演習の始まり
どうしてこうなった……。
今、私は中庭に作られた半球のドームの中に入れられている。
レイブンの作った、あのお馴染みになりつつある光るドームだ。
縛られていた椅子も縄もレイブンが解いてくれた。
ドラゴン姿のまま、二足で地面をつかんで立っている。
陽はだいぶ落ちてきて、昼の光から赤味を帯びた橙色に変わってきた。
自分の白い鱗が陽に照らされて、薄く染まって見える。
私の向かい側にはドルフを真ん中に、左手にアシオン、右手にクリストフが立っている。
戦闘初心者相手に、こんな事をしなくてもいいじゃないか。
しかも私はまだ自分をコントロール出来ていないのに……。
本当に理不尽だと思う。
「あのー……別に闘う必要は、ないんじゃない?」
三人に掛けた声は緊張で掠れてしまった。
「能力とか見るんでしょ? 闘った方が引き出せるって」
アシオンが軽く手首を回しながら、天使のような笑顔で答える。
この人はダメだ。空気が読めてない。
クリストフをチラリと見ると、ピタッと静止し静かに目を閉じている。
息を凝らして何かに集中している。
ダメだ、この人もダメだ。
アシオンとは違う意味でダメだ。
「ドルフさん……もっと他の方法は、ないんでしょうか? 痛みを伴わないような……そんな感じの」
一応、最後の頼みの綱であるドルフに声をかけてみた。
自分が情け無いが、仕方ない。
スライムを紛れで倒した私には、背に腹は変えられない。
「ふぉっふぉっふぉ。レイブン殿と変わるかね?」
今まで優しそうだったドルフが、意地悪そうに笑ったように見えた。
「うっ!!」
あのドルフさんが、そんな……まさか。
返せる言葉が無かった。
「まぁ、そんなに緊張なされず。儂は所詮、ジジイですじゃ。この二人だって……ふぉっふぉっふぉ。なあに……簡単な演習ですじゃ」
笑う度に白い髭がゆらゆらと揺れる。
絶対さっきの事を根に持ってる気がする。
……何だ? 七賢って根深い何かがあるのか?
今の所、問題を抱えていそうな人ばかりだ。
ドルフさんだけは、唯一の救いだと思ったのに……。
泣きそうだ。
希望が何処にもない事を再度確認すると、深く息を吸って、長く息を吐き出した。
不安と緊張で震える右手を握り締める。
大丈夫。
今はドラゴンだし、相手は王様に仕える七賢だ。
きっと手加減してくれる。
何てったって、今は王様なんだから。
震えが止まらない自分自身に何度も言い聞かせる。
「いいですか?」
ドームの外からレイブンが声をかける。
私はぎこちなく無言で頷いた。
緊張感が一気に高まる。
手だけでなく、足の裏にも嫌な汗をかいているのが分かる。
不安で押しつぶされそうだ。
「では、始め!」
レイブンの声が響いた。
それと同時にキュッと辺りの空気が変わったのを感じる。
一瞬だけ、ユラッと影が揺らいだように見えた。
その瞬間、衝撃と同時に風圧で後ろへ吹き飛ばされる。
今まで立っていた足元の地面はえぐれており、
刀が縦に刺さっていた。
「あれー……やらないんですか?」
そう言いながら地面から刀を抜いたのは、クリストフだ。
困った様な眉は変わらないが、目に湛える鋭い光が違う。
あのモジモジとしていた子が、私に向けて本当に剣を……。
ショックで言葉が出てこない。
あと少しずれていたら、私の足も腕もスパッといかれていただろう。
こ、この子……危ない。
腰を抜かして、地面から動けずにいるとクリストフの後ろから声がかかる。
「アレ~? いきなりいったの?」
気が抜けるようなこの声は、アシオンだ。
少し困った様な顔で、こちらを見ている。
アシオンの声で我に返ると、いう事を聞かない足でゆっくりと立ち上がる。
「あ……危ないでしょっ!! 死んじゃうよ!」
クリストフに強く抗議した。
今になって恐怖が時間差で襲ってくる。
「えー……だって戦闘だし」
「戦闘じゃないよ!演・習!!」
ダムダムと強く地団駄を踏む。
「ドルフさんが、言ってたでしょ!!私、そもそもこの身体を使いこなせても無いんだから!」
涙がちびり出た。
本当に怖かったんだから、仕方ない。
「ほら~、泣いてるよ? 王様泣かしたらダメでしょう。少しは手加減しないと~」
クリストフにアシオンが語りかけた。
「えー、手加減してるよー……これ以上どうしたらいいの? 僕、困ったなぁ……」
クリストフは左手で頭を掻いて、本当に困った様にこちらを見ている。
こんな仕草も今は可愛いと思えない。
未だに右手からは持った刀を外さないのだから。
まだ戦闘状態継続中と見て間違いないはずだ。
「しっかた無いなぁ~。じゃあ、俺がお手本みせるから」
そう言うと、私に手のひらを向けてきた。
眩しい。
手のひらへとまわりの光が集ったかと思うと、いきなり大きく爆発した。
爆風で光の壁へと身体が吹っ飛ぶ。
光の壁は外へ逃れられないように柔らかく包むと、重力に従って身体は下へ落とされた。
ガンと頭を地面へ打ち付ける。
同時に身体の中心部を揺さぶられたような気持ち悪さが襲う。
「ウゥ……」
四つん這いで吐き気を収めようと、浅く呼吸を繰り返す。
あのアシオンも……。
私に、あんな近距離から爆発を……。
顔と似合わず、爆発魔法とか……。
この人達、ほんっと容赦なさすぎる。




