二十三
その日、宮殿で華やかな舞踏会が開かれた。
諸侯をはじめ、有力貴族たちが多く参加している国王主催の舞踏会に、トルトック子爵とその妹も直々に招かれていた。
ようやく上流貴族の仲間入りをしたと二人とも上機嫌だった。
しかし、いつものように取り巻きに囲まれちやほやされていた二人だったが、何かに気づいたように眉を寄せた。人数が減っているのだ。以前は、一画を取り巻きたちで埋め尽くす勢いだったというのに、今は輪が二重でしかない。
不満げに唇の端を下げたトルトック子爵は、視界の端に知り合いを見つけてパッと表情を明るくさせた。
「これは、エルヴェール侯爵夫人、ご機嫌いかがですか?」
「あ、あら、ごきげんよう」
一時は、侯爵に見つからないように影で逢瀬を交わしていた仲だというのに、久しぶりに会った侯爵夫人は、目も合わさずにそそくさと離れていった。
トルトック子爵は訝しく思いながらも深追いはしなかった。
彼女は、ほかに夢中になる相手を見つけたのだろう。
火遊びのような関係性のため、心が移ろうのは決して珍しくない。なかなか体の相性もよく、年上らしい包容力と財力を気に入っていたが、追いかけたいほどの情熱はもはやなかった。
けれどその後もトルトック子爵は、関係を持った女性たちに次々と声をかけたが、彼女たちは気まずそうに顔を逸らし、足早に去っていった。
気づけば、自分たちの周りにいるのは、悪友と権力に群がる者だけだった。
「どうしたのかしら」
トルトック子爵の妹も異変に気づいたようだった。
これまでだったら、姿を見せただけで、蜜に群がる蜂のように人が集まってきただろう。
けれど今日は、なぜか妙に静かであった。
隔絶されたような空間に、楽師たちが奏でる優美な音色が流れる。
「そういえば、トルトック子爵はもうお会いになりました?」
「どなたにです?」
「近頃、宮廷人の視線を釘付けにしているという、美しい姫君のことですわ」
「へぇ、それは初耳ですね。俺はお目に掛かったことはありませんが」
「わたくしも、深くは知らないのだけれど、知り合いの話では、それは天界人のような美貌をお持ちだそうですよ。肌は淡雪のごとく白く、唇と頬は薔薇色に染まり、瞳は月光を宿しているそうですわ。美の女神アローティアも嫉妬してしまうほどの美しさともっぱらの評判で……ああ、わたくしもお会いしたいものですわ」
「それは、興味を惹かれますね」
トルトック子爵が好色そうにきらりと瞳を光らせるのとは対照的に、彼の妹はその場で行儀悪く地団駄を踏んだ。
「まぁ! あたしが社交界に君臨しているのに!」
頭に血を上らせ、そう息巻くトルトック子爵の妹がおかしかったのか、くすりという笑い声が聞こえてきた。
だれ? と鋭く問いかける彼女に、ちょうど前を通りがかるところだった華やかな集団の輪の中から優雅な女性が進み出てきた。
最新の流行ドレスに身を包んだ女性は、扇をぱたんと閉じた。貴族らしい品のある顔立ちに、すらりとした優美な肢体。目元の黒子が大人の色香を感じさせた。
「戯れ言を。たかだか子爵家の分際で、このような場所に我が物顔でいるどころか、厚かましい言葉まで……。教育がなっていないようですね」
「フェイドラック公爵夫人……」
トルトック子爵の妹の顔が悔しげに歪んだ。
フェイドラック公爵夫人と争っても勝ち目はない。
なんといっても、国王に妃がいない今、真に社交界を牛耳っているのはフェイドラック公爵夫人なのだから。
流行は彼女から生み出されるといっても過言ではない。
熱狂的な取り巻きを抱え、ブローデンの薔薇と讃えられた第一王女と並ぶ美貌を誇っていた。
彼女の夫であるフェイドラック公爵は、国王の信頼も厚く、古くから仕える重臣の一人である。
けれどトルトック子爵の妹が己の不利を悟って黙り込んだのは数秒だった。すぐにその顔に嘲笑が浮かぶ。
「今、最も勢いのあるハルバート家の者に、そんな口を利くなんて! あたくし、オルヴァント公とも仲がよろしいんですのよ。噂をお聞きになっていないんですの? あたくし、王家のお荷物だった奇姫をこらしめてやったのよ。
そのおかげで、オルヴァント公に感謝されたというのに、あなたちっともわかっていらっしゃらないのね。あたくしがオルヴァント公にお願いすれば、あなたの権威なんて地に落ちたも同然よ。オルヴァント公は、あたくしの味方だもの」
ふふんと得意げに語った彼女は、さらに続けた。
「だいたい、醜い容姿を隠すために厚化粧をしてますます化け物みたいな顔になっている奇姫を愛している者なんているものですか。あたくしだったら絶望して、死んでしまいたくなるわ。ああ、いやだ。奇姫ときたら、ほんと、身の程を知らずに、麗しいあたくしのお兄様に恋心なんか抱いて……ああ、なんて卑しいのかしら。お兄様が相手になんてするはずないのに。優しさを本気にとってしまうなんて、馬鹿みたい」
あふれ出す悪意に満ちた言葉の数々。
真実を突きつけられたときの奇姫の惨めな姿を思い出すだけで、舌は滑らかに言葉を紡いだ。
だから。
フェイドラック公爵夫人や聞き耳を立てていた貴族の多くが眉を潜めていたことに、彼女は気づかなかった。




