05 今日も今日とて
あれから指折りにゼインが森に来るまでの過ぎ去る日を数えるようになった。
十日が過ぎる前に来るときもあった。三十日を過ぎ去る時さえもあった。そしてやってくる時は必ずゼインだけではなく、他の人間達も一緒だった。
来るのはゼインだけの方が良いけども、きっとそれはゼインにとって良くないことなのだ。それに、あの時のようなことに危ない目にあわせたくはなかった。
「ゼイン、もしかしておっきくなった?」
「もう前からグレイスの背よりも大きくなりましたよ」
「そう?」
そうしてどれほどの月日は過ぎたか。グレイスは正しくは分かっていない。ただふと、いつの間にかゼインを見上げることが多くなったことに今更ながらに気付いた。
「どうしましたか? グレイス」
出会った時、ゼインはグレイスよりも少しばかり低かった。けども今となってはゼインはグレイスよりもずいぶんと大きくなり、帽子の大きなつばが邪魔になるほどだった。
だから最近、ゼインと話をするときは帽子を外し、隣り合って座って話をすることが多くなった。
そうかだから気づくのに遅れたのかとグレイスは知った。
ゼインは出会った時と変わり、ずいぶんと柔らかくて、甘いあの赤い果実のような微笑みを浮かべるようになった。真ん丸の青い瞳も、今やずいぶんと涼やかな目元へと変わった。
けども、だ。
「ううん。姿は違うけど、髪と目は変わらないわね」
ゼインの青い瞳の色、そして灰混じりの銀の髪は、あの頃から何一つ変わってはいなかった。
「私、この色好きよ。きらきらしてるわ、とっても」
まるで星の瞬きのような色だとグレイスは思った。
だから毎夜、夜空に浮かぶ星を見つめてはゼインのことをいつも考えていた。
次はいつ来るのだろうか。どんな話を聞かせてくれるだろうか。お腹は空いていないだろうか。
少しは、この森のことを考えてくれているだろうか、なんて。
「……グレイスの、髪も……とても美しいです。もちろん、瞳も」
何故か、ゼインは大きく顔を逸らしながら言う。
どうしてそんな反応をするのかグレイスには分からないものだったが、ゼインに美しいと言われたことが嬉しくてグレイスは大きく体を左右に揺らした。
「うふふっ……!」
「あ、冗談ではありませんからね。本当に、美しいと思っていますからね」
「ええ、分かっているわ」
慌ててさらに言葉を重ねてくるゼインがおかしくて、グレイスは肩を大きく揺らす。今度は不満げな顔を見せてくるゼインに、グレイスは目を細め、いつものように強請った。
「ねぇ、今日もお話聞かせて?」
「もちろん」
するとゼインはぱっと輝く笑顔を浮かべ、森の外のことを話し始めた。
❖❖❖
グレイスは森の外に出たことがない。必要が無いし、そもそもとしてグレイスはこの森を守る為の存在なのだから出る、ということは思いつかなかった。
それは今も変わらないものだ。
こうしてゼインが外について話をしてくれるが、グレイスは楽しげに話すゼインを見たいが為に話を聞き流すことがほとんどだった。
ゼインはどうやらいろいろと勉強をしていて、さらには強くなるために剣や魔法の使い方を学んでいるようだった。
「あそこにいる青い髪の彼、分かりますか?」
「ええ、いるわね」
「今はあの者に剣を教わっているんです」
重そうな鎧を身にまとった人間の男。腰には大きな剣を下げている。
他の人間達よりも強いのはすぐに分かったが、それでもグレイスの敵ではない。
「グレイスは……、他の者とも話をしてみたいですか?」
「え、なんで?」
「その、僕だけの話ではつまらないんじゃないか、と……」
ゼインは何故か、そこにいる男を気にするように何度も視線を外へと向けている。
どうしてそんなことを言い出したのか分からず、グレイスは大きく首を傾げれば、帽子が大きくずれてきた。グレイスはすぐに帽子を元の位置に戻し、次に両手を伸ばしてゼインの顔を挟む。
ゼインの肩が大きく跳ねたが構わず、グレイスはゼインの顔を覗き込んだ。
そらしてはいけない。こちらを見ろ、と言うように。
「私がここに来ることを許しているのはゼインだけよ? あそこにいる人間達なんて本当は追い出したいのを我慢しているくらいだわ」
グレイスが魔法を使わずにちょっとでも願ってしまえば、森はグレイスに応えてくれるだろう。獣達はあの人間達に牙と爪を向けるだろう。木々は大きく葉を揺らし、暗く陰り、迷わせるだろう。
けれどもしないのはゼインの為だ。
そうしてしまえば巡り巡ってゼインが悲しむ。だからやらないとグレイスは決めている。
「僕だけ……」
まるで、夢を見ているかのようにゼインは呆けた顔をして呟いた。
満面の笑顔を見せてくれるはずだと思ったのに、どうしてか違う反応を見せてきた。
ゼインは本当に面白い。いつもグレイスが考えもしなかった反応を見せてくれるし、何でも話してくれる。それにきらきらとしていて綺麗なのだ。この森の中に閉じ込めてしまいたいほどに。
「そうよ、ゼインだけ」
グレイスは微笑みを浮かべ、ゼインに囁く。
こちらを見ていた男が何を思ったのか近づこうとしている姿が見え、グレイスはぱっとゼインから手を離した。
「ねぇ、ゼイン。お腹すいていない?」
「え、あ、はい。ちょっとだけ」
ゼインは何度も目を瞬き、ほんの少しだけ肩を落としながらも頷く。グレイスは変わりにふふ、と笑みを零して傍らに置いていた杖を手に取り、小さく揺らした。
今日も美味しそうな、つやつやの赤い果実だ。グレイスよりも背が高くなったゼインがいち早くに動き、樹木に恭しく頭を下げてから赤い果実をもぎ取った。




