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極めて楽観的に、彼女は死を考える。  作者: 暇 隣人
理想と現実が混ざり合う三つの迷い
29/33

何故生きていられるのか






 頭の中には脳味噌というものがあって

 とても柔らかくぐねぐねとしているらしく

 その外側には頭蓋骨があり

 これが思いのほか薄く脆い出来のようで

 首から背中にかけて脊髄というものがあって

 これが傷つくと体中のいろんな部分が

 ぴたりと動かなくなってしまうらしく

 胴体の内側には内臓というものがいくつかあって

 たとえば胃や腸や脾臓や肝臓や肺や腎臓といった

 さまざまな機能を持った肉の塊がみっしりと詰まっていて

 その間を脂肪や筋肉という

 これもまた肉の塊らしいのだが

 そんなものが体中の至るところ

 表面近くから指先まで

 余すところなく存在しているらしく

 それを支えるために

 真っ白で中身が一部空洞になっている

 骨というものが差し込まれているらしく

 また肉の隙間を縫うようにして血管という細長い管が

 蜘蛛の巣のように張り巡らされているというのだが

 この血管の中を真っ赤な液体

 血

 というものが流れているそうで

 たとえば人が体に怪我を負ったときに

 傷口から溢れ出てくる液体がまさにこれらしいのだが

 そんなものが二十四時間ずっとずっと体の中を駆け巡っていて

 何億何兆もの細胞という小さな小さな粒のようなものに

 さまざまなものを届けているらしいのだが

 それを行うための器官として

 心臓

 というものがありこれがちょうど胸のあたりにあるのだが

 人があずかり知らないところで

 頼んでもいないのに

 勝手に

 動き続けているというので

 そのため人には鼓動というものがあって

 それを静かに聞いているとなんとなく

 自分が生きている

 という実感を得ることができるらしいのだが

 こんな風に人の体というものは

 よくわからないものばかりで構成され尽くしていて

 たとえば手の平を眺めてみると

 肌の表面すべての場所に

 余すところなく細胞というものが詰まっており

 それは静止しているというわけではなくて

 常にほんの少しだけ

 振動している

 動いている

 らしいのだが

 それを肉眼で見ることはできなくて

 たとえば体の中には血が流れているのだと言われても

 人は人の内側に

 何が流れているのかなんて本当のところはわからないわけで

 あくまで想像で

 知識の範疇で

 そういった感覚を信じているだけにすぎなくて

 じゃあそれ以上に

 肉があるだとか

 内臓があるだとか

 脊髄があるだとか

 頭蓋骨があるだとか

 脳味噌があるだとか

 そんなものはすべてただそう思い込んでいるだけにすぎないのかもしれなくて

 本当のところ自分の体の中には

 機械でできた何か変哲なものが詰まっているだけなのではないかと

 機械でいうところのオイルのようなものが流れているだけなのではないかと

 そんな不安を時折抱えながら

 しかしそんなことがありえるわけがないと安堵しながら

(そしてそれを否定する根拠が

 あくまですべて知識の上に成り立っているものでしかないと

 知っているのか知らないのかわからないのだが)

 ならば解剖してみればいいときっと人は思うのだろうが

 仮に解剖してみたとして

 自分の体から

 心臓を

 脳味噌を

 取り出してみたとして

 自分が見ている視界というものが

 他人の視界であるとか

 神の視界であるとか

 あるいは世界であるとか

 そういったものと本当に同一なのかといわれれば

 それを証明することはきっと誰にもできないのであって

 ならばその瞬間

 自分が見ているものも本当は

 偽物で

 紛い物で

 そんなもので溢れかえっているのかもしれなくて

 だったら何を信じればいいのだろうか

 自分が信じられないのなら

 他人

 を信じればいいのかもしれないが

 しかしその当の

 他人

 がはたして

 本物

 だろうかといえばこれもまた本当のところはわからないので

 結局何もかも信じてしまっていいものなど

 どこにも存在しえないのではないかと想うこともあり

 だから人は時々

 こういったことを考えて考えて考えてみては

 諦めて

 答えなど出るものではないからと

 手放して

 そこら辺に放っておいて

 悠々と

 生きる

 という

 何よりも不確定で不安定なものを信じて

 信じるよりほかないだろうと考えて

 日々というものを

 時間というものを過ごし続けているようであり

 しかしはたしてそれが

 本当に人が進むべき道なのだろうかと

 まともに考えてみたところで

 どうせ答えなどどこにもないのだろうが

 結局

 それが正しいのか正しくないのかという問いは

 何の答えも受け取れないままで

 またどこか

 せいぜい邪魔にならないところに

 放っておかれることになってしまうのだ

 それがどんなに気持ち悪くて

 意味がわからなくて

 どうしたって手に負えないものだって

 これ以上ないくらい

 理解しておきながら






 それなのに

 どうしてお前らはそんなに平然と生きていられるんだ



   *****



「……ん……んぁ……?」


「――――」


「寝てた、のか。うっかりしていた……やっぱり疲れていたのかもしれん。少し根を詰めすぎたな」


「――――」


「……なんだ? やけに静かだな……って、もうこんな時間か。まずいな、晩ごはんを食べ損ねてしまった……まだ残っているだろうか」


「――――」


「よいしょ、っと。おーい、まだ起きてるかー?」


「――――」


「……返事がない。もう寝たのか。まあ深夜だからな……しょうがない、とりあえずリビングに晩ごはんがあるかどうかを確認して――」


「――――」


「……な……」


「――――」


「……な、んだ、これ……」


「――――」


「血、なのか……? なんでだ? なんでこんな……」


「――――」


「なんでだ? いったい誰の血なんだ……私じゃない、それなら……いやおかしい、そんなことがあるわけない……!? でも、でもどうして……?」


「――――」


「……つながっ、てる。奥の部屋まで……」


「――――」


「――まずいッ!」

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