04 提案
ゼインが記憶写しの魔法を解く。
途端、周囲が動き出す中、まだゼインの腕の中にいるグレイスは目隠しの魔法を解いて、裏にいたザリティアとマーカス、そしてワイバーンへと目を向けた。
「魔王のところに行きましょ!」
「ちょっとどうなってるのか分からないんだけど!」
「後で言うわ!」
驚いた拍子にマーカスに抱きついているザリティアの姿を見て、おそろいだとグレイスはくすくと笑った。
「挨拶してもよろしいですか? 今までの感謝を伝えたいので」
「ええ、分かったわ」
グレイスが頷けば、ゼインは柔らかく微笑んだ。それがまた嬉しくて、グレイスはゆるゆると笑みを深めた。
「ゼイン、様……?」
そんな、心地の良い時間を邪魔する声が聞こえた。
すぐに立ち上がったゼインはグレイスを背中に隠すように押しやる。今の声は誰だとグレイスは足元に置いた杖を急いで拾い、ゼインの後ろから覗き込んだ。
そこには回復したらしい、あの金の髪の雌がいた。
「何かな」
「何を、なさっているのですか?」
金の髪の雌が両手を強く握りしめ、ゼインを見つめる。そして、ゼインの後ろから覗き込んでいたグレイスへと視線を落とした。
「そこにいるのは、我々の敵なのですよ!」
「敵か。確かに見ようによってはそうだけども、僕達を導いてくださったお方だよ」
「何をおっしゃっているのですか、ゼイン様」
発せられた金切り声に、グレイスは思わず片耳を抑えた。
金の髪の雌の後ろから人間が一人、また一人と増えていく。どうやら全員、この雌によって回復したらしい。後は与えた回復薬も使ったようだ。
「何故、魔女がここに。いつから我らを騙して」
青い髪の人間が剣の切っ先を向けてくる。他の人間達もそれぞれ武器をゼインの後ろにいるグレイスに向けてくる。
困ったなとグレイスは軽くゼインの袖を引っ張った。
「ねぇ、ゼイン。この人間達はいるの?」
「はい、いります」
「そうなのね。けど、攻撃してきそうよ?」
「……そうですね。グレイス、あの果実を賜りたいのですか。小さい、一口で食べられるくらいのものですとありがたいのですが」
「分かったわ」
ゼインからのお願いに、グレイスは嬉しくなって頷き、軽く杖を振るう。すると足元の地面が割れ、グレイスの背丈ほどの木が育つ。そうして、小さな枝に小ぶりの赤い果実を一つ実らせた。
グレイスは枝を軽く撫で、赤い果実をもぎ取った。
「はい、ゼイン」
「ありがとうございます」
グレイスがゼインへ手渡せば、ゼインは笑顔で受け取り、目の前にいる人間達に見せた。
「つまりは、こういうわけだ」
「……それならば、今までの魔物達は」
「グレイスの試練と言ったところかな。そしてこれは褒美というわけだよ」
「ならば何故、ゼイン王子だけ」
「当然だよ。あの試練は僕の試練だったんだから」
青い髪の男が顔を歪める。ゼインは小さく体を揺らしながら小さな赤い果実を口の中に放こむ。
グレイスならぎりぎり一口で食べられるくらいの大きさなのに、ゼインは簡単に一口で食べられるほどらしい。
ついついグレイスはゼインが飲み込むまでじぃ、と眺めているとゼインはほんの少しだけ顔をしかめた。
「何ですか、グレイス」
「大きくなったわね」
素直にグレイスが言うと、ゼインはまた微笑みを浮かべた。なんとも嬉しそうに。
何故、そんな顔をするのかと見上げていると、ゼインはグレイスを軽々と抱き上げてきた。
「どうしたの?」
「こちらの方が話しやすいと思いまして」
「……そうね!」
グレイスの背丈は全く変わっていないというのに、ゼインはぐんぐんと大きくなってしまった。だから見上げるだけでも一苦労だったのだ。
しかしゼインが抱き上げてくれたおかげで顔はすぐ近く。灰混じりの銀の髪と青い瞳がすぐそばにある。きらきらが、すぐそこにある。グレイスは小さな手を伸ばし、ぺたり、とゼインの瞼に触れた。
「どうしましたか?」
「きらきらね、ゼイン」
「……ふふっ、ありがとうございます」
青い瞳が細まる。ほんのりと目元が赤くなっている。
その柔らかい目元は、まるでマーカスがザリティアを見つめるものとよく似ていた。
「それでは参りましょうか。グレイス」
「そうね!」
ゼインはグレイスを抱き上げたまま、踵を返す。もちろん、その方向は城の奥へと続く方向だ。
と、ゼインの足が一度止まり、人間達に振り返る。
「グレイスと、あそこにいる魔物達に何かしたら、首を飛ばすからね」
温度の無い、よく切れそうな声だった。
グレイスはつい、ゼインの頬に手を伸ばすと、ゼインはすぐに振り向いてまた優しく微笑んだ。
「どうしましたか?」
「何でもないわ」
グレイスは小さく首を横に振る。ゼインは小さく首を傾げた後、グレイスを一度、片腕だけで抱えなおした。
どうしたのだろうかと思っていると、身を屈め、落ちていたグレイスの大きな帽子を拾い、グレイスの頭にかぶせた。
「違いましたか?」
「違わないわ」
満足そうにさらに微笑みを深めたゼインは足を進める。途中、ザリティア達に軽く手をあげて呼び掛けた。
ザリティア達は後ろにいる人間達に警戒しつつ、すぐにグレイスの元へと駆け寄った。
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ゼインがグレイスに提案した内容。
それは、魔王を討つところを見てほしい、ということだった。
「それだけなの? 力を貸してほしい、とかじゃなくって?」
「さすがにそれは少し違うと思うんだ。ほら、グレイスは僕のきらきらを見たいっていうだけだし」
「それはそうだけど。良いの、グレイス」
驚いたような声をあげるザリティアに、グレイスは小さく頷いた。
「ゼインがそうしたいって言うんだもの」
「けど、魔王様よ? もしかしたら死ぬかもしれないわ」
「そうなる前には回復させるから大丈夫よ。ね?」
さすがにゼインを死なせるつもりは全くない。本当に、消えかけてしまいかけたらちゃんと回復はさせる。ただし、だ。
「大丈夫よ。ちょっとだけ、死なない程度に回復させるだけだから」
「そんな情けない姿を晒さないように気を付けます」
「どんな姿もきらきらよ?」
「けど、足りないのでしょう?」
「そうね」
グレイスが即答すれば、ゼインは小さく眉を歪ませた。
「あらあら」
「グレイス殿は手厳しいね」
並んで歩くザリティアは呆れた目線でグレイスを見つめ、マーカスは苦笑を漏らした。
ゼインは小さく咳払いして、消えかけていた微笑みをまた深く刻んだ。
「しっかりと見ていてくださいね、グレイス。貴方に危害を加えたものを討つところを」
「ふふっ、楽しみだわ」
何やら後ろから鋭い視線を向けられているが、グレイスには関係のない、気にする必要のないものだった。
無理やり笑うゼインに、グレイスは仕方がないなと思いながら、その前髪を撫でてあげた。




