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奇姫  作者: 桜ノ宮
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二十四

「なんと愚かな……。オルヴァント公の名を軽々しく語るばかりか、リラン王女殿下に対しても……。憐れな人。権力に溺れ、曇った眼ではなにもみえないのでしょう。

 リラン王女殿下を貶めるということは、国王陛下をも貶めると同じことだというのに。今、この場で、捕らえられても文句は言えないでしょうね。――失礼。気分が悪くなりましたわ」


 不快な表情を隠すように扇で口元を覆って去っていくフェイドラック公爵夫人たちを見送ったトルトック子爵の妹は、勝利の笑みを浮かべた。

 さすがですわ、とさっそくおもねる取り巻きたち。


「恐ろしい方だ。やはり、フェイドラック公爵夫人を落とすのは難しそうだ。賭けの対象にもならないな」


 トルトック子爵は残念そうに肩を落とした。


「それにしても、陛下の不興を買うことを恐れず、フェイドラック公爵夫人がリラン姫の擁護をするとは驚きだ」

「どうせ権力に屈したのでしょ。ああいう連中は、どちらにもいい顔をしていたいのよ」

「正論だね」


 トルトック子爵は頷いた。


「――先日、オルヴァント公を晩餐会にお招きしたら」

「まあ、オルヴァント公を!」


 オルヴァント公という名に、トルトック子爵の妹がいちはやく反応した。

 耳を澄ませ、会話を拾う。


「夫の仕事の関係で、オルヴァント公と親しくさせていただいておりますの」

「それはとても幸運なことですわね。それで、どうなさったの?」

「ええ、オルヴァント公のお相手が、あの薄氷の姫君でしたのよ。それはもう仲睦まじく。一枚の絵画のような典雅な光景に、わたくし、心臓が止まりそうになりましたわ」

「お気持ち、察しますわ。わたくしも、初めて薄氷の姫君にお会いしたときには、世の中にはこんなにも美しい方がいらっしゃるのかしらと羨望とともに、嫉妬したものですわ。ああ、けれど、オルヴァント公がご一緒ということは、まさか専属騎士に選ばれたということではありませんわよね?」

「それは一大事ですわ。オルヴァント公が専属騎士におなりになったら、数多の乙女が涙することでしょう」


 楽しげに会話をしながら、目の前を通り過ぎていく貴婦人たち。

 トルトック子爵の妹は、苛立ちを紛らわせるように歯ぎしりをした。


「ユーシック! どういうこと? あたくしのオルヴァント公が、突然現れた女にとられるなんてっ」

「さあ、私は存じ上げませんので」

「使えないのね! 提督の息子だからと目をかけているけれど、あなたときたらあたくしに付き従ってるだけ。専属騎士のくせに。あたくしにもっと尽くしなさいよ」

「私は、ただのお飾りなのでしょ?」


 ユーシックはにっこりと微笑んだが、目の奥は笑っていなかった。

 気圧されたようにぐっと言葉を呑み込んだトルトック子爵の妹は、顔を背けた。


「ユーシックが簡単に手に入るなら、オルヴァント公を諦めなければよかった。お兄様のせいよ。くだらない賭け事に振り回されて」

「そう目くじらを立てないで。彼のおかげで俺たちはもてはやされているんだから。もっとも、現在は、俺たちの力だけで人脈を広げているけどね。多少腕に覚えがあっても、だれかに見せびらかす機会がないのなら無駄というもの」

「お人形のように観賞用としろとおっしゃるのね。……まあ、見た目は極上だけど」


 トルトック子爵の妹がそう言うと、突然、歓声が響き渡った。

 そして、国王の来場を知らせる声が響き渡ると、場内が静まり返った。

 国王に道を譲るように人の波が壁の両側へと下がり、次々と頭を下げていった。

 いつになく興奮しているのは、国王が一人ではないからだろう。

 彼の横には、貴族たちの話題にのぼっていた薄氷の姫君がいた。そして、その反対側を陣取るのはセルナントであった。

 三人が通り過ぎたあとは、みずみずしい花の香に包まれ、人々は夢見心地にうっとりとしていた。


「続けなさい」


 段を上った場所にある玉座へと着席した国王がそう告げると、再び音楽が流れ始めた。

 しかし、中央で踊っていた者たちは、気もそぞろである。

 だれもが国王の隣に座る美しい姫君に注目していた。

 冬場に湖が凍ってできた氷の表面のような双眸。透き通っていて、淡く繊細に色づく灰青色の大きな瞳は、見ているだけで吸い込まれるようだった。そして、白く卵形の輪郭を縁取るのは、銀糸のような美しい髪だった。月の光を浴びて作られたような髪は、優雅に編み上げられ、生花を挿していた。


 氷上の妖精。


 月の女神の化身。


 そんな言葉では言い尽くせないような美貌の持ち主に、どこからともなくため息がこぼれ落ちた。

 流行のドレスではないが、淡い色のふんわりとした形が、どこか浮世離れした彼女にこの上もなく似合っていた。

 すべての視線が彼女に向けられているような状況を恥ずかしがってか、ほんのりと頬が染まる。

 少し伏せた長い睫が影を作り、そこはかとなく色香を生んだ。


「ああ、あれこそ俺が求めていた人だ……」


 トルトック子爵は、熱に浮かされたように呟いた。


「数々の浮き名を流してきたけれど、俺の心を奪うものはいなかった。けれど、彼女は……ああ、一目見て、俺は恋に落ちてしまったのだろう」

「男って単純ね」


 トルトック子爵の妹は顔をしかめた。


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