06 魔王
下に降りると同時、金の髪の雌を中心に、グレイスが赤い実を与えなかった人間達が剣や拳を向けてきた。
「あれぐらいなら僕が片付けるけども」
「駄目よ。ゼインが殺しちゃ駄目って言っているんだもの」
「そうだったね」
ワイバーンに乗ったままのマーカスはグレイスに止められても尚、鋭い視線をその人間達を見つめている。そしてしっかりと、ザリティアを抱えている。ザリティアは不愉快そうに黙って人間を見つめ、大人しくしていた。
そんな中、グレイスは全てを無視してゼインの元へと駆け寄った。
「ゼイン。見ていたわ」
「はいっ……。どう、でしたか……?」
「とっても、とってもきらきらしているわ! 私が求めていた以上に!」
グレイスは息も絶え絶えのゼインに抱き着き、そのまま全てを回復させる。ついでに、血に濡れた服を綺麗にする。
ゼインは少しだけ青い瞳を丸くしたが、すぐに目を細めて片膝をついたまま頭を下げた。
「結局、手を借りてしまいましたね」
「私が勝手にした事よ? ね、怒らない?」
「どうしてです? ああ、そうですね。それなら二人の傷を癒してください」
「分かったわ!」
怒る代わりにと、急かしてきたゼインに、グレイスは素直に頷いて大きく杖を振って細身の男と赤い髪の女を回復させて、同じように綺麗にしてやった。
細身の男はすぐに他の人間達から距離を取る為にゼインの元へと駆けだし、近くにいた赤い髪の女は迷わずに金の髪の雌へとナイフを向けた。
「何を、なさっているのか分かっているのです?」
「そっちこそ、何をしていたのか分かってんのかい?」
金の髪の雌と、赤い髪の女が言い合う中、ゼインは一切そんなものを気にせずにグレイスに微笑みかけた。
「グレイス。次の提案なのですが」
「次?」
「はい」
まだ何か考えているらしいゼインの言葉に、グレイスは胸を躍らせると、何故かまた抱き上げられた。
全く嫌なことではないので、ゼインの好きなようにさせていたらゼインはそのまま悪趣味極まりない椅子にそのまま腰掛けた。
「ゼイン様?!」
金切り声をあげた金の髪の雌に、ゼインは口に立てた人差し指を添えた。
「少し、静かにしてほしいな」
ほんの少し、重たい声だった。いつの間にそんな声も出せるようになったのかとグレイスは若葉色の瞳を丸くして輝かせる。
「考えていたんです。どうしたら、グレイスがずっと僕を見てくれるのかと」
「そうなの?」
「はい。それで、思ったんです」
そんなグレイスの様子を見たゼインは困ったように微笑み、暖かなひだまりのような声でグレイスに語る。
グレイスはうんうん、と頷き、ゼインを声を聞き逃さないようにしっかりと耳を傾けた。
「グレイスは、僕のきらきらを見るのが好きなのですよね? だから、ずっとそういれば良いと思ったんです」
「そうなの?」
「はい、だから」
ゆるり、とゼインの青い瞳が細くなる。
「僕が、次の魔王になれば良いのではないか、と思ったんです」
青はどこまでも澄んでいる。濁りのない輝きにグレイスは眩しさを覚えた。
「ほら、そしたら強いものがやってきて、僕に戦いを挑むでしょう? そしたらグレイスの望むきらきらを見せられるなと思ったんです……けど」
「とっても良い提案だわ! ゼイン!」
全くもって、グレイスには思いつかなかったことだった。別にいつもそこにいてくれるだけでゼインはきらきらとしているわけだが、今後も強いきらきらを見せてくれるとのことだ。
本当に、なんてかわいい人間だろう。
途中、不安がるところなんて本当にかわいい。けどもそんな不安がることなんて一つもないのに、困った子だとグレイスはゼインの頬に触れた。
「けど、ゼイン。私の記憶を見たのに、何も分かっていないのね」
「グレイス?」
「私、ゼインのことを愛しているのよ? 側にいてくれないと嫌よ?」
グレイスはゼインを愛している。
これは、何一つ変わっていない事実だ。そして、今後ともに変わることはない。つまり、ゼインが無茶するほどに強いきらきらを見せる必要は皆無なのだ。
細くなって見えにくくなっていた青い瞳が今度は丸くなる。
ふらふらとしばらく動き、最後はグレイスを見つめていた。
「僕も愛しています、グレイス」
「うふふっ……!」
ただの言葉であるが、愛していると直接言われるだけで魔法を使わずに空に飛べそうな気分になる。
これが幸せというものだ。なんて心地が良いのだろう。
そして、グレイスは逆に提案する。
「ねぇ、ゼイン。それならこんな暗いお城よりも、明るいお城にしましょ? ゼインはきらきらなんだから、光がいっぱいのお城が似合うわ」
「良いですね。光がたくさんの城」
「ええ、ゼインは私の光だもの。植物は光がなくちゃ育たないでしょう?」
ゼインにこの城は似合わない。確かに、ゼインのきらきらがよく目立って良いのかもしれないが、あまりにも暗すぎるし、こんな所ではグレイスの森が育ちにくい。
それであれば光が溢れる場所が良い。ゼインのきらきらが目立ちにくいかもしれないが、それはグレイスだけが知っていれば良いことだし、やはり一番似合う場所だとグレイスは思っている。
それに、その光の中であればもっと、もっと、大きく成長できるような気がするのだ。
と、ゼインは何故か片手で自分の顔を隠してしまった。
一体どうしたのかとグレイスはゼインの顔を覗き込んだ。
「ゼイン?」
「何でもありません」
耳を薄らと赤く染めているゼインは誤魔化すように、手をどかして綺麗に微笑んだ。
「それならちょうど良い城を知っていますよ、グレイス」
「そうなの?」
「僕の国のお城なんですけども、どうです? あそこならばグレイスの森の近くですよ」
「とっても良いわね!」
やはりゼインの提案は素晴らしいものばかりだ。
確かにあの場所ならば森が近くで移動がしやすくて、明るい場所だった。それにゼインの生まれ育った場所だ。そこ以外に良い場所なんてない。
それならばとグレイスはほんの少しだけ困ったように眉を歪めた。
「それなら人間は綺麗にしないとだわ。面倒だけど」
「せっかくなら森にしていただけませんか?」
「そうね。ああ、でもちょっとは家を残しておこうかしら。案外便利だったもの」
マーカスが用意してくれた家はなかなかに便利だった。
いつも魔法を使って雨から濡れないようにしていたり、風をしのいでいたがそんなことはしなくても良かった。
どうせならば他の獣や魔物にも使ってほしいくらいだったから、人間だけを排除して家はそのまま使おうとグレイスは決めた。
やり方はゼインと、それからマーカスに聞こう。魔女のグレイスよりも、人間のゼインと元人間のマーカスの方が良く知っているから。
これからだ楽しみだとグレイスは小さく足をゆらゆらと揺らす。
そんなご機嫌なグレイスを見つめていたゼインはふい、と顔を上げてあのグレイスが赤い実を差し出した人間達へと声をかけた。
「マヤ。ベンジャミン。どうする? 今なら見逃すよ」
マヤと呼ばれた赤い髪の女は、大きく肩をすくませて呆れたように息をつく。そしてベンジャミンと呼ばれた細身の男は対して驚いたように肩を小さく跳ねさせた。
「ついて行くに決まっているだろう? こうなったらとことんついて行くさ」
「と、当然、ついて行きますとも!」
「本当に? 僕は自国を亡ぼすと言う話をしているんだけども」
背もたれに深く寄りかかったゼインに、マヤはすぐに答えた。
「前に言っただろう? あたしが欲しいのは、絶対的に強い立場だって」
「そうだったね。ベンジャミンは?」
マヤが欲しがっている報酬が変わっていないことに、ゼインは機嫌を良くする。続けてベンジャミンに問いかければ、ほんの少し口元を緩めてベンジャミンは言う。
「……そ、その。禁書とかは」
「うん、見せてあげるよ。それにたぶんだけども、今はグレイスもいるからきっといろいろと教えてくれるよ」
「ゼイン様について行きます……!」
多くの魔法に触れたいと願っているベンジャミンにとって、迷うことではないものだとゼインは理解していた。
素晴らしい返答をしてくれたマヤとベンジャミンに対し、優雅に微笑みを向けるゼインは、続いてワイバーンに乗ったままのザリティアとマーカスへ視線を向けた。
「そういうことだから、出来れば手を貸してくれると助かるんだけども」
「安心してちょうだい。元からそのつもりよ。ね、マーカス」
「そうだね。これからはゆっくりと森で過ごせそうだ」
ザリティアとマーカスはむしろ、何故断る必要があるのかと言わんばかりに答えた。むしろゼインが心配しそうになるほどだったが、それならばと早速、グレイスのようにお願いしてみることにした。
「それじゃあ、まず手始めに頼んでも良いかな」
「何なりと。我らが光の魔王よ」
恭しく、少しわざとらしくいうマーカスにゼインは困ったように笑う。マーカスも分かっていてやっているのは口元の笑みですぐに理解が出来た。
マーカスとは仲良くやっていけそうだとゼインは確信しながら、そこでようやくその人間達へと無感情に目を向けた。
「あれ、片付けてくれるかい?」
ワイバーンの咆哮が轟く。周囲には今か今かと待っていた魔物達が一斉に姿を見せる。
金の髪の雌のおかげで回復はしていただろうが、一体どれほど耐えきれるか。
しかしゼインの興味はもう目の前のそれらには無く、すぐに腕の中にいるグレイスにしかなかった。
「グレイス。これから何をしましょうか?」
「ゼインのお話を聞きたいわ」
「分かりました。僕の魔女様」
ゼインはグレイスの小さな手を取り、キスを贈る。グレイスはくすぐったそうに肩を揺らし、お返しにとゼインの額にキスを贈った。
咆哮と絶叫。鉄に濡れた赤。
その中で、魔王と魔女の場所は穏やかな時が流れていた。




