12.出会い①
「また、ここに来るとは」
マルカーナイ領ヴォイナ町の外れにある住宅街の空き地。
セカイは、ニーナから聞いた能力者の存在を確かめるために、盗賊のアジトだった場所に来ていた。
柱が建物を支えきれなくなったせいで崩壊したようで、辺りには瓦礫が散らばっていた。そして、その上には死体が6体。昨日、見た光景と特に変わっていないように思える。
……あれ、どうして、瓦礫の上に死体が転がっているんだ?昨日は特に注意してみていなかったせいで、気づけなかったけど、普通、建物が崩れたら中にある物体は下敷きになっていなければおかしいよな。
ということは、誰かがミュウの来る前に、ここに来ていた?いや、待てよ。確か、ブランは盗賊の一人を殺していないってニーナが言ってたな。もしかして、そいつが?
ニーナが縛られていた辺りの瓦礫を退かし始める。
何もない、か。
周りの瓦礫を粗方退かしたが、死体以前に血痕すらも確認できなかった。
運よく、怪我すらもなく生き延びたと考えるべきだよな。
それにしても、なんのために死体を瓦礫の中から運び出したんだ?まさか仲間を弔うため、なんてことはないだろうし。
目的を確かめるために、再度、死体の方へ近寄る。
しばらく、何か手がかりはないかと辺りを探したが何も見つからず、残るは盗賊の死体だけとなった。ほとんどが頭を失って死んでいるため、見ることすら躊躇ってしまう。しかし、そんな悠長なことも言ってられないため、死体へと手を伸ばす。
ん?
盗賊の持ち物を確認しようと隈なく調べてみたら、誰も彼も何も持っていないことがわかった。
硬貨すら持っていないのは、流石に不自然だ。なら、死体を運び出した目的は、金目のものを盗むためか。だとしたら、金には困っていないと想定して動いた方がいいな。
金を手にした者が一夜を過ごすために行きそうな場所といえば、宿だ。確か、この町の中心街には多くの宿屋があったはずだ。ひとまずは、そこに行ってみるか。
ーーーセカイは能力を使い、その場から姿を消した。
***
ヴォイナ町、中心街。
この町は王都までの街道が通っているおかげで人の往来が激しく、旅路の休息地として宿泊施設や飲食店が多く存在している。長年の価格競争の末、宿泊料金の値下げやサービスの向上が行われ、この町の宿泊産業は大きく発展していた。
一晩くらいしか経ってないから、この町の宿に潜伏している可能性が高いと思ったんだけどな。
日が落ち始めている街には、夕飯を食べるために多くの人が外出している。そして、この中から顔も分からない一人を探さなければならない途方もなさに絶望していた。
近くにある宿からは賑やかな声と共に食欲のそそられる匂いが漂ってくる。その匂いに、ぐぅぅっと腹の音が鳴った。宿にはハック亭と大きく書かれた看板が立てかけてあった。
腹も空いてるし、まずは腹拵えだな。
宿に立てかけてある看板には名前の横に小さく赤文字で、“宿をご利用になるお客様は食事が無料※酒代は別料金となります。食堂としてもご利用いただけます”と書かれている。
ハック亭は一般大衆向きの食堂といった感じで、身分の同じ者が気兼ねなく馬鹿騒ぎしていて、陽の当たらない暮らしをしている人間にとっては楽園に見えた。灯りに群がる虫のように、セカイは吸い寄せられていった。
適当に空いている席へ座り、メニューの書かれた紙を手に取る。
本日のおすすめの欄にあるチーズバーガーに決めると、声を出して店員を呼ぶ。
「はい、ご注文はお決まりでしょうか」
そう聞いてくる店員は、見た目10歳前後の少年だ。
目元まで伸びている黒髪のせいで、暗い雰囲気を感じさせる。知り合い程度の関係だと忘れてしまいそうな存在感しかない。
正直、接客の仕事には向いてないように思える。
「これを1つ」
「はい、チーズバーガーを1つですね」
メニューのチーズバーガーに指をさして伝えると、声にだして確認を取りながらメモ用紙に記入する。
「今しばらく、お待ちください」
そう言うと、小走りで厨房の方へと向かっていく。
あいつ……注文を聞いている間、一度も笑わなかった。
ミュウみたいな感情表現が苦手なわけではなく、全てに無関心という感じがした。嫌なことでもあったのか知らないけど、気分が悪くなるから、客の前でくらい切り替えて欲しいものだ。
よし、とりあえずこの宿で聞き込みをするとしよう。それにしても、顔の特徴すら分かっていないのは探すのにも一苦労しそうだな。
ニーナから聞いた情報といえば、ナイフを使って攻撃してくることくらいか。自分の得物ってのは、そう簡単には手放せないものだ。となれば、今もナイフを携帯している可能性が高い。
それに加え盗賊という情報から想定できる外見は、格好が見窄らしくナイフを携帯している男か。この町だと珍しい特徴とは言えないか。周りを見て、そう思う。
従業員と親しげに話している男、泥酔して他の席にまで絡みに行く男、騒がしく大勢で酒を浴びるように飲む大柄の女、この騒がしい酒場に似つかわしくない寂れた様子の男。
あの寂れた男だって格好が見窄らしいし……。
……ん?
あの男、どこかで見たことがあるよな。どこだったっけ。
男を睨みつけながら考える。
……あ、思い出した。ニーナを攫っている時に夜道でぶつかったやつだ。そういえば、あのアジトで見てなかったな。一瞬、すれ違っただけだから、顔を見るまでは思い出せなかった。
あいつも僕と同じように、光に吸い寄せられたか。探す手間が省けてよかった。
見たところ、一人のようだ。
能力者とは合流できていないのか。あの様子だと、見捨てられでもしたか?
まぁ、どっちにしろ聞いてみればいいだけの話だ。
「お待たせ致しました」
あの少年がチーズバーガーを運んでくる。
この宿には迷惑をかけられないからな。とりあえず、食べてから行動を開始しよう。
美味しそうなチーズバーガーへと手を伸ばす。
***
あぁ~、これからどうすっかなぁ。
女のことを助けに来た若い男に殴られて意識を失って、気づいたら倉庫は崩壊してるし、俺以外は殺されているわで散々な目にあった。
金の問題はあいつらの財布から抜いたおかげで、一週間は宿に泊まれるくらいの贅沢ができている。この宿は安い上に無料で出てくる料理もおいしいから、ここに泊まれたことは不幸中の幸いだった。
問題は、金が尽きた後のことだ。俺は最近この町に来たから頼れるやつなんているわけもねぇ。そこらへんのやつから金でも盗むか?……って、無理に決まってる。俺に盗みの才能がないなんて、自分が一番分かっていることなのに。
そもそも、貴族の女を攫うのだってやりたくなかったんだ。結果、こんなことになっちまった。
大きなため息が出る。
そろそろ酔ってきたし、部屋に戻って寝るとするか。
酒代を机に置いて立ち上がり、泊まっている部屋のある2階に上がるため、階段の1段目へ足を乗せ……
「うおっ、いてっ」
……ようとした階段がなくなり、ゴンッと壁にぶつかった。
「……へ?」
路地にいるみたいで道幅は狭く、照す明かりは電球ではなく月の光だった。風が吹いていて、薄着のせいで肌寒い。
ここって……外じゃねぇか?
突然の出来事で頭が混乱する。
「今日はさすがに飲みすぎちったかなぁ~。気をつけねぇとな」
誰に言うわけでもなく、不安を吹き飛ばすかのように声を出す。こんなこともあるんだなぁ、程度に考えて月明かりを頼りに路地から出るべく歩きはじめる。
大通りから1人こっちへ向かって歩いてくるのが見えた。背格好から判断するに、男のようだ。
こんな場所に入ってくるようなやつ、どう考えたって、この不思議な状況に関係あるに決まっている。絶対に目を合わせないように、目線を下に向けて何も起こらないことを願う。
互いに歩く速度を落とすことなく、すれ違う。
何も起きなかったことに安堵し、早歩きで去ろうと思った瞬間、恐怖と驚きで足が止まった。
「なぁ、どこに行くんだよ」
急に声をかけられる。……声色から少年だと分かった。
いつもなら舐めた口調のガキなんて無視するところだが、この状況も相まって不気味に感じ、無意識に足を止めてしまう。足音で段々とこっちに近づいてきているのがわかる。
……って、なにガキにビビってんだ。ガキに舐められたままじゃいられねぇ、大人の俺がガツンと言ってやらねぇとなぁ!
「おい、クソガッッキィッ!?」
鞘からナイフを抜き、少年に斬りかかろうとするが、足を払われ頭から地面に激突する。衝撃でナイフを手放してしまう。
くっそ、情けないとこを見られちまったし、もう我慢できねぇ。
反撃することを決意し、起き上がろうとするも頭を踏みつけられ、依然として情けない姿を見せることになった。
「お前は僕の質問以外、口を開くな。質問に答えれば、苦しむことなく殺してやるよ。だけど、答えなかったり嘘をついたりした場合は楽に死ねると思うなよ。……わかったか?」
「はぁ?ふざけっ、ブへッ」
起きあがろうと腕に力を入れると、鼻頭に蹴りを入れられる。
予想外の衝撃に意識が飛びそうになる。鼻からは血が噴き出してきた。
躊躇なく蹴るとか……こいつ、イカれてんのか?
なんなんだよ、なんで死ぬ選択肢しか用意されていないんだよ。クソッ、このままじゃ絶対に殺されちまう。一体、どうすりゃ、この状況を打破できる!?
はっ、そうだ。
大声を出そう。誰か1人くらいは気づいてくれるだろ。
「だっ、んん~」
息を吸って、大声を出そうとするも、足を開いた口にねじ込んできた。
「おい、黙れ。……はぁ、さっきのは冗談だ。僕の質問に答えれば、見逃してやるから」
少し口調は優しくなったものの、口に突っ込まれている足を退ける気はないようだった。
俺が従うまでは、足を退けないってか?だからといって、素直に従えば確実に殺される。———本能的にそう感じた。
……俺の人生、ここまでってか?あいつのためにも長生きしなくちゃなんねぇってのによ。ここから抜け出せる手段を俺は持っちゃいねぇ。
そう諦めかけたとき、俺にとっての救世主が現れた。




