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第14話「装備が、ありません」

夕方が近づいてきて、中世スタイルの旅のプラス面を見つけるのは、だいぶキツくなってきた。


太もも? 俺に、まだ太ももなんてあったか? わからん。たぶん、ねえ。股関節のほうも、どうせ四十前には交換コースだ。


で、空腹の攻めが、どんどん激しくなってきた。ネモだか、ネトだかの渋いツラが恋しくなり始めてた。テリクスの寄った眉間もだ。あれはもうすぐ、ウズラと卵とパンとバターとその他のご馳走がなだれ込んでくるって合図だからな。考えただけで、よだれがあごを伝った。


「ナマダ!」


「はい?」


例の子供用ポニーで俺の横に並びながら、聞いてきた。


「メシ、作れるか?」


「えっと……あんまり、できないです……村では、だいたいカビたパンを食べてたので……」


なら、干しモンのご馳走で食いつなぐしかねえな。


「し、質問、してもいいですか……?」


少しの沈黙のあと、ナマダが遠慮がちに口火を切った。


「ど、どうして僕を、『ナマダ』って呼ぶんですか、ヤ、ヤン様……?」


(は?)


「は? だって、お前はナマダだろ。何年来のダチだ。まあ正確に言や、ちょっとヒルだけどな。役には立つ」


「ほ、本当にすみません……で、でも、ぼ、僕、ヤン様にお会いしたことは、な、ないと思うんです……」


ポニーの蹄が鳴ってた。俺の馬の蹄も鳴ってた。それ以外は何も鳴らなかった。俺がしばらく、何か返事をするってことを忘れてたからだ。


また、本気で言ってるように聞こえた。ただ、ナマダを正しい線路に戻す作業は、後回しの案件だ。今は、腹の音のほうがデカかった。


「よし、じゃあこうしよう。交互に呼んでやる。田舎者とナマダ、交代でだ。いいな?」


「了解です」


頭を垂れて、そう答えた。


「よし、じゃあ何か食いモン出してくれ。もう倒れそうだ……」


(ツネダのマヌケが。一本道じゃねえかよ)


メシを待ちながら、地図を睨んでそう思った。地図はハッキリ言ってる。でかい黒い木で右――これはやった――それから真っすぐ、何かの形をした岩まで。(……おっぱい?)そいつはまだ見てねえから、俺たちはその手前のどっかにいるはずだ。あとは、この細けえ線を数本なぞりゃ、死体安置所にご到着だ。


チョロい。


「す、す、すみ……す、すみませ……」


背中の後ろのどっかで、ナマダがどもり始めた。


「今日中に言い終わるか?」


「ヤ、ヤン様の、そ、装備が……あ、ありません……」


声が折れかけてた。もうすぐ折れる、あいつの骨と同じように。


「ねえって、どういうことだ!」


一瞬で振り返った。


ナマダは、顔に押しつけた両手の中で、たぶん泣いてた。あいつのロバまで、自分も有罪だってツラで俺を見てる。俺は俺で、頭ん中で損失リストを作ってた。武器? クソだ。盾? ボロい。どうせリサイクル品だろ。食料? 最悪、ナマダごとロバを食えばいい。ブツ? 新しいのをパクりゃ済む。


「まあいい、ナマダ……問題ね……」


最後まで言えなかった。手が勝手に、靴へ伸びてた。まず左――ねえ。右――ねえ。そりゃそうだ、あるわけねえだろ。この俺様が、自分でズダ袋に詰め替えたんだからな。この大バカが。靴は『置き場所じゃなかった』からだとよ。ポケットがあるはずの場所も、全部叩いて確かめた。


空っぽだ。


「クソが、ナマダ!」


濡れた手の隙間から、俺を見た。目はもう赤かった。


「すみませんでした!」


そう叫んで頭を下げた。あんまり低く下げたモンだから、ロバをノックアウトしかけてた。


「すみませんじゃねえ! どこで落とした!」


ナマダは、首を横に振るだけだった。


「よし、落ち着け。考えろ。頼むから、考えてくれ!」


あのボケっとしたツラを見る限り、何かを思いつく線は薄そうだった。頭が、左右に揺れてる。俺たちは馬を止めた。夕闇は、本来のスピードより速く落ちてきてた。


「よし、ヘタレてんじゃねえぞ、ナマダ。引き返すぞ」


当然、明かりの類も全部、あの荷物の中だった。崩れるときは、何もかも崩れる。五本目だか六本目のでかい黒い木のあたりで、ナマダが遠慮がちに示唆してきた――俺たち、たぶん迷ってます、と。合ってるかもしれなかった。ていうか、確実に合ってた。来るときの道じゃ目印なんてひとつも見なかったのに、今はいくつも目についてた。


凶兆ってやつだ。


「と、止まったほうが、い、いいと思います……」


あの折れかけの声が、だんだん俺の神経に障り始めてた。


「ああ。ついでに、若様の持ち物も見張っとくべきだったな。正確には、お前がだ。で、なんでクソひとつ覚えてねえんだよ」


「ヤ、ヤン様、ぼ、僕、旅の始まりからのことは、ぜ、全部覚えてます……」


深呼吸が必要だった。かなり深いやつが。ガキのころ、児童カウンセラーに、十まで数えろって教わったことがある。数えた。クソの役にも立たなかった。


「ナマダ。集中しろ。クソ、頼むから集中してくれ。あの荷物は取り返さねえとダメなんだ」


「が、学院にも、た、たどり着かないと、だ、ダメだと思います……」


確かにな。あのクソガキに、タダで俺の妹ちゃんを持ってかせるわけにはいかねえ。ダニだけど、それでも俺の妹ちゃんだ。腹の音は、どんどんデカくなってた。


三十分ほどさまよったところで、俺たちは即席のキャンプを張る決断をした。ナマダは経験豊富な田舎者として、焚き火を起こした。水たまりまで見つけてきやがった。飲める、と本人は断言してる。村じゃ、こういうのは宝扱いなんだそうだ。俺は飲んだ。焚き火は、光と、少しの暖かさをくれた。


「ナマダ。あのクリスマス、覚えてっか? 俺がお前んちに泊まったやつ。お前のおふくろさん、なんで俺が転がり込んできたのかも聞かなかった。三枚目の皿を置いて、それで終わりだ」


ナマダは、答えの代わりに首を横に振った。


(だよな。どうせ、いつも何かしらクソが起きる。ここに来てから、厄介ごとのリストは日に日に積み上がる一方だ。俺の団地も、そこまで悪くなかったのかもな)


「よし、ナマダ! 心折れてる場合じゃねえ」


肩を軽く叩いてやった。


「ひと眠りして、朝になったら落とし物を見つけて、学院にたどり着く。以上だ」


森は静かだった。静かすぎるくらいだ――ハロウィンのたびに流れる、あの安っぽいホラー映画みてえに。ナマダは自分のポニーのそばで、頭の下に草の塊を敷いて、寝返りばっかり打ってた。星は、マジでキレイに瞬いてた。ここのは、クッキリ見えるんだ。まぶたをできるだけ長く開けとこうとした。もうちょっとだけ眺めときたかったし、ついでに上のあの人に、アリスのプレゼントのありかを教えてくれって頼みたかった。


ダメだった。勝手に閉じた。


背中の向こうから、デカい鳥みてえな、けたたましい鳴き声が聞こえた。数秒で、俺は立ち上がってた。空は、ゆっくりオレンジ色になり始めてる。少しして、地面が震え出した。草が、上下に揺れてる。ナマダが跳ね起きて、数秒で立ち上がった。


「な、なんですか、あれ……」


息を止めた。ウサギちゃんとか子鹿ちゃんって線は、まずなさそうだった。十数秒後、俺たちが外れてきた道のほうから、荒い、重い息づかいが近づいてきた。そのあとに続く画を、長く待つ必要はなかった。


デカいツラ。図体は? レイスよりちょい低いくらい。ゴツくて真っすぐな脚。その上に、黒い太もも。赤いネバネバした粘液みてえなモンが、滴ってる。ツラには、ボタンみてえに赤い目玉が二つ。額のど真ん中には角が一本。そこに黒い毛が数本、垂れかかってた。


たぶん、毛だ。


俺は棒立ちだった。どの神経も、脳みその言うことを聞こうとしねえ。ただ突っ立って、こっちへ突き進んでくるソイツを見つめてた。


お読みいただき、ありがとうございます。

ブックマークや評価、ひとつひとつが本当に嬉しく、大きな励みになっています。

もっと面白い物語をお届けできるよう、これからも精進してまいります。

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