02 人間
一応は魔王に協力をすることに変わりはない。
だからグレイスはまず、森に戻る途中で見かけた人間を排除することにした。
一人の時は、体から木をはやしてみる。二人の時は蔦で縛って地面に飲み込ませる。十人いた時は、近くの森にいた獣達に手伝ってもらって食べさせたりした。逃げ出した二人は毒沼に入れてあげた。
「……本当に人間って強くなるの?」
「グレイスがそれ以上に強いだけかもしれないわ」
「そう?」
杖を軽く振るっただけで、人間達は次々といなくなる。
さすがにつまらなくなったからもっと人間が良そうな場所に寄って、逃げ回ったり剣を向けてきている人間を相手にしたがすぐにいなくなった。
ここは人間の村だとザリティアは言う。開けた場所にいくつもの家、だった場所。今や木々が茂り、物静かな森へと変わった。
匂いにつられて獣や獣に近い魔物が集まり、貫かれている物言わぬそれを丁寧に食している。
皆お腹が空いていたのだなとグレイスは思いながら、杖を振るい、いつもの果実を実らせた。一つは自分に、もう一つは一緒にいるザリティアに。
「はい、ザリティア。一緒に食べましょ?」
「ありがとう、グレイス」
大きな木の根元に並んで座り、つやつやの赤い果実をかじる。途端に弾ける果汁に、グレイスは小さな舌で唇を舐めた。
「……たぶん、この果実のせいかも、だけど……」
隣でザリティアが小さく呟いたのが聞こえた。一体どういう意味なのか聞こうとしたら、それよりも先にザリティアが言葉を重ねた。
「そうそう、人間の中から此度の勇者が選ばれたそうよ」
「……勇者?」
「ほら、言ったでしょ? 魔王様をいつも倒す人間」
そういえばそんなことを聞いたなとグレイスは小さく頷き、そして頭を傾げた。
「……そう言えば、どうして魔王は勇者に倒されるのかしら?」
「分からないわ」
ザリティアでもそれは分からないことにグレイスは内心小さく驚いた。
揺れる森の木々の葉を見上げているザリティアは語る。
「いつの時代も、魔王様は世界を欲しがって。そしていつも勇者に倒されてしまったわ」
「世界って何なのかしら?」
「さあ?」
困ったように肩をすくめたザリティアは、赤い果実を食べることを再開する。グレイスもそれ以上何も答えがないことが分かり、同じようにそろって食べ進めた。
二人がようやく食べ終わり、グレイスが出した水の球で手を洗っていた時、グレイスはその存在に気付いた。
「見て、ザリティア」
「何? あら」
グレイスが見つめる先をザリティアが見て、そして大袈裟に驚いたような声を零した。
そこには木の陰からこちらを見ている小さな子供の姿。どうやら一人だけ免れたらしいが、衣服はどこか黒ずんでいて、あちらこちらに痛そうな傷を負っている。
「かわいそうに」
「どうするの?」
「どうするって」
グレイスは心の底からかわいそうだと思った。だから、とグレイスは杖を振るう。
木々の枝が子供に伸びる。枝はまるであやすように子供の頭を撫でるように触れた。子供はぱっと表情を明るくする。
そして、地面から伸びた根に巻き付かれ、下へと飲み込まれていった。
「一緒の方が、さみしくないでしょ?」
「優しいわね、グレイスは」
「ふふっ」
グレイスはザリティアの温度の無い言葉に機嫌を良くする。
さて、これからどうしようかなとすっかり綺麗になった場所には目もくれず、体を浮かせた。
❖❖❖
ザリティアが落ち着かなくなったと思ったら、こんなことを言った。
「ねぇ、グレイス。ちょっと寄りたい場所があるのだけど」
「良いわよ。けど、どこ?」
森には早く戻りたいなとグレイスは素直に思っているが、今のところ森は平穏なので急ぐ必要はなかった。だからグレイスはザリティアのお願いを素直に聞き入れた。
「あの山の向こうなんだけど」
ザリティアが指し示す方向には小高い山が一つ。あの山の向こうにも人間がたくさんいそうだった。
そういえばザリティアは人間を食料にする魔物だ。もしかしたら果実以外も食べたくなったのかもしれない。
そう思ったグレイスはすぐに頷き、飛ぶ方向を変えてザリティアの案内のもと、山を一つ飛び越えた。
山の向こうには村よりも大きな人間が集まっている場所があった。
「たくさんいるわ」
「そう。町よ」
「そうなのね」
集団の大きさによって呼び方は変わるらしい。
グレイスは少し先に飛ぶザリティアの背中へ、やっぱりすごいなと見つめた。
ザリティアはそんなグレイスの視線なんて気づかずにどんどんと町の隅を目指し、そしてようやくその場にとどまった。
「あそこにいる人間。彼が、そうなの」
ザリティアは欲しい人間がいると言っていた。なるほど、ザリティアはその人間に会いに来たのだとグレイスは納得したが、どうしてかザリティアはその場にとどまったまま翼をゆっくりと動かすだけだった。
「会いに行かないの?」
「今は駄目よ。他の人間達にバレちゃう」
ザリティアが見つめる先を見る。そこには一回り大きな人間と、どうしてかその人間から逃げようとする大小様々な人間達。その中には石を投げつけている人間もいた。
「何であの人間から皆、逃げるの?」
「違うから、らしいわ」
「違う?」
グレイスはザリティアの言っている意味を正しく理解出来なかった。
「けど、あれは人間よ?」
「ええ、人間よ。けど、人間は少しでも違うと排除するのよ。同じ人間なのに」
「縄張り争いとも違うのよね」
「ええ、そうよ」
縄張り争いや、王の争いとかであればグレイスは理解が出来た。何せ森の中でも時折獣達が行っているからだ。確かにたまに群れから追い出される獣もいるから、それに近いかもしれない。
けども、だ。
あんなにも大きな人間に対してすることではないなとグレイスは素直に思う。
見るからに王に向いている体格を有しているのだ。であればむしろ従うべきところをどうして排除しようとしているのか、グレイスには理解が出来なかった。
「さ、行きましょ」
ぼんやりとザリティアの隣で飛んでいると、人間はいつの間にか町の外へと出て近くの森の中に入っていったのが見えた。
グレイスはザリティアに促されるがままに、入っていったその先へ向かうザリティアの後に続いた。




