第13話 闇の中へ
「北川先生だった。声をかけても返事はない。どう見ても息はしてなかったし、首に絞められたような跡がはっきり見えた」
普段は無口な武が、今日は堰を切ったように話し続ける。
けれど、それも無理のないことだった。
唯一の相談相手だった北川先生は殺され、警察からは容疑者として目をつけられ、学校では殺人犯扱いされ――
この数日、誰にも打ち明けられず、ひとりで苦しみに耐えてきたのだろう。
「オレはショックでしばらく呆然としてたけど、急に怖くなった」
「そりゃ、殺人現場なんて見てしまったら誰でも怖いだろ」
「違う。そういう意味じゃない。気づいたんだ。オレはハメられたってな。だから怖くなったんだ」
「ハメられたって、どういうことだよ」
直斗は思わず武の顔を見直した。
「真犯人がオレに濡れ衣を着せたってことだ。そう考えると、いろいろ思い当たることもある」
「なんだよ、それ」
「最近、学校でやたら物がなくなる。シャーペンとか教科書とか、体操着もそうだ。最初はクラスメイトの嫌がらせかと思ったが、どうも不自然だ。もしかしたら、真犯人の仕業だったのかもしれない」
「うーん……それは考え過ぎじゃないか?」
直斗はそう言ったが、武の顔は真剣そのものだった。
「……そうならいいんだが。で、話はあの夜に戻るが、オレは焦って廊下を取って返し、階段を下りた。その時だ、一階のもう使われてない美術室に人がいるのに気づいたのは」
「え!? 誰だったんだそれ?」
「……荒井だよ。体育の、荒井先生」
直斗は息を呑んだ。
まさか、ここでも荒井の名前が出てくるとは――
「荒井は教室の入口の近くにいて、廊下の明かりで顔が見えた。一瞬目が合ったから間違いない。奥にもうひとり誰かいた気もするが、暗くてよく見えなかった。オレはまずいと思い無我夢中で学校を出た」
「……そのこと、警察に言ったのか?」
武はうつむいて、首を横に振った。
「いや、北川先生に呼び出されたことを含め、一切話してない」
「なんでだよ! お前は犯人じゃないんだから、全部見たまま証言すればいいだろ」
「無駄だ。たとえすべてを正直に言ったところで、警察はオレの話なんて信じないだろう。真犯人はそれを知ってて濡れ衣を着せてきたんだ」
「じゃあ荒井はどうなんだよ? あいつが真犯人で、罠を仕掛けたっていうのか? それとも、荒井は偶然そこにいただけだって言うのか?」
「それは、わからない」
武は、大きく息をついた。
「結果的に、お前がオレのこと警察に言わないでくれたのは助かったよ。荒井とは別に、もうひとり目撃者が出たら、警察は問答無用でオレを捕まえるだろうからな」
「これからも黙ってる。真犯人が見つかるまではな」
「すまない。迷惑かけて……」
そう言った武の目に、涙が光って見えた。
「……絶対に許さねえ。北川先生を殺した奴も――オレをこんな目に遭わせた奴も!」
武は悔しそうに拳を握り、塀を叩いた。
「それにしても、武――」
直斗は、どうしても確かめたかったことを最後に切り出した。
「お前、北川先生とはどの程度親しかったんだ?」
「……まあ、それなりにだ」
武が一瞬、照れくさそうな顔をしてつぶやく。
「なんか、いろいろ相談してたんだろ?」
「……まあな。母親の話とか真剣に聞いてくれた。心配もしてくれた。そんな先生、今までひとりもいなかったしな」
「それだけ?」
「――それは」
武の顔が少し赤くなった。
「おい直斗! 誤解すんなよ。オレは先生にあくまで教師として相談に乗ってもらってただけだ」
「別に恥ずかしがることないだろ」
「……ったく、お前にはかなわねえな。――さて、長くなったな。そろそろ行く」
武は、直斗の肩に手を置いた。
「今、警察に捕まったら終わりだ。きっとオレが犯人にされ、真犯人は闇の中だ」
「武……」
「だから、そうなる前に、自分の手でそいつを見つけ出す」
「え! いくらなんでも無茶だろ!」
直斗は声を上げた。
「逃げながら真犯人まで追うなんて、無理だ!」
「それでもやるしかない。犯人は相当頭が切れる。逃げてるだけじゃ、一生オレが犯人のままだ」
「武、お前もしかして――」
直斗は、武の目に浮かんだ決意の光を見て、はっとした。
「本当の犯人に心当たりがあるのか?」
「いや……」
武は一瞬何かを言いかけたが、思い直したようにかぶりを振った。
「……今はまだなんとも言えない。――あ、これ、連絡先」
武は電話番号が書かれた、小さな紙切れを直斗に渡した。
それから、ポケットに入ったスマホをちらりと見せた。
「あれ? お前、携帯持ってなかっただろ」
「母親のだよ。入院した所が携帯持ち込み禁止だから、家に置いてったんだ。それを拝借した。でも危なくなったら捨てるから、その時は連絡が取れなくなる」
「わかった……」
「じゃあな、直斗。最後に会えてよかったよ。今日ここで会ったことは、当分誰にも言わないでくれるか?」
「もちろんだ。けど、最後ってなんだよ」
「気にするな。これ以上お前を巻き込みたくないだけだ。……ただ、ひとつ頼みがある」
「え?」
「麻衣だよ。麻衣のこと、守ってやってくれ。あいつは繊細だ」
その言葉に、直斗はドキリとした。
「わかった。約束する。だけど、麻衣もお前と話したいと思うぞ。連絡してやれよ」
「……できる限りそうする。それでも、もしオレが捕まるか、死んだら――」
「そんなこと言うな!」
直斗は、武の言葉を最後まで聞きたくなかった。
「犯人を見つけて、戻ってくる、だろ!?」
「……ああ、そうだな」
武は、秘密基地で遊んでいた頃のような無防備な笑顔で、手を差し出した。
直斗は強く握り返す。
その手は泥と汗にまみれていたが、温かかった。
武は背を向け、路地を走り出した。
直斗はつ一瞬追いかけようと、足を踏み出した。
だが武は、あっという間にどこかへ消えてしまった。
直斗は立ち尽くしたまま、自分の右手に目を落とした。
握り返した武の手のざらついた感触と温もりが、まだそこに残っていた。
――武、俺も真犯人を探す。だから、絶対に負けるなよ。




