第二十七話 サクラEnd『桃色のお守り〜可憐な少女と掴む未来〜』
――あの奇跡の生還から数日後。
放課後。
西日に染まった校舎は、柔らかな茜色に包まれていた。
吹き抜ける風が屋上のフェンスを揺らし、髪を優しく撫でていく。
玲は屋上の中央で静かに立ち、階段から現れた少女へと穏やかな笑みを向けた。
「玲会長……。」
制服の裾をぎゅっと握り締めながら歩み寄るサクラは、不安と期待が入り混じった瞳で玲を見つめる。
「あの……私に大事なお話って……。」
その小さな声に、玲はゆっくりと頷いた。
「うん。サクラちゃんに、ちゃんと伝えたいことがあるんだ。」
そう言うと、制服の内ポケットへ静かに手を伸ばす。
取り出したのは、小さな桃色のお守り。
修学旅行の京都で、サクラが勇気を振り絞って手渡してくれた恋愛お守りだった。
夕日に照らされた桃色のお守りを見た瞬間、サクラの瞳が大きく揺れる。
「……っ!」
言葉にならない息が漏れた。
玲はそのお守りをそっと両手で包み込みながら、小さく微笑む。
「あの暗闇から帰ってくる時……最後まで握り締めていたのは、このお守りだった。」
「玲……会長……。」
「最初はね、サクラちゃんのことを守ってあげたい、可愛い後輩だと思ってた。」
サクラは静かに耳を傾ける。
「だけど、生徒会で一緒に笑って、悩んで、過ごしていくうちに……。気付けば、どんな時も隣にいてくれるのが当たり前になってた。」
玲はサクラへ歩み寄った。
「修学旅行で真っ直ぐに想いを伝えてくれた時は、まだ答えを出せなかった。でも……暗闇の中で、このお守りだけは絶対に離したくなかった。」
玲はそっとサクラの小さな手を包み込む。
触れる指先から、かすかな震えと温もりが伝わってきた。
「その時、ようやく分かったんだ――私は、この人を失いたくないって。」
アメジスト色の瞳が、真っ直ぐサクラを映す。
「玲会長……。」
「胸が苦しくなるくらい、会いたくて。笑っていてほしくて。これから先も、ずっと一番近くで支えてほしいと思った。だから――」
玲は少し照れたように笑う。
「サクラちゃん。こんな私で良かったら……恋人になってくれますか?」
その瞬間、サクラの大きな瞳から一粒、また一粒と涙が零れ落ちる。
「はいっ……!」
震える声で、それでも力いっぱい答える。
「私……玲会長のことが大好きですっ……!」
涙を流しながら、サクラは玲の胸へ飛び込んだ。
「これからも、ずっと……ずっと……玲会長の隣にいさせてください……!」
玲は優しく微笑み、細い身体をそっと抱き締めた。
「ありがとう、サクラちゃん。」
腕の中から伝わる温もりが、何よりも愛おしい。
夕焼けに染まる屋上で、二人はもう一度見つめ合う。
互いの想いを確かめるように、微笑み合い、そっと指先を絡めた。
桃色のお守りが結んだ恋は、この日、ようやく実を結んだのだった。
◇
――そして季節は巡り。
街は色鮮やかなイルミネーションに彩られ、冷たい冬の空気の中に、温かなクリスマスソングが響いていた。
恋人同士になって、初めて迎えるクリスマス・イブ。
約束の時計台の前で待っていると、人混みの向こうから聞き慣れた声が聞こえた。
「玲さん! お待たせしましたっ!」
振り返ると、白いファー付きのコートに桃色のニット帽を身につけたサクラが、小走りで駆け寄ってきた。
頬をほんのり赤く染めた姿は、冬の街へ舞い降りた天使のように愛らしい。
「待たせちゃいましたか?」
「ううん。私も、今来たところだよ。」
玲は優しく微笑む。
「サクラ。その格好、すごく可愛い。」
「えっ……。」
サクラの頬が、さらに赤く染まる。
「ありがとうございます……。玲さんも、すごくかっこいいです。」
恋人同士になってから、二人は自然と「玲さん」「サクラ」と呼び合うようになっていた。
照れ笑いを浮かべる二人は顔を見合わせて笑うと、そっと指を絡めるように手を繋いだ。
クリスマスマーケットには、色とりどりの飾りやイルミネーションが並び、甘いお菓子の香りが漂っている。
温かなホットドリンクを片手に歩きながら、小さな雑貨を眺めたり、飾り付けを二人で見て回る。
隣ではしゃぐサクラを、玲はこれ以上ないほど優しい瞳で見つめる。
そこには、もう娘や後輩に抱くような気持ちは微塵もなかった。
一人の人間として、愛おしいと思う気持ちが込み上げてくる。
(まさか、私にこんなに可愛い恋人ができるなんて……想像してなかったなぁ。)
ゲームを作ることだけに夢中だった日々。
恋人と待ち合わせをして、手を繋いで街を歩くなんて……それこそ、漫画かゲームの中の話だと思っていたのに――
サクラと日々を過ごしていくうちに、自分の中の『男性としての如月玲』がだんだんと大きくなっていくのを感じていた。
やがて、大きなクリスマスツリーの前で二人は立ち止まった。
「プレゼント、交換しませんか?」
サクラの言葉に、玲は笑顔で頷く。
まずは、玲が小さな箱を差し出した。
中を開くと、淡いピンクダイヤのネックレスが姿を現した。
「サクラの髪と瞳の色のネックレス。似合うと思って選んだんだ。」
玲はネックレスを取り出すと、サクラの首元に付ける。
指先が触れたのか、サクラはくすぐったそうな、嬉しそうな顔をした。
「わぁ、綺麗……!! でも、こんなに高価な物……頂いていいんでしょうか……?」
「もちろん。サクラのために選んだんだから……もらって?」
「……ありがとうございます。大切にします。」
サクラは大切そうに、そのネックレスを胸に当てた。
今度は、サクラが小さな袋を差し出した。
「私からも……。」
中に入っていたのは、アイボリー色の手編みのマフラーだった。
玲はそっと首に巻く。
「温かい……。」
その一言に、サクラは安心したように微笑んだ。
「良かった……。」
「ありがとう。手作りのマフラーなんて初めて。一生……大切にするね。」
粉雪が静かに舞い始める。
イルミネーションの光を受けて、白い雪がきらきらと輝いていた。
「玲さん。」
「うん?」
「私……今、とても幸せです。」
玲はゆっくりと頷く。
「私も。」
握り合った手が少しずつ熱を帯びていく。
見つめ合った二人は、どちらからともなく距離を縮める。
初めて重なった唇は、とても優しく温かかった。
◇
――さらに春。
柔らかな春風に乗って、満開の桜が静かに舞い散る。
この学園から新たな未来へ旅立つ卒業生たちを祝福するように、校庭は淡い桜色に染まっていた。
卒業式も終わり、生徒や保護者たちがそれぞれ別れを惜しみながら語り合う中、玲とサクラは校舎裏へ続く桜並木へ足を運んでいた。
サクラがそっと口を開く。
「来月からは……遠距離恋愛ですね。」
その言葉に、玲は静かに頷いた。
玲は如月グループの次期総帥として、帝王学と経営を本格的に学ぶため首都圏の難関大学へ。
サクラは自分の夢である教育の道を志し、少し離れた地方の大学へ進学が決まっていた。
「寂しい?」
「……はい。」
このところ、サクラが遠距離になることに不安を抱えていることを、玲は気付いていた。
玲はそっとサクラの手を握った。
「毎日連絡する。休みができたら、必ず会いに行くから。だから、心配しないで?」
「……はい。」
サクラは涙を拭いながら頷いた。
その日の夜。
自室のベッドで一人、サクラは考えていた。
もちろん、玲のことは信じている。けれど――。
「あんなに魅力的な人だもん。きっとまた、周りに人が集まってきちゃう……。」
それは、玲の将来を考えれば嬉しいことだけれど――。
じわりと、サクラの瞳に涙が溢れる。
不安はどんどん募っていくが、それを玲に言って困らせたくなかった。
「もし、私よりもっと玲さんにふさわしい人が現れたら……?」
――その時、私はどうしたらいいんだろう?
「明日のパーティー、ちゃんと笑えるかな……?」
サクラは、不安を抱えながら眠りについた。
◇
――翌日、都内の高級ホテル。
如月グループ主催の「卒業祝賀会 兼 如月玲 十八歳バースデーパーティー」が盛大に開催されていた。
豪華なシャンデリアが輝く大宴会場には、政財界の関係者をはじめ、多くの来賓が集まっている。
そんな華やかな会場の一角には、玲にとって何より大切な仲間たちが集まっていた。
「如月、十八歳おめでとう!」
タキシード姿の豪が、笑いながら肩を叩く。
「スーツ姿も様になってるじゃねぇか!」
「ありがとう、豪。」
「玲、おめでとう。」
律は穏やかに微笑み、小さくグラスを掲げる。
「離れても、たまにはゲームで勝負しようね?」
「もちろん! その時は負けないから。」
「おめでとうございます、玲。」
絢が優雅に、グラスを揺らしながら微笑む。
「遠距離恋愛だからといって安心していると、僕がサクラさんを奪ってしまうかもしれませんよ?」
「それは困るなぁ。」
玲が苦笑すると、絢も肩をすくめて笑った。
「冗談です。……お二人の幸せを心から願っています。」
「会長。」
少し緊張した様子で、凌が歩み寄る。
「生徒会は……俺たちに任せてください。」
「ありがとう。」
玲は力強く頷く。
「凌くんなら、きっと最高の生徒会長になれるよ。」
「神、おめでとうございます。」
その隣では、ソノが柔らかな笑みを浮かべていた。
「凌くんは……副会長として、私が支えますから。」
「うん、ありがとう。ソノちゃんには本当に感謝してるよ。」
玲は心から感謝を込めて微笑んだ。
そして、玲の隣には――。
桃色のAラインドレスに身を包んだサクラが、少し不安げに寄り添っていた。
「玲さん……。」
「緊張してる?」
「はい……少しだけ。」
「大丈夫。サクラは私の隣にいてくれればいいから。」
パーティーが終わったあと。
玲とサクラは、ホテルのテラスへ向かった。
夜風が二人を優しく包み、街の灯りが宝石のように煌めいている。
「サクラ。」
玲は振り返ると、真剣な眼差しでサクラを見つめた。
「私はこれから、如月グループを背負う立場になる。きっと、不安なこともあるし、楽しいことばかりじゃないと思う。」
「はい……。」
サクラは静かに頷く。
「それでも……どんなことがあっても、私はサクラと一緒に歩んでいきたいと思ってる。そのことを、どうか信じてほしい。」
サクラの瞳が大きく揺れる。
玲は彼女の不安を取り除くように、サクラにだけ見せる極上の優しい笑顔で、ポケットから小さな箱を取り出した。
「本当はちょっと早いかな、と思ったんだけど……。サクラが安心できるように、準備したんだ。」
箱を開けるとそこには、クリスマスに贈られたネックレスとお揃いの、ピンクダイヤが嵌められた婚約指輪が輝いていた。
サクラの瞳が、これ以上ないくらいに大きく見開いた。
そんなサクラの前で、玲は指輪を掲げ片膝をつく。
「お互いに大学を卒業したら、結婚しよう。その約束を、今ここで受け取ってくれますか?」
サクラの瞳から、次々と涙が溢れだす。
「はいっ……玲さん。私で良かったら……喜んで。」
サクラはまだ止まらない涙を拭いながら、一生懸命に返事を返す。
「玲さんには、私の不安も願いも……全部お見通しだったんですね……。」
サクラはふにゃりと泣き笑いをした。
その顔は美しく、どこまでも愛おしかった。
玲はゆっくり立ち上がると、サクラの右手をゆっくり取り、薬指へ指輪をはめた。
月明かりを受けたピンクダイヤが、小さく優しく輝く。
「必ず幸せにするから、もう少しだけ待ってて?」
「はい……。私、玲さんを信じています。そして、私もあなたを幸せにできるように頑張ります。」
二人は見つめ合うと、月明かりの下、唇を重ねた。
それは、これから始まる長い人生を共に歩むための、優しい約束のキスだった。
二人がテラスから会場へ戻ると、入口の前には見覚えのある五人の姿があった。
「おっ、帰ってきた!」
豪が満面の笑みで駆け寄ってくる。
その視線は、サクラの薬指で輝く指輪に向く。
「おおっ! ついに伝えたんだな!」
その声に、律たちも一斉に振り向く。
律は指輪を見ると、ふっと穏やかに微笑んだ。
「婚約おめでとう。玲、サクラ。」
「おめでとうございます。」
絢も優雅にグラスを掲げる。
「その指輪、とてもお似合いですよ。ようやく、本当の意味でハッピーエンドですね。」
「会長、副会長、おめでとう!」
凌は自分のことのように嬉しそうに笑った。
その隣で、ソノも優しく微笑んだ。
「神……。素敵なサクラEndを見せて頂きました。これからも幸せになってくださいね。」
玲は仲間たちを見渡し、胸の奥から込み上げる感謝を噛み締める。
「ありがとう、みんな!」
豪は照れ隠しのように笑いながら、玲の肩を軽く叩いた。
「礼なんていらねぇよ。俺たちは仲間だろ!」
「そうですね。どんな未来へ進んでも、この絆は変わりません。」
絢が静かに頷く。
「うん。また七人で集まろう。」
律も柔らかく微笑む。
「もちろんだ。」
凌も笑顔で答える。
ソノも小さく頷いた。
「約束です。」
玲はサクラと顔を見合わせる。
そして、二人も笑顔で頷いた。
あの日、生徒会室で始まった出会い。
修学旅行で交わした告白。
すべてが今日、この瞬間へと繋がっていた。
桃色のお守りが結んだ恋は、 やがて二人の未来を結ぶ永遠の約束へと変わっていく。
可憐な少女と歩み始めた未来は、 数え切れないほどの笑顔と涙、そして幸せを重ねながら、明日もその先も続いていく――。
サクラEnd『桃色のお守り〜可憐な少女と掴む未来』
Fin.




