第5話 金のチェーン
街は、生きてた。
地元のクソでかいイベントでも、こんな人の集まりは見たことがねえ。
人? まあ、そう呼んでいいんだろう。ほとんどが足二本に腕二本だった。馬車を引いてるヤツらは別として。
通りは、端が見えねえくらい遠くまで続いてる。
両脇にはデカい石造りの建物。そのほとんど全部の下に、色つきの天幕を張った露店。
俺はレイスの後をついていった。
コンパス代わりにシャツの背中を掴んどきてえ気分だったけど、それはちょいと妙な絵面だと思ってやめた。なんせ向こうはジイさんで、こっちは若いイケメンだ。
ただし、もうジャージはない。おふくろに十八の誕生日にもらったヤツだ。
(かわいそうなおふくろ、今ごろ警察で事情聴取でも受けてんだろうな。俺の部屋だけは漁られませんように)
通りのざわめきが、俺の考えごとを丸ごとかき消してた。頭は左から右へ、ひっきりなしに動いてた。
一人、レイスよりデカい男がいた。長い黒髪は、まあ俺と似たようなモンだ。似てるのはそこまでだったけど。
首筋からはトゲみてえなモンが突き出てて、背中の幅は俺の新しい部屋のタンスより広かった。
とにかくデカかった。
ヤニを持ってたら、一本すすめてやったのに。ああいう相棒は戦力二倍、いや三倍だからな。
レイスだって見てくれだけは悪くねえ。ただ、そこでダッシュでもかまそうもんなら、最初の3メートルで心臓発作コースだ。
十字路に出た。道は左右に分かれてる。
右の通りは目に見えて狭くなってて、露店はもうない。代わりに看板を出した建物が並んでた。鍛冶屋っぽいの、仕立て屋っぽいの、薬草がどうこうってのが一軒。
(仕立て屋は使えるな。ゼニさえ手に入りゃ、曜日ごとのジャージを仕立てさせてやる)
もう少し先で、妙な露店が目に留まった。店番は、なんかおかしな背の低い生き物だ。
髪は赤茶けてて、目は細っこくて、耳は横じゃなく頭のてっぺんについてる。本気でブサイクな猫、みてえな感じだ。
カウンターから頭が、やっと出てるくらい。背丈はショボいくせに、ブツは一級品だった。
金が目を刺してくる――チェーンはどの編み方も揃ってて、アンカーから喜平まで。
俺は近づいて、体を横に向けた。隣の店に見とれてるフリだ。手が勝手に、カウンターの上のチェーンを手探りしはじめた。
あのダニ、レイスはそれを見逃さなかった。歩きかけの足を止めて、振り返って、俺をこう見た――高度な量子力学を解説されながら、同時にジャグリングもやれと言われてるみてえなツラで。
「若様は、この商人の品にご興味がおありで?」
(クソジジイが、計画をバラしやがった。耳野郎はもう完全に勘づいてる)
「いかにも、レイスよ!」
貴族の出てくる映画で覚えた言い回しを、そのままぶつけた。
レイスは俺を上から下まで眺めた。鼻の下のヒゲが、不吉にねじれた。露骨な咳払いがひとつ。
「いい、日だ」
耳野郎がカウンターの奥でモゴモゴ言った。
「『こんにちは、王にして支配者様』だろうが、耳野郎」
店主がシャッと威嚇した。前足をブツの上に置く。
レイスはさらに露骨に咳払いをして、俺に視線を突き刺してきた。
「このチェーンもらうわ」
俺は、見た中で一番デカくて、たぶん一番重いヤツを指さした。ピンクゴールドの、きれいな喜平。日の光を受けて、完璧に光ってる。新しいジャージに合わせりゃ、バッチリだ。
売り手はカウンターの下から、妙な道具を取り出した。両側に鎖でぶら下がった皿がついてて(鎖もご丁寧に金だ。この野郎、相当貯め込んでやがる)、それが鋼の支柱に吊るされてる。
左の皿に分銅を置いて、右の皿にチェーンを放った。
「それ、金貨十二枚になる」
(まあ、安いな)
「いや待て。十二枚ってなんだよ」
(親父が朝メシんとき、玉座がどうとかブツブツ言ってたよな)
「この俺様が、未来の王ってやつなんだが。持ってっていいだろ、普通」
当たり前だろ。
「若様、金持ち。若様、払う」
耳野郎が、鋭い牙をむき出しにした。
(ダニが。この若様から取り立てようってのか)
「まあいい、安いし、もらってくわ」
ただ、俺みてえな王子ってのが、どのポケットに財布を入れてんのか見当もつかなかった。ていうか、そもそも安いのかどうかも知らねえ。
「レイス、これ安いよな?」
レイスは首を横に振った。
(マズいな。耳野郎とひと悶着だ)
「なあ、ダチ公」
俺は耳野郎に軽く笑いかけた。
「六枚でどうだ。それで手打ちにしようぜ」
売り手のツラは、こっちが母君を侮辱でもしたみてえな顔だった。素早い手つきで天秤をしまい、チェーンを元の場所に戻す。
「おいおい。毛玉でも喉に詰まったか?」
レイスがまた咳払いをした。
「今度はなんだよ、レイス」
「若様、いささか値が低すぎるとはお思いになりませんか」
レイスはあごヒゲを撫でた。
まあ、値切りってのはブー先生に教わった。いつも言ってたもんだ。
『まず驚かせろ、それからいただけ』
いいタイミングで思い出せてよかった。危うく払うところだった。
「ていうかレイス、俺いくら持ってんの?」
レイスは諦めたように目を閉じた。手はまた、ベルトを握り込んでいる。
「私めに、若様の宝物庫へ立ち入る権限はございません」
歯の間から絞り出すように、そう言った。
(宝物庫あんのかよ。最高じゃねえか)
俺は手際よく、ネックレスに手を伸ばした。
「なあ、耳野郎。財布持ってきてねえんだわ。あとでウチの者よこすから、そいつらが払う。文句あんならサツ呼べよ。……ああ、衛兵か。あばよっと!」
露店を離れるとき、耳野郎はたぶん心臓発作を起こしてた。頭を抱えてたし。
俺が先に歩き出して、堂々とチェーンを首に通した。一歩ごとに、胸に跳ねる。
よっぽどイカしてたんだろう、かき分けて進む人混みが、左右にサッと割れていく。何人かは俺を指さしてた。お嬢さんたちは口を手で隠して、なんかヒソヒソやってる。
まあ、無理もねえ。
レイスのことは、危うく忘れるところだった。少ししてから追いついてきた。たぶん耳野郎を蘇生させてたんだろう。人がいいジイさんだ。
(この世界、ガキの頃に『GTA』をチートコードで遊ぶのと同じじゃねえか。これ以上の当たりはねえよ)
道中はずっと、手に入れたばかりのチェーンをいじって遊んでた。
真っ赤になったレイスは、民衆とは仲良くやらなきゃならんだの、税がどうの、軍事力がどうの、若様にはふさわしくないだのと、ぐだぐだ垂れてた。
ベラベラベラ。
小せえ光の一本一本が、俺の新しいチェーンに跳ねる。
そこからさらに数百メートル歩いて、遠回りしながら中央の中庭のほうへ向かった。たぶん。少なくともレイスはそう約束した――足が痛え、『若様』は帰るとおっしゃってる、と五回目に告げたあとで。
地平線の向こうから、尖ったトンガリ塔つきのバカでかい建物が現れた。レイスいわく、『壮麗なる五柱』の神殿だかなんだか、そんな感じのモンらしい。
まあ、教会だな。
(葬式のこと、すっかり忘れてた。ナマダのヤツ、ガキみてえに泣きじゃくるんだろうな。おふくろもだ)
かわいそうなおふくろは、もういい歳だった。なんせ親父が事あるごとに、俺はけっこう遅い『事故』だったと言い聞かせてきたからな。まだおふくろを手伝ってやる気になってた頃、あいつは毎回その話を蒸し返した。
中庭に近づいたころ、レイスは一時間後に稽古だと告げてきた。身を清めて支度をしておけ、今日のは『若様にとって真の試練』になりましょうから、と。
その言葉には、満足と興奮のニュアンスが混じってた。
出口へ向かう足取りも、ちょい速く見えた――ドアの向こうに夏休みが待ってる幼稚園児みてえに、ほとんど跳ねてるようだった。




