04 過ちと決意
ゼインはすぐにやってきた。
十回くらい太陽が過ぎ去った気がするが、それでもグレイスにとっては瞬きの時間だった。
再び森へとやってきたゼインは一人ではなかった。大きな人間達と共に森の入り口までやってきた後、ゼインだけ奥へと入ってきた。
あのゼインが連れてきた人間達はとても良い者達のようだ。今後は間違えて追い出さないようにしなければ、と思っていたがどうやらゼインの顔はどこか暗かった。
「どうしたの、ゼイン。そんなお顔して」
「……グレイス……」
またあのきらきらとした笑顔が見られると思ったというのに、ゼインはどうしてかその笑顔とは程遠い顔をしていた。
グレイスはむむ、と顔をしかめてゼインの顔を覗き込んだ。
「お腹すいた?」
もしかしてまたお腹が空いたのかもしれない。
そう思ったグレイスは大きな杖を大きく揺らす。そしてまたあの赤い果実を実らせる。グレイスは手を伸ばして一個だけをもぎ取り、礼を言う。
伸びた枝の先にある葉が嬉しそうに揺れた。かわいい仕草にグレイスは思わず微笑みを浮かべ、そしてすぐに赤い実をゼインに差し出した。
ゼインはずっと暗い顔のままだったがちゃんと受け取ってくれた。
近くの木の根に並んで座り、グレイスは赤い実を半分くらいまで食べたゼインにようやく声をかけた。
「おいしい?」
「……はい」
ゼインの言葉に嘘はないように聞こえた。けども、全くおいしくなさそうな顔をするものだからグレイスは頬をつい膨らませた。
どうしたのだろうか。どうしてそんな、暗い顔をし続けているのか。グレイスはあのきらきらとした笑顔が見たいだけなのに、どうして。どうやったら見られるのだろうか。
「ぼくは、ずっとここにいたいです」
うんうんとグレイスが頭を悩ましていると、ゼインがぽつり、とそう言った。
それ以上言わないゼインに、グレイスは一つ頷いた。
「うん、分かったわ」
「……良いんですか?」
「ゼインはここにいたいのでしょ?」
いたいと言った。ならば受け入れるのがこの森だ。荒すのであれば話は別だが、ゼインは荒さない。それにきらきらとしていて、グレイスはいつまでも見ていたかった。
だから受け入れないなんてことは絶対になく、ゼインのお願いはむしろグレイスにとっては喜ばしい事だった。
それに、あんなに暗かったゼインが明るくなった。
つまりはこれが良いことだ。
「はい!」
そして元気なゼインの声に、グレイスは大きく頷いた。
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これは良い事だとグレイスは思っていた。
けども、どうやらこれは駄目なことだったらしい。
「グレイス!」
ゼインがグレイスの前に出てきた。そのせいで放とうとした魔法で作り上げた風の刃が大きな人間達から大きくそれてしまった。
「危ないでしょ、ゼイン」
森の奥深くまで入ってきた人間達は森を荒すことはしなかった。代わりにどうやらゼインを狙ってここまでやってきたらしい。
ゼインはここにいたいというのに、なんてひどい人間達なのか。
時折森を荒しに来る人間達よりもずっと強くてしぶといが、グレイスの敵ではなかった。とはいえ、ここはグレイスが守る場所である。グレイス自身が荒すわけにもいかず、本当の力の一部分しか使えないのがもどかしい。
グレイスは大きく杖を振るおうとすると、ゼインが杖に抱き着くように止めてきた。
「ごめんなさいっ……、ごめんなさい、グレイスっ……」
「……ゼイン?」
目の前の人間達からゼインへと視線を向け、グレイスは驚きのあまり動きを止めた。
綺麗な青い瞳が溶けてしまいそうだと思うほどに、大粒の涙をこぼしていた。
「ぼくが……、ぼくのせい、なんです。逃げようとしたから……」
逃げようとした。とはつまり、安心できない場所だったからという意味ではないのか。そしてこの森が安心だからと逃げ込んだのではないのか。
グレイスには分からないことだった。
ただ、これだけは分かった。
この状況は、ゼインにとって、望んでいない状況なのだと。
「ごめんなさい……グレイス。ぼくは……」
ひく、ひく、と小さなひゃっくりをあげて泣くゼインに、グレイスは杖から片手を離し、涙にぬれる顔をぞんざいに拭く。
なんと言っていいのか分からず、とりあえずとグレイスはゼインに正直に言うことにした。
「よく分からないけど、今のゼインはちょっとかっこ悪いわ」
こぼれていた涙はぴたりと止まった。そしてさらに瞳は見開かれ、今度こそ落ちてしまいそうに思えた。
落ちてこないとは分かっていても、グレイスはついつい落ちないようにとゼインの目元に手を伸ばし、そっと瞼に触れた。
「けど、さっきの。危なかったけども、かっこ良かったわ」
指先で軽く瞼を撫でながらグレイスが言えば、ゼインは大きく顔をしかめてしまった。
良くないことを言ってしまったのだろうか。なんていう心配をしてしまうグレイスに対し、ゼインは恐る恐る、とても慎重にグレイスに問いかけてきた。
「……グレイスは、かっこ良いのが好き、ですか?」
「そうかもしれないわ」
かっこ良いときらきらして見えるから、きっと好きだ。
グレイスが頷くと、ゼインも何故か大きく頷いた。
「分かりました」
「ゼイン?」
何が分かったのか。
グレイスが今、持っている理解力では到底ゼインが考えていることなんて一欠片も知ることが出来なかった。
「帰ります」
「もう帰るの?」
「はい。戻って、まずは安心させないといけませんから」
そして帰ると言うのだ。
何故そんな、いきなりさびしいことを言ってしまうのかグレイスには何一つだって分からなかった。
ゼインは妙に決意に満ちた表情を浮かべ、ふっとようやく笑った。
「ごめんなさい、グレイス。また、来ます。絶対に」
「絶対よ。ちゃんと待っているから」
「はい」
小さな小さな口約束だ。
けどもゼインは絶対に破らないと、グレイスはそう信じていた。たった、数回しか会っていない人間だと言うのに。本当におかしなことではあるが、それはゼインがゼインだからだとグレイスはそう理解した。
そして、ゼインは人間達と森を出ていった。
いつもと変わらない、平穏で美しい森。であるはずなのに、グレイスは大きな木の根元に小さく膝を抱えて座りこみ、ぽつり、と呟いた。
「……静か」
光も、獣も、全てが変わらない。はず、だった。
どうしてか、ゼインがいなくなった途端、いつもよりもずっと森は静まり返っていたのだった。
早く、早く来ないだろうか。
グレイスはこの日から、指折り日を数えるようになったのだった。




