心としたグループだ。さっきから大きい声で話しているから嫌でも会話が耳に入ってくる。そのおかげでフェンルという名前を知ることもできたが、この情報は大して意味のあるものではないだろう。
フェンルは明るい性格なのか笑顔でいることが多く、セカイ達と違って話題も尽きることなく、一緒にいて楽しそうだと遠目に見ていても分かる。そう思わせることが初対面の多い、このクラスで人を惹きつける秘訣なのかもしれない。
他のグループはそんなフェンル達を避けるように端や隅に固まって話している。楽しそうだと言っても、人には合う合わないがあるようで鬱陶しそうにしているグループもあった。
ヨミはといえば、驚くべきことに1人ではなかった。そのお相手はセカイも面識のある人物で、カイザーに嫌がらせをされていた男子生徒だった。面談に行っている間に仲良くなったのかと思ったが、ヨミは相変わらず気にも留めていないようで机に突っ伏していた。この様子を見ると、名も知らない男子生徒の一方通行みたいだ。ただ、僕のように拒絶されていることもないようだし、これから仲良くなる可能性も十分にある関係だと窺える。
「……セカイ君聞いてる?」
マチが顔を覗き込むようにして見上げていた。
今までミュウ以外の女子の顔をこんなにも間近で見たことがなかったため、恥ずかしさから体を引いてしまう。
「あ、あぁ、ごめんね。嫌だったよ、ね」
マチはほんのり頬を赤らめて、素早くセカイから離れていく。あっ、と寂しい気持ちもあったが、これは心に入り込むチャンスではないかと気持ちを切り替える。
じっとマチの目を見つめる。
「いや、まさか。驚いちゃっただけだよ。あまりにも君がかわ」
「ちょっと」
可愛いかったから、と続けようとしたが、リハンの声によって遮られてしまう。お前はどんだけ邪魔してくるんだと、皮を被っているのにも関わらず殺意剥き出しで睨みつける。
「ひぃっ、な、何だよ。怖いな」
「え、リハン君、どうしたの?」
「いや、セカイが……」
「それで、さっき何か言おうとしてたみたいだけど、知らせたいことがあったんじゃないの?」
このままだと良くないことを言われそうだと思い、リハンと同じように話を遮った。
「あぁ、そうだった。もう少しで教室に先生が入ってくるから、それを教えようとしたんだ。静かにしてないと怒られるかもしれないしな」
「どうしてそんなことが?」
と言ったら、前の扉が開いてムンが入ってきた。
集まって話していた生徒は、そのことに気づくとすぐさま散って近くの席に慌てて座りはじめる。そんな生徒の行動に呆れたようにため息を吐いたムンは、教壇に立って生徒が落ち着くのを待つ。
「ようやく静かになりましたか」
やれやれといったような発言に、一部の生徒が反応する。
面談していた時とは雰囲気が違った。
「では面談前に言っていた通り、これからチームを作ってもらいます」
ん、言っていた?……チームって何のこと?
そう頬杖をついて、困り顔を浮かべていると隣の席に座っているマチが周りに聞こえないようにヒソヒソと話しかけてきた。
(面談で能力のタイプを決めてもらったでしょ)
(うん、それがチームのことと何か関係があるの?)
(何かね、チームを決めるときにそのタイプを参考にするらしいの。って言うのがセカイ君が来る前に先生から言われたことだったんだよ)
なるほど、だから僕が面談から帰ってきたら騒がしく集まっていたのか。
「君たちには先ほどの面談で能力のタイプを決めさせてもらいました。もう知っている人はいると思いますが、攻撃型、支援型、妨害型の全部で3つあります。……そして、ここからが本題なのですが、チームを作るのに条件を設けたいと思います。その条件とは、まず5人一組であるということ」
と言うと、慌てるように行動し始めたのがフェンルの元に集まっていた生徒だ。
見たところ、この教室内には60人程度いると思われる。そして、セカイの生徒番号がE263ということからE2がクラスで63がクラスの人数と考えることができる。面談の最後ということも考慮すれば、この考えは結構当たっているはずだ。
ムンからチームを作ることを知らされていれば、この教室内の人数を把握していることだってあり得る。5人一組と聞いて、自分が省かれるのを恐れた生徒が騒がしくしているのだろう。
「騒がない!まだ話は終わっていませんよ。もう一つの条件は、3つの役割をそれぞれ一人入れてください」
すぐにでも相手の役割を聞きたいと思っても、グッと堪えてムンの話を聞き続ける。
「チームを決める期限は今日までです。条件に当てはまるチームが組めたら、この紙に生徒番号を書いて代表者が職員室にまで提出しにきてください。提出場所は職員室に行けば分かると思います。言っておきますが、条件を満たしていないチームを認めることはできませんので、しっかり3つの能力のタイプと人数を集めてから提出にきてください」
「あの、すみません」
ムンが紙の束を教卓に置くのと同時に、フェンルが挙手をする。
「えっと、フェンル君、どうしましたか?」
「この教室には63人しかいないのですが、どうやっても皆んながチームを組めるとは思えません。もし、チームを組めなかった場合は何かあるのでしょうか」
「あ、そうですね。すみません言い忘れていました。進級するときにクラスの異動ができるというのは、学校から聞かされているはずです。これはまだ発表されていないことなのですが、今年から夏と冬の年に2回闘技大会が行われることが決定しています。その時の結果がクラスの異動に関わることになりますが、チームを組むことができなければ大会の出場資格が得られません」
セカイとしてはこのままEクラスにいるつもりはなく、ミュウのいるAクラスに入りたいという思いがあったために、ムンの言ったことに多少心が揺さぶられる。今回もまた騒いで面倒なことになりそうだと予感したが、ふーんと大した反応は起こらなかった。
「せんせー。クラスの異動ができないってだけで、進級はできるんですかー?」
セカイのワンポイントおしゃれパーカーが霞むくらい派手な女子生徒が気の抜けた声でムンに説明を求める。
「いえ、進級はできますし、そのまま卒業もすることができます」
「だったらー、クラスの異動ってする意味あるんですかー?」
「それは、今日の自由時間を過ごしていれば分かることです。期限は今日までなので、異動する意味に気付いてからでも遅くはないでしょう」
教師が嘘をいうとは考えられないため、その言葉は生徒に重くのしかかり、さっきまでの緩かった雰囲気が引き締まっていく。
「すみません、先生。もう一つ、質問をしてもいいでしょうか」
「ええ、大丈夫ですよ」
「他クラスの生徒とチームを組むことはできるのですか?」
確か、Eクラスだけは2つに分かれているはずだから、このクラスで組めないのであればもう一つの教室の生徒と組もうと考えるのは当然のことだろう。気になることを聞いてくれる存在がいるのは、楽だなとフェンルのことを見ていて思う。
「それはできません。これは後で言おうと思っていたことなのですが、クラスの異動がチーム単位で行われる都合上、E2クラスだけでチームを組んでください」
クラス異動がチームで行われるという初出し情報に多少の動揺が走る。
「ちょっと待ってくれよ先生。それじゃ、チームを組めなかった連中は卒業するまで大会に出る機会が訪れないってことじゃねえか」
そう言うのは、おそらくフェンルと仲の良い大男だ。名前は……わからん。
「いえ、一度チームを決めると変更するはできないのですが、年に一度、進級するタイミングでチームのメンバーを入れ替えることができます。その機会に余ってしまった生徒は頑張ってチームを探すといいでしょう」
進級するタイミングといえば、クラスの異動が決まる時。その時にチームを変更したいと考えるのはクラスが昇格せずに停滞したチームか降格してしまったチームだ。チームを組めなかった生徒が大会に出場するためには、その進級するタイミングで自分の力を示すことが必要になる。これなら、難しいとはいえ全ての生徒がクラス異動の権利を得ることができる。
この方針も入学式でハンボートが言っていた実力主義に関係しているのだろう。
「以上で質問は終わりですかね。……それでは、期限は今日までなので遅れずに提出をお願いします」
そう言って、ムンが教室から出ると、爆発するかのように一斉に行動を始めた。5人以上の集団は自分が省かれないため必死に頭を働かせている。自分から誰かを陥れようとした者は逆に省かれ、喧嘩も起こりそうなグループもあった。
「ちょっと、みんな怖いね。……私たち、チームを組むってことでいいのかな?」
不安そうに2人のことを交互に見る。
「あぁ、俺も2人のことを誘うおうと思っていた」
「僕もチームを組むなら、最初に2人を誘おうって決めていたよ」
もし、組むのを悩んでいたとしても不安で小さくなっているマチの申し出を断ることなんて出来なかっただろう。
「よかった、2人ともありがとう。それで早速だけど役割って何だった?私は前にも言った通り、支援型だったよ」
そういえば、そんなことを言っていたような気がするな。あの時は、リハンの自己紹介を阻止するために必死だったから、ほとんどマチとの会話は覚えてないんだよな。自分で言ってくれて助かった。
「俺は妨害だ」
とすぐに返事をする。
妨害って、お前にピッタリな役割だな。まぁ、お前の場合、能力だけじゃなくて本体も妨害型なんだけどな。ぷぷぷっと、心の中で小馬鹿にした笑いをする。
「僕はマチと一緒で支援型だよ」
……ということは攻撃型がいないことになるな。あの中から攻撃型を探しつつ、2人もチームに勧誘しないといけないのか。
周りでは殴り合いの喧嘩というほどの騒ぎは起こっていないものの、度々怒号のようなものが聞こえてきて、その度にマチがビクッと肩を震わせていた。
「あと2人か……。それに残りの攻撃型能力の人も探さなきゃならないなんて。……探したいけど、ちょっと私には……」
「そうだな、セカイが探してきてくれないか?」
マチに気を遣ったのかどうかは知らないけど、お前が自分で探しにいくんじゃなくてこっちに頼むのかよ。正直、僕もマチと一緒で進んであの中に入りたいとは思わない。それに、リハンに指図されたみたいで余計に探す気が起きなくなった。ここは断って、リハンにでも押し付けるか。
「え、セカイ君、探してくれるの?」
……。
「あー、少し心当たりがあるから、僕に任せてくれるかな」
「ほんと?面倒かけちゃって、ごめんね。ありがとう」
「あ、あぁ。いいんだ、全然」
いいか?マチのために探しにいくんだからな。お前に使われたわけじゃないから。いい気になるんじゃないぞ。それに、マチが人探しを僕に頼んできたのは頼れる存在だからっていうのもあるはずだ。お前は、頼る価値もない寂しい男っていう認識なんだろうな。ざまぁみろってんだ。
なんて心の中で思っていると、荒れていた気持ちも落ち着いてきた。




