11.入学式⑧
鍵をポケットに突っ込み、セカイ達は外に出る。
入れ替わるように、2人組が建物の中に入っていく。すれ違う時、「あいつが、破壊したやつか?……」などと小声で言い、ブランに奇異の目を向けていた。
「なんか俺、注目されてる?」
あの一撃は、他の試合も中断せざるを得ない程の強力なものだった。そのため、周囲の視線はブランに集中していたはずだ。“万能”だと特定されないにしても、壁を破壊するほどの攻撃型能力としてこの学校内に広まることだろう。
「闘技場に穴をあけたんだから、多少はね……」
一般的に見れば、強者は尊敬の念を向けられるものだ。しかし、プライドで生きている貴族にとっては邪魔な存在で、排除の対象となってしまうことが考えられる。素直に相手を認められるニーナのような人間は貴族として異質なのだ。
まぁ、ブランだから、という理由も十分に考えられるけど。
「なぁ、そういえば、クラスってなんだったんだ?」
周りに人がいなくなったタイミングで口を開く。
E-38
おそらく、この数字の前に書かれているEというのがクラスなのだろう。……Eか。どう考えても、優秀なクラスとは思えない。
それに、ブランのことだ。絶対にいいクラスだったに決まっている。正直、言いたくないけど、ここで言わないのは不自然だ。
「僕はEクラスだったよ。悔しいけど、あの試合結果なら納得かな。……それで、ブランのクラスはなんだったの?」
「あぁ、俺はAクラスだ。……まぁ、進級する時に実力次第でクラスの異動があるって聞いたし、頑張れよ」
また同情でもされたのかと思ったが、どうやら違うようだった。
まるで興味がなくなったかのように目を合わせず、発する言葉には温かみが一切ない。
違うクラスだから、関わっていても仕方がないと思われたのか?……いや、だとしても急に態度を変えるような奴か?
この半日、ずっと一緒にいた身としては、この変わりようには違和感しかなかった。
「あっ、きたきたっ。随分遅かったね、私たち結構待たんだよっ」
ブランがどういった人間なのか不審に思っていると、呼びかける声が聞こえる。
呼びかけられた方向へ目を向けると、「おーい」と手を振りながら、こっちに駆け寄ってくるニーナが見える。その後ろには、歩きながら近寄っているミュウの姿があった。
相変わらずマイペースだな、と頬が緩む。
「あれ、ニーナとミュウ……って、2人とも待っててくれたのか?」
「えっ、いや……ほら、自由時間だったし、ねっ」
ブランの問いに慌てた様子のニーナがミュウに助けを求める。
「……ん、色々見てた」
「あぁ、そうだったのか。なんか、勘違いをしたみたいで恥ずかしいな」
「そ、そんなことないよっ」
「本当はブランのこと、待ってたのに……」と小さく、寂しそうな声がセカイの耳に入ってくる。
「今、なんか言ったか?」
「な、何も言ってないよっ」
顔を赤くしながら、否定する。
……は?
呑気な顔で聞き返したブランに声が出そうになる。
セカイの目指している場所に立っているのにも関わらず、自覚のない態度に苛立ちを隠せない。決してブランは悪くないのだが、だからと言って簡単に抑えられる気持ちではない。
「ねぇ、2人はこの後時間ある?残りの自由時間、一緒に学校を見て回ろうよっ」
「俺は、大丈夫だな」
「僕も……」
大丈夫だよ、と言ってしまいそうになった。
今、ニーナの提案に従って自由行動を共にすることが最善の選択だというのは、よくわかる。
セカイとミュウという邪魔者がいるからこそ、2人の仲が進展するような出来事は起こっていない。しかし、ここでセカイが離れてしまうと、2人の障害はミュウだけになってしまう。
セカイならば、もし甘い雰囲気になったとしても無理にでも割り込むことができるが、ミュウは積極的に動くことはない。
そのため、一度医い雰囲気になった2人は、誰にも邪魔されず突き進んでしまう。そんなことになったら、セカイの負けは確定だ。
だとしても、それ以上にやらなければならないことができてしまった。ミュウの働きに期待するしかない、か。
「……あ、ごめん。今日は疲れちゃったみたいでさ、部屋でゆっくりさせてもらうよ」
「え、そうなの?……寂しいけど仕方ないよね」
寂しいだなんて思ってくれるのか?
ニーナの優しさに当てられて、ついつい自由時間を共に過ごしたくなってしまうが、何とか口に出すのは堪えた。
「あっ、ねぇ、2人に聞きたいことがあるんだけど……クラスって、どうだった?」
そっか、ニーナにクラスのことを聞いておかなければいけなかった。
「僕はEクラスだったよ」
前のように期待されるのを回避するため、即答える。
セカイのEクラス発言に、ニーナは気まずそうに笑い、ミュウは首を傾げていた。
「俺はもちろんAクラスだったぞ」
「そ、そうなんだ。凄いなぁ」
ニーナの返事は残念そうに声が落ちていった。
「そういえば、ニーナのクラスはどうだったの?」
どうせ、ミュウはAクラスだ。聞くまでもない。
僕が知りたいのは、ニーナのことだ。【減力】の力を示せたとはいえ、試合で負けたことに変わりはない。ならば、僕と同じクラスになる可能性もあるということになる。
さあ、ニーナのクラスを教えてくれ。
「私はBだった!」
……ふっ、分かっていたさ。僕がEクラスだと知った反応を見た時から、な。
「まさか、私がBクラスになるなんて思わなかったよ。これも全部、ブランのおかげだねっ」
「いや、それは違うな。言われたことを実行できるだけの勇気と実力があったからこそBクラスになれたんだ。だから、もっと自分に自信を持て。それに、ニーナなら必ずAクラスになれるさ」
「う、うん!そうだよね。来年は絶対にAクラスになるから、待っててねっ」
「あぁ、頑張れよ」
ニーナとやり取りするブランの言葉には、温かみがあった。
***
「じゃあ、僕は部屋に行くから。またね」
ようやく会話が落ち着いてきたタイミングを見計らって、部屋へと向かおうとする。
「あぁ、またな」
「またねっ」
2人がそう言ったのに対し、ミュウがこちらへ詰め寄ってくる。
「手、抜いた?」
「いや、そんなことはない、けど」
Eクラスだった、なんて言われればそう思いたくもなるだろう。しかし、手を抜くような真似はしなかったはずだ。ただ、ブランが想定以上だったというだけで。
セカイの答えが不服だったのか、今まで見たことのないような深いため息を吐く。
「なら、どうしてEクラスなの?セカイなら、Aクラスになれた。そうすれば、協力できたのに……もったいない」
「僕はニーナと同じクラスになりたかったんだ。まぁ、“万能”の力を見誤ったせいで、Eクラスになった今では、お前の言っていることが正しいんだろうけどな」
「……セカイは、ニーナが好きなの?」
「は?どうしてそうなる」
「だって、一緒のクラスになろうとするし」
「ニーナと仲を深めるためには、同じクラスになったほうがいいに決まってるだろ?」
「……ん?」
セカイの言っていることが理解できないと言ったように、首を傾げる。
「なんか、おかしなこと言ったか?」
「……だって、ハーレムを作りたいって」
「ハーレム?……あぁ、そういうことか」
つまりは、ハーレムを作りたいと言っているのに、ニーナに執着している意味がわからないということなのだろう。
ニーナのことを諦めるのか聞いてきたお前が言うのかという気持ちはあるが、矛盾した行動をとっていたのには深く反省しなければならない。
「セカイがどうしたいのか知りたい」
「今までと変わらない。この学校で一番のモテ男になってみせる。だからといって、ニーナを諦めるというわけではない。僕は、全てを手に入れたい。そのために、お前も協力してくれるか?」
「ん、いいよ」
僕は多くの人間に認められなければならない。
ミュウにそのことを相談したら、モテることこそが目に見えて認められている証拠だと言われた。それなら、学校に入ってハーレムを作ればいいと提案された。
その提案に乗ったからこそ、この場にいる。
自分の目指すもののため、絶対に降りるわけにはいかない。
「この後、どこ行くの?」
「ちょっとやることがあってな。お前には関係のないことだ」
「そう、わかった」
その言葉を最後に、ミュウとは別れた。
***
職員に案内された通りに進むと、明らかに手入れの行き届いていない寮の前に着いた。
外壁の塗装がところどころ剥がれていたり、外についている階段は錆が広がっていたりして、貴族が通う学校に建っているとは思えないほどの異物感を醸し出していた。
管理室で部屋のことを聞くと、寮母によって2階に案内された。歳は40代くらいの物腰の柔らかい女性で、非常に好感が持てた。
案内された扉には、E-38と書かれている表札がかけられていた。
鍵をドアノブの鍵穴に差し込んで回すと、カチャッと音がなる。
その音を確認して鍵を抜き、ドアノブを回して扉を開ける。
部屋の中は思ったよりも綺麗だった。奥には、2段ベッドが左右に2つ設置されていることから、4人で住むことを想定しているようだ。
そして、扉の前には2つの大きな荷物がある。1つは僕のものだが、もう片方は身に覚えがない。おそらく、僕の同居人の物か。……まだ部屋には来ていないようだ。
自由時間だし、どこかに出かけているのだろうけど、どんな人物なのか一目見ておきたかった。貴族の学校だからと言って盗みが起きないとも言い切れないしな。
そう考えると、不安になってくるけど仕方がない。
手荷物になりそうなブレザーとリュックを2段ベッドの片方に放り投げると、外に出て鍵をかけた。




