↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/19

第4話 異世界

隣の女の子が、直立不動になった。両手で、ワンピースの裾を握りしめてる。


レディが立ってるのに座ったままってのは、カッコがつかねえ。俺も立った。


レイスのツラは、今にも爆発しそうだった。隣の女の子は、全身で震えてる。


レイスは1メートル、いや、それ以下まで詰めてきた。


「……これは、何の真似ですか」


小声だった。だが、人を殺せそうなトーンだった。


女の子は目を閉じた。赤らんでた頬が、今は灰色に変わってる。


「持ち場に戻りなさい。今すぐに」


少しだけ声量を上げて、レイスがささやいた。


頷いて、左手の脇のドアへ早足で消えていった。


レイスの目玉は、今にも眼窩から飛び出しそうだった。もはやワインレッドの顔に、引き結ばれた唇。額を、汗が一滴伝った。


「若様は。人前で。使用人と。」


歯の間から、絞り出してきた。


「使用人と、何だよ?」


眉を軽く上げてやった。


「――馴れ合ってはなりません。」


短く、投げつけてきた。


「何言ってんだよお前。あんな美人を、番号も聞かずにスルーしろってのか?」


言葉は、勝手に口から流れ出てた。茶番は茶番だ。だがこんなチャンス、そうそう転がってるモンじゃねえ。


できるもんなら、一発入れてやりたかった。実際、拳はもう握り込んでた。


だが――検察。警察。裁判所。


拳は、ゆるんだ。


レイスは、噴水の向こう側のドアへ手を差し出した。それからもう一度、俺を頭から爪先まで測ってくる。


「若様の自由時間は、これにて終了でございます」


「行かねえ。テメェ、ムカつかせやがって」


腕を組んでやった。


「若様」


耳元に、口を寄せてきた。


「今宵は、鍛錬のご予定があることをお忘れなきよう。若様のお振る舞い次第で、私めの熱の入れようも、良くも悪くも変わって参ります。――どうか、賢明なご選択を」


最後にうっすらと笑みが浮かんだが、友好的なモンでは断じてなかった。


しぶしぶ、一歩前へ出た。


靴の下で、何か柔らかいモンを踏んだ。


あの子のサンドイッチが、革靴の底にへばりついてた。


(革靴? 俺のスニーカーはどこ行った? 返さなかったら殺す)


ベンチの張り布で、靴を拭いてやった。


サンドイッチの包み布が、風にあおられて、ふわりと浮き上がる。あの子のだ。ピンクの木綿の四角い布で、真ん中に何かの刺繍。右上の隅に――「アリス」。


いい名前だ。


ジャージのポケットにしまおうとして、手が空を切った。俺は、全身着替えさせられてる。


クソ。よそ行きのジャージだったんだぞ。ケンカで無事だったことを祈る。二着目は、ねえんだ。


このドアは、さっきのよりちょいデカかった。両脇には、また例のラッパ持ちどもが立ってる。


レイスは、門の数歩手前で足を止めた。


「若様。日課の、平民区の見回りのご用意はよろしいですか」


前を見たまま、聞いてきた。


「何のだって?」


レイスが、上の誰かに合図を出した。ドアが、ゆっくり左右に割れていく。


広がっていく隙間から、光が差し込んでくる。レイスが数歩、前へ出た。俺の膝は、軽く笑ってた。同じようにする。


太陽が、まともに顔を撃ってきた。目を細める。


足元には、十数段のデカい石の階段。左右に、石像が二体。一体は、朝食のあの王冠のヤツに似てる。もう一体は若い男で、ちょい背が低い。頭には小さめの王冠。剣の切っ先を下にして、支えてる。


どっちの像もゴツくて、高かった。俺の倍はある。


太陽が勘弁してくれた頃、前を見た。


数百人が、広い通りを行き交ってた。


階段を下りた。大通りから数メートルのところに、俺は立ってる。


片側から、映画で見るようなキャラバンが近づいてくる。ただし引いてるのは、育ちすぎたトカゲだ。


近くの何人かは、かなりおかしな見た目をしてた。髪の色が、バラバラなんだ。薄紫から、燃えるような赤まで。


頭が、クラッときた。


向かいの屋台は、果物と魚と肉で溢れかえってる。女たちの耳は、あのアリスと全く同じ形をしてた。


(何が起きてんだ、ここは)


石畳に、視線を突き刺した。視界には、行き交う人間の足だけがチラつく。


もう一度、あたりを見回した。


(ここまでのセットは、さすがにやりすぎだろ)


「レ、レイス……」


声が折れた。


肩越しに、こっちを見た。


「はい、若様」


唾を飲み込んだ。もう一度、靴を見た。ズボンを。シャツの袖を。


「こ、ここは……な、何て国なんだ?」


顔の感覚がなかった。あるのは、ピリピリした痺れだけだ。


レイスが息を吸い込んだ。一瞬、目を閉じる。


「若様。まだご冗談を続けられるおつもりでしたら……」


「違う!」


慌てて遮った。


「頼む。……答えてくれ」


「ここは、ハレス王国。若様の父君、偉大なるナト王の統べる国にございます。――栄光あれ!」


「待て。待て待て。整理させろ。ここは精神病棟じゃなくて、お前も役者じゃねえ……そういうことだな?」


「若様……」


ため息をついて、腰のベルトを直した。


(ナマダのヤツ、いつだったか言ってたよな。異世界がどうとか)


心臓が、バクバク鳴ってる。目は勝手に、できるだけ多くの景色をかき集めようとしてた。制御なんて、効きゃしなかった。


(向こうに残してきた全部――罰金も、学校も、借金も、あのクセえ部屋も――もう俺には関係ねえ、ってことか?)


深く、息を吸い込んだ。


顔を上げた。


(――クッソ最高!!!)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。