13.出会い②
予定通り相手を脅すことには成功したけど、なかなか僕の質問に答えようとしてくれないな。
どちらにしても殺すっていうのは、言いすぎたか?
うーん、これからどうしよう。
「あ、あの……これは一体……」
背中から聞こえてくる弱々しい声。
口を塞いでいる男は、希望を見つけたとばかりに声を発するためにもがき始める。
この状況を見られて、誰かを呼ばれでもしたら面倒なことになると判断したセカイは、対応すべく男の口を塞いだまま首だけを後ろに向ける。
「お前は……」
僅かに差し込む月明かりに照らされた顔には見覚えがあった。
宿で働いていた無愛想な少年だ。
「あ、あの、その人……」
少年が転がっている男のことを指差す。
どうする。
ただ戯れあっているだけだって言って信じてくれるか?……まぁ、無理だろうな。
仕方がない、少年はここで殺そう。それが最良の選択だ。とは言っても、今の位置で殺してしまったら大通りにいる人に気づかれてしまう。
もう少し、近づいてもらわないと。
「お前、宿で働いていたやつだよな。どうして、こんなところに?」
「え、あの……お客様にお釣りをお届けに」
「は?お釣りだって?」
手を広げて数枚の硬貨を見せているようだが、ここからは距離が遠く、セカイの目には見えなかった。
律儀にお釣りを渡しにくるなんて。
そのせいで見つかったなんて馬鹿みたいな話だけど、これは使えるな。
「いや、お釣りか。わざわざ、ありがとな。ちょっとこっちまで持って来てくれないか?」
「え、でも……その人は」
「あぁ、こいつな。さっき金を盗まれてね。取り返している途中だったんだ」
「でしたら、衛兵の人に」
「あ、ちょっと待って。後から突き出す予定だったんだ。だから、君も早くここを去った方がいいよ。店の人に迷惑かけられないでしょ?」
「そ、そうですね。わかりました」
迷惑をかけられないという言葉が響いたのか、ゆっくりと近づいてくる。
それを見て、口角が上がる。
すると、大人しく話を聞いていた男が、セカイの足を力強く握った。そして、力任せに口を塞いでいる足を退けようとする。
いきなりなんなんだ。
大切な情報源を弾みで殺さないようにするため、男の抵抗を全力で押さえつけるわけにはいかなかった。そのせいで、上手く抑え込めずに苦戦する。
「あの、大丈夫ですか?」
「はは、大丈夫だよ。衛兵に突き出されるのが嫌なんだろうね」
「んん、んー!」
少年に何かを伝えようと、必死にもがいている。
もしかして、こいつは僕が殺そうとしているって気づいているのか?それを教えようとしているのなら、マズイかもしれない。このままだと……押し負ける!
「に、逃げろ!グハぁッ」
足が口を離れると同時に叫んだ男の腹を蹴って黙らせる。
「え?に、逃げる?」
「そうだ、早くしろ!殺されるぞ!」
衝撃で意識を失ってくれればよかったが、セカイの望む展開にはならなかった。
小さく舌打ちをして、両手を前に向けると足元にあるナイフを手に取って能力を発動する。
少年の元まで移動したセカイは、ナイフを首に突きつけ人質にとる。
「黙らないと、こいつを殺すぞ」
「え?どういうこと、ですか。あの人がお金を盗んだって……嘘だったのですか?」
「お前も殺されたくないなら、黙っていろ」
「え、え?す、すみません」
自分が殺されそうだってのに、大して騒がずにセカイの言葉に従う。
「おい、あんた。まさか関係ないやつを殺すつもりじゃねぇよな?」
「何を言っている。こんな状況を見られたんだ、こいつも立派な関係者だろ?」
なんて言ったけど、僕もこの少年を殺すことになんとも思わないわけではない。
お釣りを渡そうとしたせいで、殺されるなんて可哀想だなって思っている。
「ちょっと待てくれ、お前、俺に質問があるって言ってたよな」
「あぁ、その通りだ」
「なら、それに答えるから、その坊主を殺さないでやってもらえるか?それでも無理なら、話を聞いた後に俺のことは殺しても構わねぇから。頼む、この通りだ」
すぐさま体勢を変え、土下座をする。
「そんなことを信じ……」
どうせ生き残るために騙そうとしているのだと一蹴するつもりだったが、額を地面に擦り付けている男の様子を見て、言葉にするのをやめた。
「どうして、そこまでする」
「は?なんだって?」
「どうして赤の他人を助けるために命を差し出そうとするって聞いてるんだ」
「え、それがお前の聞きたいことか?」
「はぁ、もういい」
ナイフの持つ手に力を入れる。
「う、嘘だ。冗談だっての。その……あれだ、俺のせいで誰かが死ぬのは死ぬほど嫌だって、だけだ」
男の提案に乗ってこの少年を見逃した場合、僕の顔を間近で見た少年は衛兵に助けを求めにいくリスクがある。そのため、少年を逃すという選択は取りたくない。
「お前の名前は」
「名前?……バ、バガンだ。なんで、そんなことを聞くんだ」
「他人のために死ぬ、お優しい盗人の名前でも聞いておこうと思っただけだ」
「じゃ、じゃあ、その坊主は助けてくれんだな?」
ニーナのことを攫ったやつとは思えない発言だな。まるで、正義の味方だ。
ここまでの覚悟を見せられて、何もしないんじゃ、僕の程度が知れてしまう。
「……仕方がない。殺さないと約束しよう」
ナイフを下ろす。
「こいつ、バガンの命と引き換えにお前を助けてやる。いいか?くれぐれもバガンの命を無駄にするなよ」
「え……ボクのせいで、その人が殺されてしまうってことですか?」
「それはちげぇよ坊主。お前は、ここから去って、いつも通りの生活に戻りゃいいんだ」
「いつも通りの、生活……やっぱり、答えるって言ってますし、殺すまでいなくても……」
「だから、俺は死んでもいいって言ってんだろ」
なんなんだ、この状況は。
こいつもこいつで、逃げられるっていうのにバガンの命を助けようと粘り始めるし。なんか、殺す気も失せてきたな。
この2人と長く話しすぎたせいで情が移ってしまい、セカイから殺意が無くなっていた。
それに、今後のことで確かめたいこともあるし、実験でもしてみるか。
「…………ふぅ、バガンのことも殺さないでやるよ」
未だに、謎の言い合いをしている2人に告げる。
「え?……いいんですか?」
「おい、そりゃ、本当なのか?いや、待てよ。何か裏があるんじゃねぇか?あんたみたいなのが、簡単に見逃してくれるわけがねぇよ」
バガンにナイフを向ける。
「拾った命を手放したいのなら、望み通りにしてやるぞ」
「わ、悪かったって」
こいつは、余計なことを言わないと気が済まないのか?
「だけどバガンの言った通り、条件はある。もし、バガンが約束を守らず逃げた場合、えっと……」
セカイは少年に目を向ける。
「あ、あのボクは……えっと、あっ、ミツネと言います」
「ミツネ、はどう責任をとる?」
「え、ぼ、ボクがですか?」
「あぁ、バガンのことを死なせたくないんだろ?お前がどう責任をとるか言えば、それが叶うんだ。いい話じゃないか?」
「お、おい。それ本気で言ってんのか?」
さて、バガンはお前を助けるために命を差し出したんだ。ミツネは何を差し出す?
「その時はボクを殺してくれて構いません」
はっきりと宣言はしているが、胸の前で握る拳が震えていることで本気なんだと確信できた。
「ふっ、いいだろう。バガンが逃げた場合は、お前のことを殺すとしよう」
「おい、坊主、自分が何を言ってるのか分かってんのか?俺のために命を賭ける必要なんてねぇのによ」
セカイはバガンの元に行くと、肩に手を置いて耳元に顔を近づける。
(大丈夫だ、お前が逃げなきゃミツネは無事なんだから、さ)
(ま、まぁ、そうなんだがよぉ)
「よし、お前らには話があるけど……その前に場所を変えるか」
脅す必要のなくなったセカイは、寒そうにしている2人に向かって、そう提案した。
***
セカイ達はミツネの働いている宿にまで戻っていた。
仕事を抜けるために、宿の主人に聞きに言ったミツネは落ち込んだ様子で戻ってきた。
「それで?俺に聞きたいことってなんだよ」
「あぁ、お前らの仲間か関係者なのかわからないけど、能力を使うやつがいるだろ?」
ニーナの発言的に能力者とバガン達が全くの無関係なわけがない。
攫って逃げるなんて面倒な役割を押し付けられていることから、下っ端ぽいし会ったことがない可能性もあるのか。
「あぁ、それは俺らのボスだな。名前は、確かフラインとかいったけな」
「なんだ、名前すらうろ覚えなのか?てことは、どんな能力を使っているのかは知らないってことだな」
「悪かったな。入ったばっかなんだよ」
ボスということは、能力者自身が盗賊を率いてニーナを攫ったということか。
「お前らがニーナ……赤髪の少女を攫った目的はなんだ?」
「俺はただ、意識のない嬢ちゃんを急いでアジトまで運べって命令されただけだ。だから、目的はわからねぇ」
「そうか……」
「ちょっと待ってくれ!……あ、そうそう、ボスは今回の仕事は絶対に失敗できないって言ってたぜ」
仕事か。
「知らないとは思うけど、その仕事の雇い主が誰だか分かるか?」
「そういった仕事の話はボスしか知らねぇはずだ」
「僕もお前らのボスだったとしたら、仕事の話なんかしたくないけどな。今みたいにベラベラと話されたくないし」
「それを言われると耳が痛いぜ」
結局はボスであるフラインとかいうやつを探さないといけないってことか。
「僕にとってはありがたい話だから別にいいけどな。……で、お前に頼みたい仕事があるんだ」
「なんだ、追加の注文かぁ?」
「別に断ってくれても構わない。でもさ、お前、金に困っているんじゃないか?」
ポケットから金貨を数枚取り出し、机の上に置く。
「こ、こんなに……」
黙って話を聞いていたミツネが、ボソッと呟いた。
「この金があれば一ヶ月は余裕で暮らせるだろ。これに加え、仕事を完了したらさらに金を出そう」
バガンはゴクリと机に置かれた金貨を見つめている。
「よし!その頼み、俺が引き受けたぜ」
「調子のいいやつだな。まぁ、いい。まず、聞いておきたいことがある。お前はボスの居場所がどこか知らないか?」
「あぁ、嬢ちゃんを攫った後にアジトで落ち合う予定だったんだが、その場所が潰されちまってよ、結局会えずじまいってわけだ」
なるほどな、僕がもう少し遅く突入していれば顔を見れたのかもしれないってことか。
「僕はそのボスとやらに話を聞きたいんだ。しかし、生憎と探そうにも顔を知らない。となると、何が言いたいか分かるか?」
「まさか、俺にも探させようってか?」
「その通りだ」
「だがな、行きそうな場所とか知らねぇぞ。なんか、大まかな場所とか予想できたらいいんだがよ」
予想って言われてもな。
そういえば、今回の仕事は絶対に失敗できないと言ってたんだったな。でも、実際にはニーナは救い出されて、今は安全な学校内で暮らしている。
絶対に成功しなければならない仕事に失敗をした、か。
「なぁ、この町で身を隠すのに最適な場所はないか?」
「やっぱり身を隠すってなったら、アジトのある住宅街なんじゃねぇか?あの中の家に隠れられたら、誰にも見つからねぇだろ」
「あ、あの……」
ミツネが小さく手を挙げる。
「ん?どうした、坊主」
「じ、実はこの町の北西に貧民街と呼ばれる場所があるのですが、そこなら身を隠すのに最適なのかも知れません」
「貧民街?聞いたことがないな。……本当にあるのか?」
「は、はい。正確には町の人が勝手に呼んでいるだけなのですが……。で、ですが、その貧民街には滅多に人が寄り付きません。この町に住んでいる人しか知らないような場所なので、身を隠すには最適だと思います」
もし、この町にまだいるとすれば、貧民街ってことか。
そして、そこにいないのであれば、この町から去ったと考えてもいいだろう。そうなれば、ニーナが狙われた理由はわからないままだけど、とりあえず僕やミュウへの危険はなくなるはず。
全ては、バガン次第ってわけか。
「なら、貧民街から探してくれ」
「探してくれって、あんたは行かないんかよ」
「まぁな、僕も忙しいんだ。でも、バガンの言いたいこともわかる。一人にしたら、逃げ出すかもしれないってことだろ?」
「いや、どうだろうな、ははっ」
頭を掻きながら苦笑いをする。
「その時は、こいつの命がなくなるだけだ」
ミツネの肩をポンと叩く。
「あ、そうそう。もし、ミツネの命がどうでも良くなって逃げ出したりしても、僕はお前を殺す手段を持っている。お前も見ただろ?」
「能力か……。まさか、ボス以外にも能力を使うやつと出会うなんてな」
「だから、逃げようだなんて思わないことだ」
ま、僕の能力にそんな便利な使い方はないんだけどな。
「そんなこと思わねぇさ。大丈夫だぞ、坊主、俺は逃げねぇからよ」
親指を立てて笑う。
「それで、ミツネはここに来れば絶対に会えるのか?」
ミツネの命を握っているため、居場所の把握は必要不可欠だ。
「え、えぇと、実はボク、明日から別の場所に住むことになったんです。あの、少し待っていてもらえませんか?」
「あ、おい」
セカイの返事を聞く前に、立ち去って行った。
ちょっと、あいつ、自由すぎないか?
本当に命を賭けた時間があるのか不安になった。




