S・Sが死ななかった未来
「起きろ」
「…………」
「起きろ、君。もう朝だぞ。決してすがすがしくはないが、とりあえず朝だ」
「……あさ?」
「そう。朝」
「……何時?」
「十二時を過ぎたところか」
「……はい学校遅刻ー……二限さよならー……」
「いいから起きろ! 実は、そのー……」
「……?」
「……言いたいことがある。君が起きるまでの間に決めた。その答えを君に言わなければならない。だからとにかく、布団から出てくれ。それから……」
「……それから?」
「昼ごはん作ってくれ」
「あいよ!!」
「私は、死ぬことにした」
「…………」
「ちょちょちょ君ちょっと口からお茶が出てる出てる」
「あ、ごめん……えっと……つまり?」
「……つまり、私は死ぬことを選んだ。この数日の間、君とお互いに戦ってきて、生きることに少なからず希望を見出したのはたしかだ。だが……やっぱり駄目だ。私はどうしても死にたい――これ以上ないくらい、幸せに死にたい。そう思った」
「…………」
「君は昨夜、私に言ったな。『恐怖に慣れることは逃げることだ』と。一生懸命に生きて、一生懸命に死ぬ、それだけが死への恐怖と戦う術だと。……たしかに理解は出来る。だが納得はできない」
「……どうして? 何が理由なの?」
「たとえばの話をしよう。とある国に住む一人の農民がいる。彼は自らの国を誇りに思っていた。生活も申し分なく、たくさんの家族にも囲まれ、幸せに暮らしていた。そんなある日、隣国が突然攻め込んできて、国は崩壊した。農民は悲しみに暮れた――しかし彼は、それから驚愕した。今まで住んでいた国が潰され、新たに再建された国は、かつてあった国よりもはるかに自由な場所だったのだ」
「…………」
「彼はそのとき、ようやく悟った――自分が箱庭の中に閉じ込められていたのだということを。新しい国では、祭りの日に奴隷を切りさばいて食べることはないし、生まれたばかりの赤ん坊の片眼をくり抜くなんて儀式もない。毎月にひとり、生贄と称して国民の誰かを磔にして燃やすこともなければ、五十歳を迎えた人間たちを串刺しにしたオブジェを広場の真ん中に並べて建てておくなんてこともない」
「え、えっと、あのさ、想像にしたって残酷すぎない? そんな異常なこと――」
「異常。いま君はそう言ったな。私が今まで言ってきたことが異常だと」
「……? それが、なに?」
「それが異常でない世界があるとしたら。それを異常と思わない人々がいるとしたら。……どうだ」
「…………」
「その農民はまさにそういう人間だったのだ。他の国民だってそうだ。彼らは自分たちの生きる国、文化、習慣に対して、何の違和感も持っていなかった。だが彼らは知ってしまったのだ。自分たちのやってきたことがどれほど残酷で、異常なのかを――それは皮肉にも、一般的に『幸せなもの』だと言われている『自由』を知る、その瞬間だった」
「…………」
「私の言いたいことが、わかるか」
「…………」
「私は……私は、できることなら知らないでいたかった。生きることが幸せだなんて認めたくなかった。でももうどうにもならない。知ってしまったものは忘れられない。このままだと私は、どんなに頑張っても死ねなくなってしまいそうなんだ。あんなに身近にあった死が、どんどん遠くへ行ってしまうような気がするんだ。だからそうなる前に死にたい。まだ私の手が死に届くうちに、早く死んでしまいたい……そうすれば、私は幸せに死ねるんだ。何も知らなかったことにして……恐怖なんて、考えもしていなかったように、幸せな顔をして、死ねるんだよ」
「……きみは」
「…………」
「ぼくを恨んでるって、言った。ぼくの温もりも優しさも、ぜんぶ冷たくなってしまえばいいって」
「そうだ」
「……本心、なんだね。やっぱり……本当の言葉なんだ。あれが、きみの」
「…………」
「わかった。納得するって言ったんだから、二言はない。ぼくはきみの答えを受け入れる。きみの願いを叶えるためなら、どんなに辛いことでもやり遂げる。……それで、いいね」
「ああ。……よろしく頼む」
「はいはい……さ、早くご飯食べよう! 四限にはなんとか間に合わせないと……」
「どうせならこのまま寝てすごすのも」
「良いわけねーじゃろがい」




