第19話 血だ
昼メシ休憩は、ナマダを見つけ出すのに理想的なタイミングに思えた。
衛兵を一人探すのに、数分は廊下をさまよった。どうにか、どっかの廊下の突き当たりで発見。下の階に続くらしい階段の入り口を、見張ってた。鋼鉄の重い鎧と、最低でも180センチはあるハルバード。お喋り好きって感じは、どこにもなかった。それでも、試す価値はあった。
「こんにちは」
軽く頭を下げた。
「従者の宿舎を、探してるんだが」
騎士は目で手際よく俺をスキャンして、それから視線をまた壁に据えた。
「頼むから、答えてくれ……」
声が折れかけてるのが、自分でも分かった。ヤツはこっちに、目もくれなかった。
踵を返して、ヤツが見つめてる壁の下まで歩いた。座り込んだ。両手で顔を覆った。待った。何をだ? 分からねえ。ただ、座ってた。
廊下の反対側の細い窓で、何かが動いた。顔を上げた。中庭を、従者どもがアヒルの行列みてえに一列で行進してる。何かの木箱を抱えて、だ。後ろから二番目のヤツは、背中を丸めて、両腕を腹の上で縮こまらせて歩いてた――木箱を抱えてるってのに、だ。
ナマダ。あのクセなら、1キロ先からでも見分けがつく。
腰を浮かせかけた。そして、座り直した。窓越しに怒鳴るのは、たぶん『野外での接触』の内には入らねえ。ただ見てた。あいつが自分の木箱と一緒に、一歩、また一歩、角の向こうへ消えてくのを。
(あのタコがいなけりゃ、とっくにこっからとんずらかましてた)
逃走ルートなんざ、勝手に見つかってたはずだ。
何人かが、それぞれの行き先へ俺の前を通り過ぎてった。その一人が、ツネダだった。俺を追い越して、一歩の途中で足を止めた。
「惨めなものだな」
「テメェに関係あんのか」
「何も」
「なら、自分のことでもやってろ」
「これほど簡単に事が運ぶとは思わなかった。式は半年後……戴冠は、その少し後か」
廊下は、冷えてた。ヤツの言葉は、ただ壁に反響してるだけだった。
「おめでとさん」
「感謝しよう。もう俺のことは、『王』と呼んで構わんぞ」
あごが、さらに強く締まった。いつ立ち上がったのかすら、分からなかった。
ヤツの足音が、角の向こうで小さくなってく。俺のまぶたの裏じゃ、別のモンが再生されはじめてた。
暗い通り。アイロンのかかったシャツに、笑える赤い紋章入りのネクタイ。壁に追い詰められた女の子。『助けて』。
あの子の名前は、知りもしなかった。
この子のは、知ってる。
あのうすら笑い。そうだよ、どっかで知ってるはずだった。あの子を壁際に立たせたとき、あいつらが浮かべてたのと同じヤツだ。
玉座? んなもん、旗の裏にでも突っ込んどけ。だが、紋章持ちの金持ちのマヌケが女の子を持ってって、宮廷総出で拍手喝采? そのパターンは、もう履修済みだ。前回は、コンクリの上で終わった。
(なら、試してやろうじゃねえか。そりゃ、あいつのほうが強えのかもな。王冠の似合うツラなのかもな。鉄クズを振り回すのだって、上手いのかもな。だがな、壁が絡むと、俺ん中のイカレたヤツにスイッチが入るんだよ。どんなイカレたヤツに喧嘩を売ったのか、あいつはまだ知らねえ)
前に向かって、歩き出した。リングへの道なら、覚えてた。数分後には、人形の横に立ってた。ナックルの血のシミが木に写りはじめるまで、そいつをブン殴り続けた。ツネダのツラを思い浮かべりゃ、勝てる。
(こんな雑魚ども、何人も寝かしつけてきたんだ)
午後の授業は、横を素通りしてった。誰かが陣形がどうのと喋ってて、誰かが石板を配ってた。誓ってもいい――そこに座ってたのは体だけだ。頭じゃねえのは確実だった。頭はもう、リングの上にいた。
便所掃除のノルマを済ませた。生徒全員の日課の定番だと判明した――少なくとも一分野に限りゃ、俺にもここでの経験があったってわけだ。それから、生徒の一人に知らされた。決闘は夕メシ前、訓練リングで行われる、と。
赤毛は一日中、俺と接触してこなかった。授業中に投げてよこした、あのマヌケなうすら笑い一発を除けば、だ。思い出すだけで、拳が握り込まれた。ただ、リングへ向かう道中、脚は軽く震えてた。そりゃ、こんなマヌケよりヤベえのも寝かしつけてきた。だがな、無関心な看護師に抜糸される感覚ってのも、俺は覚えてるんだ。
現場には、もう赤毛のヒョロガリが立ってた。落ち着いてた。見物人もけっこう集まってた――数人、ってとこだが。その中には、場所と時間を知らせてきたヤツもいた。
赤毛は、斧を左右に振ってた。心底どうでもよさそうに、気だるげに。俺の姿を見ると、手が止まった。こっちを見た――今度は、うすら笑いを連れてなかった。
そのチビのほう――ついでに言や、こいつも赤毛だ――が、俺たちの真ん中に立った。
「どうやって、戦う?」
目に軽い怯えを浮かべて、聞いてきた。
「は? どういう意味だ?」
「その……何をもって、決着とするか」
「血だ」
斧の赤毛が言い放った。
チビのほうはそっちを振り返って、少し長めに見つめてた。唾を飲み込むのまで、見えた。
『血』って言葉には、大して心が動かなかった。自分のなら、しょっちゅう見てきた。たぶん、見すぎなくらいに――慣れるしか、なかったからな。
「……同意するか?」
短い間を置いて、真ん中のヤツが聞いてきた。
「いいぜ。なんでダメなんだよ? サクッと畳んでやる」
できるだけ自然に笑おうとした。たぶん、失敗した。
「それじゃ、武器を。……どうぞ」
刃に飾り彫りの入った、柄も丁寧な作りの斧を、こっちへ差し出してきた。
受け取った瞬間、手が軽く沈んだ。胸が、さっきより重く感じられた。あたりは静まり返ってた――連中が何か囁いてるのは見えたのに、何も聞こえなかった。頭ん中でどんどんデカく渦を巻いてく、血の音以外はな。
相手の視線が、俺に突き刺さった。ゆっくりと、斧を揺らしはじめてる。
もう一度、あたりを見回した。
ツネダは、どこにもいなかった。
「始めッ!」
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