何時になったら死ねるのか
怖い、怖いよ
どうしようもなく怖いんだ、怖い、怖いよ、怖いんだよ
気づいてくれよ
*****
「ただいま」
「……ああ。おかえり」
「……どしたの? なんか最近変じゃない?」
「……そうか? そうでもないと思うが……」
「ううん……まあいいけど。今からご飯作るから待っててね」
「ああ。別に急がなくてもいいぞ。私は絵を描くから」
「お、そっか。今は何を描いてるの?」
「……なんだろう、わからない」
「わからない?」
「抽象的なんだ。物を描いてるわけじゃなくて……なんというか、もやもやしている何かなんだ。煙のような、手が届かなくてつかめないような、そういう絵を描いていてな。これがなかなか大変なんだ……」
「へえ……それでちょっと疲れてるのかな? じゃあなんか元気が出そうなもの作るから。楽しみにしててね」
「ああ、わかった。それじゃあ私は部屋に戻る」
「うん。続き、がんばってね」
*****
線を引いて芯を削る
線を引いて芯を削る
線を引いて芯を削る
線を引いて芯を削る
線を引いて芯を削る
線を引いて芯を削る
線を
芯が折れた。
どこに飛んでいったかわからない。後で見つけておかないといけないな。
胸の中で渦巻いている気持ちをどういう風に表現したらいいか、最近はずっとそればかり考えていたのだが、これはどうも形にするという行為それ自体がすでに間違っているような気さえしてきた。何かの匂いを言葉で表現しようとするのと同じような感覚だ。匂いというのはいつでも比喩でしか表せないのだ。腐った卵の匂いであるとか、なんたらの花の香りであるとか。匂いというのはいつだってそうだ。私が夢の中でよく感じる匂いはいったいなんと言い表せばいいのだろうか。オレンジ色の陽が照って、淡い空気に包まれた風景。畦道があり、左手の方には塀が、いや、本当に塀だったろうか?(たまにこういうことがある。無理に思い出そうとすると、だんだんそれが本物からかけ離れていくような気分がする。)涼しい匂い、というのが比較的近い。森の中で、木々の葉の間をすり抜けてくる光の線たちを浴びているような感覚だ、だがそれで本当にいいのだろうか。間違っているんじゃないのか。前提やら方法やら筋道やらを。いろんなことを私は間違っているんじゃないのか。
私は間違っているのか?
線を引いて芯を削る
線を引いて芯
折れた。芯じゃなくて鉛筆が。馬鹿らしいな。新しいのを出すか。
*****
「まだ絵描いてるー? ご飯できたよー」
「――――」
「……あれ? おーい、聞こえてるー?」
「――――」
「もしかして、寝てるのかな? やっぱり相当疲れてたんじゃ……ま、いいや。とりあえず皿の準備しとこう」
「――――」
「んー、いい香りだわ……今日のご飯は割と上手く作れた気がするなー。喜んでくれるかな……まあ、高級レストランの味ってほどにはいかないけどさ。その分愛情はしっかり入れてあるからね。これはもう間違いなく三ツ星確定な一級品ですよ、けっけっけ……いや三ツ星レストランのシェフはこんな笑い方しないか。さ、早いとこ準備しないと……にしても遅いな」
「――――」
「……何もないといいけど。まさか、また死のうなんてことは……ないか? いやあるかも。でもまぁないだろ……いやいやちょっと心配になってきたぞ……どうしよ……」
「――――」
「……まぁ、大丈夫か、きっと。今のきみに、自分が殺せるわけないよね。それはきみが一番、よくわかってるはずだからさ……」
*****
うるさいな
わかってるよ
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あれからいろんなことが続いている。日記は毎日書いているし、絵を描くこともだんだん日課になりつつある。彼に対して恋心を抱いて……抱けるようにがんばっている。だけどどうしてだろう、怖い。未来がどこにも見えなくて。長い戦いになるだなんて十分わかっているつもりだったんだ。私が求めているのは、彼が私に果たさせようとしているのは刹那的な幸福なんかじゃなくて死んだ後も限りなく向こう側へ続いていくそういう幸せなんだとわかっていたのに、なのにどうして今になって私は怖がってなんかいるんだ。馬鹿が。馬鹿だ。私はとんでもない馬鹿だ。いくら強がってみたってもう駄目なんだ。怖いものは怖い。知らないものは知らない。すべて彼が教えてくれた。彼が私のすべてをさらけ出してしまった、弱い部分も、愚かな部分も、すべて。
憎い。ただ彼が憎い。
こんなに憎くてどうしようもないのに、なんで、私は、
芯が折れた。
いったい、どうしたらいいんだ?
私は、いつになったら死ねるんだ?




