第三十三話 another story 冴End『紺色のお守り〜一年後の約束〜』
【another story 冴End】
※このルートは、本編とは異なるもう一つの物語です。 修学旅行で隔離空間事件は起こらず、玲たちは全員無事に帰還。 そして、あの日とは違う未来が動き始める――。
生徒会室。
秋の気配が深まるある日の放課後、玲は意を決して、四人の前で口を開いた。
修学旅行のあの日――。
自分に真っ直ぐな想いを伝えてくれた、サクラ、豪、律、絢。
彼らに伝えなくてはいけないことがあった。
「みんな……修学旅行の時、気持ちを伝えてくれてありがとう。ずっとちゃんと言えなくて、ごめん。」
玲は真っ直ぐに四人の方を見た。
「私にとって、みんなはかけがえのない、大好きな仲間。でも……その『好き』は、恋愛としての好きとは違うんだ。」
玲は一度、深く息を吸った。
「ごめん……。みんなの気持ちには、応えられません。」
静寂が生徒会室を包む。
誰も責めるような顔はしなかった。
ただ――少しだけ寂しそうな表情を浮かべていた。
「……そっか。」
最初に声を出したのは豪だった。
「まあ……なんとなく分かってたけどな。」
そう言って、いつものように笑う。
「如月があの人を見る時の顔って……俺たちを見る時とは違うから。」
「豪……。」
「玲らしい答えですね。」
絢も優しく微笑む。
「無理して自分を選んでくれるより……あなたが幸せになってくれる方が、僕には大切ですから。」
「絢……。」
律は少しだけ目を逸らした。
「……まあ、俺は納得してないけど。」
「律……。」
「でも……玲が決めたことなら、邪魔する気はないから。」
律は小さく笑う。
サクラは胸元で手を握った。
「玲会長……きっと、その人は幸せですね。」
「え?」
「だって玲会長が、こんなにも大切に想っている人だから。」
「サクラ……。」
胸が熱くなる。
みんなは分かっていた。
私が誰を見ているのか。
私自身が認めるより前から――。
◇
年が明け、街が白く染まるお正月。
先に東京の大学へ進学した黒崎冴が、短い帰省で戻ってきていた。
静かに雪が降り積もる喫茶店。
向かい合わせに座る冴は、コーヒーカップを置き、視線を玲に向けた。
「進路はもう決まっているか?」
「はい。冴先輩と同じ……東京の大学へ進学したいと思います。」
玲の言葉に、冴の眉がかすかに跳ねる。
『私が先に道を作る。だから来年、お前はその後を追ってこい。』
卒業式の日に、冴がかけてくれた言葉が耳から離れない。
(絶対合格して……冴先輩に、あの日の返事をしなくちゃ!)
言葉に込めた固い決意を感じ取ったのか、冴の口元がほんのわずかに、嬉しそうに緩んだ。
「そうか……。」
そう言うと、冴はコートの内ポケットから、一つのお守りを取り出した。
深い紺色の生地に、金色の糸で刺繍が施された合格祈願のお守り。
「じゃあ、これをお前に……。」
「これは……?」
「お前なら大丈夫だと思うが……。これは俺が入試の時に持っていたものだ。きっと、お前にも力を貸してくれる。」
冴から直接手渡されたお守りは、どこか冴と同じ、静かで温かい香りがした。
「ありがとうございます! 絶対に合格してみせます!」
「ああ。……朗報を待っている。」
◇
――大学入学試験、当日。
最悪の事態が玲を襲っていた。
緊張からか、それとも連日の疲れからか――
朝起きた時点で、熱は38度を超えていた。
「ハァ……ハァ……。でも……ここで休むわけにはいかない!」
朦朧とする意識の中、玲は気力で試験会場の席についた。
一時間目、二時間目と、削られていく体力を必死に繋ぎ止める。
そして、最後の科目――『英語』。
(あ……ダメ……視界が……。)
激しい目眩が玲を襲った。
文字が歪み、思考が白い霧に包まれていく。
手に持った鉛筆が、カラカラと音を立てて机から落ちそうになる。
限界だった。
意識が落ちかける暗闇の中で、玲の手が自然と制服のポケットへと伸びる。
握りしめたのは、あの紺色のお守り。
(冴先輩……! 私に……力を貸して!)
指先にぎゅっと力を込めた瞬間――。
脳裏に、あの静かで凛とした声が響き渡った。
『俺の後を追ってこい』
『未来を共に歩もう』
――ハッと呼吸が戻る。
(そうだ……! 私は、何としてもあの人の元へ行くんだ!!)
冴の声を思い出した瞬間、諦めかけていた心にもう一度だけ火が灯った。
玲は震える手で再び鉛筆を握り直すと、残り数分の試験時間に全魂を込めて解答用紙を埋め尽くした。
◇
春。満開の桜が咲き誇る、東京駅。
人波が行き交う改札口の前に、スーツケースを引いた玲が立っていた。
少し離れた街灯の側で、長身を黒いコートに包んだ青年が、じっと改札口を見つめている。
「冴先輩~!」
玲が声を上げて駆け寄ると、冴がゆっくりと振り返った。
「来たな……。」
「はい! 合格しました! ……試験の日、これのおかげで最後まで頑張れました!」
玲は誇らしげに、あの紺色の合格お守りを掲げてみせた。
冴はそれを見つめ、静かに目を細める。
「そうか……良かった。では、それはお前が持っていろ。」
「えっ? でも、これは冴先輩の大事な……。」
「……俺には、もう必要ないから。」
「……冴先輩?」
二人の間に、桜の香りを含んだ春風が吹き抜ける。
冴は一歩、玲へと歩み寄った。
「ここにお前がいるということが……返事ということでいいんだろう?」
あまりにもストレートな言葉に、玲の体温が一気に上昇する。
顔が熱くなり、胸が破れそうなほど高鳴った。
けれど、もう迷いも躊躇もなかった。
玲は冴の瞳を真っ直ぐに見つめ返し、一年間ずっと温め続けてきた想いを言葉にした。
「はい。冴先輩、一年前の返事をさせてください。」
一呼吸置いて、溢れ出る気持ちを込めて紡ぐ。
「私も……冴先輩のことが好きです。会えない間も、この気持ちが消えることはありませんでした。……これからは、ずっとあなたの隣を歩かせてください。」
言い切った瞬間、強い力で肩を抱き寄せられた。
視界が冴の胸元で埋まる。
「冴、先輩……っ。」
「ああ……もちろんだ。」
耳元で響く、低く熱を帯びた声。
冴の腕が、玲の身体を折れそうなほど強く抱きしめる。
「覚悟しろ。もう手放してやるつもりはない。」
普段の冷静な冴からは想像もつかないほど、情熱的で独占欲に満ちた視線に、玲は胸がキュンと締め付けられた。
嬉しくてたまらない。
「ふふっ、大丈夫です。冴先輩こそ……途中で『飽きた』なんて言って差し戻すのは無しですからね!」
玲が腕の中で悪戯っぽく笑うと、冴も呆れたように、けれど心底愛おしそうに息を漏らした。
「……言わないさ。一生な。」
抱擁が解かれ、冴の手が玲の頬にそっと添えられる。
見つめ合う二人の距離がゼロになる――。
舞い散る桜吹雪の中、二人は静かに、甘い誓いのキスを交わした。
キスが解け、真っ赤になる玲を見て、冴はどこか満足そうに目を細めた。
「……さて。合格祝いと引っ越し祝いだ。まずは俺の部屋へ行くぞ。」
「えっ!? 冴先輩の部屋ですか!?」
「ああ。荷物もある。今日は俺が面倒を見る。」
「で、でも……。」
冴は玲の手をがしっと握り、そのまま離さない。
「……覚悟しろと言っただろう? 今日はもう、帰すつもりはない。」
「〜〜〜っ!?」
眼鏡の奥で悪戯っぽく笑う冴に、玲は顔を真っ赤に染めるしかなかった。
春風に舞う桜の花びらが、二人の足元を優しく彩っていく。
つないだ手の温もりと、ポケットの中で静かに揺れる紺色のお守り。
あの日交わした「一年後の約束」は、ようやく叶った。
二人は、肩を並べて歩き出す。
二度と離れることのない、これから始まる新しい未来へ――。
another story 冴End『紺色のお守り〜一年後の約束〜』
Fin.




