第二十八話 豪End『橙色のお守り〜揺れる太陽と、等身大で歩む未来〜』
――あの奇跡のような生還から数日後。
部活動に励む生徒たちの声が、遠くから聞こえてくる放課後。
夕暮れに染まる屋上へ、玲は豪を二人きりで呼び出していた。
橙色に染まる空の下、吹き抜ける風が二人の髪を優しく揺らす。
「如月、急に呼び出してどうしたんだ? 体調はもう大丈夫なのか?」
豪は心配そうに眉を下げ、大きな身体を屈めて玲の顔を覗き込んできた。
玲はふふっと微笑むと、制服の内ポケットへ手を伸ばした。
そっと取り出したのは、温かな陽だまりを閉じ込めたような、鮮やかな橙色の健康お守りだった。
「っ……! それ……俺があげたやつか!?」
豪の瞳が驚きで大きく見開かれる。
「うん。あの暗闇の世界から帰ってくる時……私が最後まで握りしめていたのは……豪から貰ったこのお守りだったんだ。」
「如月……。」
「豪の前ではね、『完璧な生徒会長』でも『如月グループの御曹司』でもなく、ただの自分になれる。」
懐かしい日々を思い返すように、玲はゆっくりと目を閉じた。
「初めて会った時にも言ったけど――豪の真っ直ぐな言葉や、太陽みたいな笑顔に、私は何度も救われてきたんだよ。」
玲は一歩踏み出し、豪の大きな手へそっと自分の手を重ねた。
「修学旅行で気持ちを伝えてくれた時……びっくりしたけど、すごく嬉しかった。この人と一緒に心の底から笑っていたい――そう、思ったんだけど……。」
そこまで言うと、玲は重ねていた手をゆっくりと離した。
「返事をする前に、豪に一つ確認しておきたいんだ――。」
玲の表情に、不安の色が差した。
「隔離空間で、私の前の姿を見たでしょう? 本当の私はあんな冴えない感じなの……。」
少しずつ視線が伏せられていく。
「システムの脅威が去ったとしても、またいつ元の姿になるか分からないし……。『如月玲』の姿のままだとしても、『男同士でおかしい』って、後ろ指をさされるかもしれない……。」
玲は唇を噛み締め、小さく息を吐いた。
「そう思うと、豪の気持ちに応えても、幸せにしてあげられないんじゃないかって――」
その瞬間、豪の指が玲の額を強く弾いた。
「痛ぁ〜〜っ。真剣な話してるのに、なんでデコピンすんの!?」
玲は額を押さえ、涙目で豪を見上げる。
「バーーーカ! そんなのとっくに俺の中では答えが出てんだよ!」
豪は呆れたように笑い、大きくため息をついた。
「そりゃ、最初は……自分の気持ちに気付いた時、『男相手に何考えてんだ!?』って思ったけど……。お前見てると、男とか女とか関係ねーなって思ったんだよ。」
「……豪。」
豪は照れくさそうに笑う。
「どっちのお前でも……結局、俺はお前に惚れるんだから……。」
「豪〜〜〜〜!!」
玲は涙を浮かべながら豪へ飛び込み、思い切り抱きついた。
「こんな私だけど……これからも一緒にいていいの?」
「当たり前だろ? お前こそ、愛想つかして逃げ出すなよ?」
そう言うと、豪は力強い腕で玲の身体を抱き返した。
夕暮れの屋上で、二人はしばらくの間、互いの温もりを確かめ合うように抱き締め合っていた。
◇
季節は巡り、街は華やかなイルミネーションとクリスマスソングに彩られる冬。
恋人同士になって初めて迎えるクリスマス・イブ。
「わぁ……豪、見て! あのツリー、すごく大きいよ!」
色とりどりの光の下、子どものように瞳を輝かせてはしゃぐ玲。
普段の凛とした生徒会長の姿からは想像もつかない無邪気な表情に、豪の胸はぎゅっと締め付けられた。
その想いを悟られまいと、豪は平静を装って声をかけた。
「……ったく。玲、そんな走ったら危ねーって。」
恋人同士になってからは、自然と「玲」と呼ぶようになっていた。
「へーき、へーき」と振り返った玲が、案の定バランスを崩す。
「わぁっ!?」
「危ねっ!!」
豪は咄嗟に玲の肩を引き寄せ、そのまま勢いよく抱きしめる。
ドクン、ドクン、どちらのものとも分からない鼓動が、重なるように高鳴った。
「ごめん、豪。……ありがとう。」
「ああ……。それより身体が冷えてるな。このまま外にいたら風邪ひくし……俺の部屋に来るか?」
耳元で聞こえる豪の低く掠れた声。
玲は頬を赤らめ、無言で頷いた。
豪は玲の手を優しく引き、自室へと向かった。
二人で並んでベッドの縁に腰掛る。
「あ、そうだ。豪! クリスマスプレゼント用意したんだ!」
玲は初めて訪れる豪の部屋に少し緊張しながら、プレゼントを手渡した。
包みを開けると、豪のオレンジ色の髪に映えるような『カーキー色のニット帽と手袋』だった。
「おお、すげぇ! もしかして……これ手編みかっ!?」
「うん。あんまり上手くないけど……良かったら使って?」
豪は感激しながら、その場で帽子と手袋を身につけた。サイズもピッタリだった。
「玲、ありがとな。……大切にする。」
続いて豪から手渡されたのは、見覚えのある封筒。
「これは……まさか――」
出てきたのは、『豪の本気マッサージ券2(無期限)』
「あははっ、去年と一緒じゃん!」
「俺のも……一応手作りだから!」
「じゃあ……早速使わせてもらおうかな!」
玲が少し照れながら、豪のベッドの上でうつ伏せに横たわる。
「おう、任せとけ!」
豪は袖を捲り上げた。
「じゃあ、肩からいくぞ?」
豪の大きくて温かい手が、玲の肩に触れる。
スポーツトレーナーを目指す豪の指先は、的確にコリを捉え、じわじわと圧をかけていく。
「ん……っ……あ……っ。」
玲の口から漏れ出た声に、豪は動きをピタリと止めた。
「玲……? 痛かったか……?」
「ううん……。豪の手……大きくて、温かくて……すごく、気持ちいい……っ。」
目をトロンとして吐息まじりに呟く玲は、予想以上に艶っぽかった。
豪は思わず生唾を飲み込む。
(いやいや、これは……ちゃんとしたマッサージだから!)
豪の手が、肩から背中、腰の方へ、ゆっくり滑り降りていく。
「あ……んっ……。豪、そこ……ちょっと……くすぐったい……っ。」
玲は身体をキュッと強張らせ、シーツをギュッと握りしめた。
その声と仕草に、豪の鼓動がドックンと一気に跳ね上がった。
「……っダメだ!! 限界!!」
豪がガバッと立ち上がり、真っ赤な顔で頭を抱えた。
「……豪!?」
玲はうつ伏せのまま、首だけを傾け、上目遣いで見つめてきた。
「玲、ごめん! これ以上触ってたら……俺、マッサージだけじゃ済まなくなっちまう……!」
玲はきょとんと目を丸くしたあと、豪のあまりの真っ直ぐさと可愛さに、くすくすと声を漏らした。
「ふふっ、豪……ありがとう。でも、すごく良かったよ?」
その無自覚な笑顔と言葉に、豪はまたもや撃ち抜かれるのだった。
◇
春――。
校庭では満開の桜が風に舞い、二人は卒業式を迎えた。
玲は如月グループの次期総帥として難関大学へ。
豪はトップスポーツトレーナーを目指し、専門学校へ。
式が終わると、二人は桜の花びらが敷き詰められた静かな校庭を並んで歩いていた。
「来月からは、別々の道だな。」
「うん。簡単に会えないのは寂しいけど……豪が夢に向かっていくのを、私は一番応援したいから。」
玲が微笑むと、豪は足を止め、玲の目を真っ直ぐに見つめた。
「俺、日本一のトレーナーになるから。将来、忙しく働くお前の身体も心も、メンテナンスできるくらいビッグになってみせる!」
「ふふっ、頼りにしてる! 豪がいてくれれば、私は百人力だから。」
豪は玲の手を力強く握り、約束を交わすように親指をそっと合わせた。
「背負うものは違っても、お互いの道で大きくなろう! 困った時はいつでも言ってくれ。俺がお前の力になるから!」
舞い散る桜の中、二人は眩しい笑顔で未来への誓いを立てた。
◇
卒業式から数日後。
都内の高級ホテルでは、如月グループ主催の「卒業祝賀会 兼 如月玲 十八歳バースデーパーティー」が盛大に開催されていた。
豪華なシャンデリアが輝く華やかな会場には、政財界の関係者をはじめ、多くの来賓、そして仲間たちが集まった。
豪も、タキシード姿で会場に駆けつけてくれた。
「玲会長、おめでとうございます!」
ピンクのドレス姿のサクラが、明るく声をかける。
「スーツ姿、すっごくかっこいいですっ!」
「ありがとう、サクラちゃん。」
「玲、おめでとう!」
律は穏やかに微笑み、小さくグラスを掲げる。
「離れても、たまにはゲームで勝負しようね?」
「お前……玲は忙しいんだから、あんまり呼び出すなよ?」
「豪は黙っててよ。ねぇ、玲。豪に愛想を尽かしたら、いつでも俺のところに来ていいからね?」
豪と律のやり取りに、玲は苦笑した。
「おめでとうございます、玲。」
絢が優雅に、グラスを揺らしながら微笑む。
「豪。遠距離だからって浮気なんかしたら……僕が玲を奪ってしまいますからね?」
「はぁ? 浮気なんてしねーよ! 俺の玲に手出すんじゃねーぞっ!」
玲と絢は顔を見合わせると、くすくすと笑った。
「冗談です。……まぁ、浮気の心配は無さそうですね。」
「会長。」
少し緊張した様子で、凌が歩み寄る。
「生徒会は……俺たちに任せてください。」
「ありがとう。」
玲は力強く頷いた。
「凌くんなら、きっと最高の生徒会長になれるよ。」
「神、おめでとうございます。」
その隣では、ソノが柔らかな笑みを浮かべていた。
「凌くんは……副会長として、私が支えますから。」
「うん、ありがとう。ソノちゃんには本当に感謝してるよ。」
玲は心から感謝を込めて微笑んだ。
ひと通り挨拶が終わると、玲は司会者に名前を呼ばれ、壇上へ上がった。
静まり返る会場。
玲はゆっくりとマイクを握り、来場者を見渡した。
「本日は、お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。」
落ち着いた声が会場に響く。
「本日、私は十八歳という節目を迎えました。そして、如月グループの未来を担う者として、新たな一歩を踏み出します。」
ステージに立った玲は、「如月グループの次期総帥・継承者」としての決意を堂々と語った。
その姿を、豪は壇下からじっと見上げていた。
「お互いの道で大きくなろう、なんて言ったけど……やっぱりあいつはすごいな。」
スポットライトや大勢の人からの視線を浴びて輝く玲の姿に、豪の表情から、みるみる自信が消えていく。
(スポーツトレーナーを目指してるだけの俺に……あいつを支える資格なんて、あるのか……?)
胸を刺すような不安と焦燥感に、豪は強く拳を握り締めた。
パーティーが終わったあと。
玲がホテルのテラスへ向かうと、豪が一人夜風に当たっていた。
宝石のように煌めく街の灯りを、ぼんやりと眺めている。
いつもと様子の違う豪を見て、玲は静かに声をかけた。
すると、豪は胸に渦巻く葛藤を、絞り出すように打ち明けた。
「今日、ステージに立つお前を見てたらさ……。格の違いを感じたっていうか……。お前はこれから如月グループを背負っていくのに、ただの専門学生の俺が、お前の隣にいていいのかなって……。」
吐露された豪の葛藤。
それを聞き終えた玲は、両手で優しく豪の頬を包みこんだ。
「豪はそのままでいいんだよ。『如月グループの御曹司』じゃない、ただの『如月玲』を愛してくれる豪が、私は好きなんだから!」
「玲……っ。」
「他の人じゃダメ。等身大の私を愛してくれる『神城豪』じゃなくちゃ……私はダメなんだ。」
その言葉を聞いた瞬間、豪の葛藤はいとも簡単に崩れ去った。
(ああ、なんでこんなにも……玲は俺が欲しい言葉をくれるんだろう……。)
豪は玲の腰を引き寄せると、思いっきり抱きしめた。
「……玲、ごめん。俺、弱気になってた。でも、もう迷わねぇから!」
至近距離で見つめ合った二人は、熱い唇を重ね合わせた。
気持ちを分け合うように、確かめ合うように――初めてのキスは、熱く少し涙の味がした。
あの日、生徒会室で始まった出会い。
修学旅行で交わした告白。
すべてが今日、この瞬間へと繋がっていた。
橙色のお守りが結んだ恋は、やがて二人の未来を照らす約束へと変わっていく。
太陽のような少年と歩み始めた未来は、 数え切れないほどの笑顔と涙、そして幸せを重ねながら、明日もその先も続いていく――。
豪End『橙色のお守り〜揺れる太陽と、等身大で歩む未来〜』
Fin.




