05 赤い果実
無駄に大きな椅子。様々な色付きの石と、金で飾られている。マーカスが座ってもあまりあるくらいのそんな椅子に座るの魔王だった。
最初に出会った時と変わらずにいる魔王はゼインに抱えられいるグレイスを見る。
「裏切ったか」
「どうして?」
「何故、勇者と共にいる」
「ゼインと一緒にいるだけよ?」
確かにゼインは勇者と呼ばれているが、グレイスにとってゼインはこの人間だけだ。だから魔王の言い分は、グレイスにとってはただの戯言に過ぎなかった。
「そうか」
魔王はそれ以上何も言わず、手を軽くあげた。
前も、それを見たことがあるものだった。
だからグレイスは瞬きと同時に、魔王の鋭い風を防ぐ透明な壁を作り上げた。
「申し訳ありません。お手数をおかけしました」
「違うわ。ザリティア達が危なかっただけだもの」
謝ってくるゼインに、グレイスはすぐに否定した。
ゼインだけだったらこんなことはしなかった。なにせあの風は、グレイスの髪を切り落としはしたが体には何一つ傷をつけられなかったのだから。
ゼインはすぐにグレイスを恭しく下ろし、片膝をついた。
「では、グレイス。見ていてくださいね」
「ええ、楽しみにしているわ」
またゼインの前髪あたりを撫でて、マーカスに支えられているザリティアとワイバーンの元へと急いだ。
「どうしたの?」
「ど、どうしたのじゃないわよ……!」
「腰が抜けてしまったらしい。ほら、お前、ザリティアを乗せてくれ」
マーカスは困ったように笑い、ワイバーンの背中にザリティアを乗せ、続いてマーカスも乗った。
やっぱり、マーカスはちゃんと分かっている。これから何が起きるのか。
小さく頷いたマーカスに、グレイスも頷き返して中に体を浮かせる。
「お外に行きましょ」
「え、外って。きゃあ!」
ワイバーンはマーカスの指示に従い、近くの大きな窓硝子を割って外へと出る。続いてグレイスも外に出ると、同時、城の屋根が大きく吹き飛んだ。
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グレイスはうっとりと、赤い血に染まっているゼインを見下ろしていた。
「すごいわ。本当、あんなにもきらきらするのね」
「グレイス殿が見たかったきらきらに彼はなっているのかな?」
「ええ、もちろん!」
ゼインは血に濡れながらも、銀の剣をひるがえし、果敢に前へと出ていく。他の人間達はその後ろにいて、魔王へと攻撃をする。
だがその攻撃の手はどこか弱い。先ほどグレイスを相手にしていた時よりも明らかに手を抜いている人間がいる。もちろん、全員ではなかった。
細身の男と赤い髪の女は、残りの人間に何かを言いながら必死にゼインの助けになるように立ち向かっていた。
とくに赤い髪の女は近距離で戦うやり方だ。一番血に濡れていながら、虫達のように動き回っている。それを助けているのは細身の男だ。何度も壁を作ってはゼインと赤い髪の女を守り、身体能力をあげる魔法を繰り返し使っている。
おかげでゼインの動きはより、鋭くなっている。もっと、もっと。さらに速く、力強くなっていく。けども、赤い髪の女と細身の男は、そろそろと限界なのをグレイスは気づいていた。
「ね、マーカス。あの赤い髪の女と、細い男。どう思う?」
「良いと思うよ。ザリティアは?」
「敵にならないなら何でも良いわ」
マーカスは快く頷くが、ザリティアは興味なく肩をすくませた。
対照的な反応ではあったけども否定的なものではなかった。だからグレイスはすぐにまずは、細身の男の前へと移動した。
「ひぇっ」
小さく、高い悲鳴を上げた細身の男に、宙に飛んだままのグレイスは微笑みかける。
「食べる? 食べない?」
片手には大きな武骨の木の杖。反対側には手には先ほどゼインにあげた小ぶりの赤い果実。
それをグレイスは差し出す。
細身の男はグレイスの背中で行われている戦いを見て、グレイスを見て、そして最後に赤い果実を見て、大きく喉を上下させた。
「食べます!」
大きく返事をした男の手に、グレイスは赤い果実を落とした。
そして次に赤い髪の女の元へと移動する。
ちょっとだけ狡いことをだったが、魔王の近くにいた為、その首根っこを杖の先でひっかけてから後ろへと一緒に移動させたのだ。
「な、何っ?!」
「食べる? 食べない?」
猫のように体をしならせて逃れた赤い髪の女に、グレイスはまた同じように小ぶりの赤い果実を差し出して問いかけた。
赤い髪の女は、グレイスと赤い果実を見て、すぐに頷いた。
「食べるに決まっているよ!」
細身の男よりも早い決断を下した女は赤い果実を受け取り、一口で食べながら、戦いの中へと身を投じた。
より速く、より素早い動きで。
「ふふっ、ゼインに怒られちゃうかしら」
グレイスは笑いながら、また上空へと戻っていく。
眼下での戦闘はより激しさを増していっている。その要因の一つとなっているグレイスは、より笑みを深めた。
「ねぇ、グレイス」
「なぁに、ザリティア」
「あの果実って、グレイスの力の一部じゃない?」
「そうね」
「人間に与えても平気なものだったの? 今更だけど。ほら、私は魔物だし、マーカスは元人間だからおかげで力は強くなったわけなんだけど」
ザリティアの素朴な疑問に、グレイスはくすぐったそうに笑う。
本当に今更な問いかけだったからだ。
「別に最初から、私の力を渡していたわけじゃないわよ?」
「確かにそうね。最初の果実は、力がたくさん回復しただけで強くなったわけじゃなかったし」
グレイスは、グレイスが与えている赤い果実が何かをちゃんと知っている。
この赤い果実は与えたものの力をより強くする。具体的な強さは食べたもので変わってくる。
例えはザリティアは人を操る力を得たし、夢への介入が容易くなった。マーカスは純粋に力が強くなったし、ワイバーン以外の魔物や獣の大半を従わせられるようになった。
いつからかはグレイスは分かっていない。ただ、今は分かっている。その理由も。それだけで十分なことだった。
「私ね、たくさん知ったのよ」
「そうね」
「ええ、知ったの。きっと、これからも知っていくわ」
若草色の瞳が細くなる。ぐるり、と昏い色が混ざる。
「知識は、そういうものでしょう?」
ふふっ、と笑うグレイスにザリティアは納得したように頷いて、困ったように笑った。
「そうだけど。それはそれとして、グレイスはグレイスのままじゃないと寂しくなるわ」
「もちろんよ! ザリティアもザリティアのままでいてちょうだいね!」
「当たり前じゃない」
ぱっと、昏い色が消えた若草色の瞳を瞬かせ、グレイスはザリティアに抱き着いた。ザリティアは優しくグレイスを抱きとめる。
すっかり慣れ親しんだ抱擁に、グレイスは頬を染めてさらに腕の力を強くした。
「……グレイス殿、ザリティア。邪魔をして悪いけども、そろそろと決着がつきそうだよ」
小さく咳払いをした後、マーカスが遠慮気味に名を呼んで下の様子を教えてくれた。
グレイスはすぐさまにザリティアの腕から離れて下を見る。
と、まさにちょうど良いタイミングで、ゼインの剣が魔王を貫いたところだった。
魔王の体から黒いものが溢れ出す。上空まで魔王の咆哮が轟き、大きな音と共に魔王の姿は散った。
「ああ、ゼイン。ゼイン。ゼイン……! とってもきらきらしているわ、ゼイン!」
ゼインはその場に片膝をつきながら、上空にいるグレイスを見上げる。遠くて良く見えないが、確かに笑っていることをグレイスは分かっていた。




