07 森の国
王は何一つ、理解が出来ていなかった。王妃はもちろん、他の王子も、姫も。この謁見の間にいる誰もが理解しようとしても出来なかった。
「ゼイン。どういうことだ……?」
「ですから、今お伝えした通りです」
ゼインは優雅に微笑んだ。
「僕は魔王としてこの国を今から滅ぼし、この城を頂戴いたします」
王城の外が騒がしい。どこかで警鐘が鳴り響く。何かの咆哮。
謁見の間に赤い血に濡れた騎士が転がり込んできた。
「魔物が! 魔物が乗り込んできましっ」
騎士の喉にナイフが突き立てられる。ゼインは困ったように顔をしかめた。
「しっかりしてくれ、マヤ」
「悪かったって。けど逃がしたのは一人だけなんだからさ」
「……確かに、そうだね」
笑うマヤに、ゼインは開けられた扉の向こう側を見てしぶしぶと頷く。
赤と肉の塊。獣と魔物がその肉を取り合っている。何やら見覚えのない魔物がいるが、あれはベンジャミンが禁術を使って呼び出したものかもしれない。その中にいる一頭の獣がマヤの傍らに寄り添い、マヤが笑顔でその頭を撫でて褒めている。
良い関係を築けているのだとゼインは仕方がないなと思い、さて、と周囲に視線を向けて重たい言葉を発した。
「誰が動いて良いと?」
空気が重く、固まる。
青ざめてそのまま倒れてしまう者や、跪いてしまう者を横目にゼインはゆったりと歩く。たったそれだけだが、目の前にいる王は苦し気に顔をしかめ、だんだんと顔色を悪くさせる。
その反応が面白く、ゼインは小さく肩を揺らしながら腰から提げていた剣を鞘から抜く。
「そういうわけなので、その椅子をもらいますね。王よ」
ゼインは微笑み、掲げた銀を振り下ろした。
❖❖❖
この大きな椅子も金と色鮮やかな石で飾られているが、クッションを敷き詰めて柔らかくするととても座り心地が良いものだとグレイスは知った。
とはいっても、グレイスはゼインの膝の上にいるのだけども。
「魔王がいたお城とは全く違うわね」
「そうでしょう? ここならば過ごしやすいですか?」
「ええ、もちろん!」
広く、大きな部屋には優しい陽射しが差し込んでいる。窓の外には色鮮やかな花々が咲いており、時折風に揺れる姿は愛らしい。
帽子をかぶっていないグレイスに、ゼインはもう何度目か、瞼にキスをしてくる。かわいらしいくすぐったいキスにグレイスは小さく身をよじって笑う。
「グレイス。お願いが……あるのですが」
「何かしら」
ほんの少しだけ長くなったグレイスの前髪を横に流すゼインは、少し緊張したように口元を強く結び、そして時間をかけて言った。
「もし、よろしければ。僕と命を分け合っていだたけないでしょうか……?」
グレイスは大きく若草色の瞳を丸め、ゼインに顔を寄せた。
「良いの?」
「はい。あの、近い……」
グレイスはぱっと大きく笑顔を浮かべ、ゼインの首に抱き着いた。
「私、とっても幸せだわ!」
命を分ける。それは混ざり合うと言う事。ザリティアとマーカスのように。
どうしてゼインに言われるまで、思いつかなかったのだろうかとグレイスは不思議でならなかったがゼインがそう望んでくれたのだから断る理由なんてない。むしろすぐにでも叶えるべきことだった。
「グレイス。それを言うなら、まずは分け合ってからじゃないかと……。ただ、分けるというか、僕がグレイスの力を賜るわけですが」
「そんなことはどうでも良いわ。私はゼインと一緒にいられるなら何だって良いもの」
グレイスは少しだけ腕を緩め、ゼインの頬にキスをする。ゼインはそのお返しにとグレイスの頬と瞼にキスをした。
「その、一つ聞いてもよろしいですか?」
「ええ、良いわよ」
「……グレイスのお体は小さな人間と変わらないわけですが、もう少し成長した人間のようにはならないのですか?」
「なれるわよ?」
妙に真剣な顔で問うゼインに、グレイスは首を傾げながら答えた。だってそんな当たり前のことを聞いてくるから意味が分からなかったのだ。
そんなことを聞いてきたゼインに、その問いかけの意味を聞く。
「大きい方が良いの?」
「……時と場合によっては」
「今は?」
「今はこのままが良いです」
では、どんな時だろうかとついつい分からずにグレイスは顔をしかめると、ゼインは頬や耳を薄らと染めて大きく青の瞳を泳がせた。
「あ、後で、ご説明します」
「分かったわ」
まだまだグレイスが知らないことは多い。
何でも知っているゼインがそういうのだから、大人しく後から話を聞こうとグレイスは素直に聞き入れた。
グレイスはぽすり、とゼインに寄りかかる。
「ちゃんと混ざり合えるように、しっかりと準備するわね」
「……魔法陣のことですよね?」
「ええ、そうよ?」
それ以外に何があるのか、とグレイスは訳の分からないことを聞いてきたゼインに対し、くすくすと笑みを零した。
大きな手がグレイスの頭を撫でる。グレイスは少し瞼が重くなり、素直に瞼を閉じる。
人間は眠る。グレイスは眠らなくても平気だが、どうしてかゼインの側にいると眠くなる。その時、ふわふわでぬくぬくで、淡い光に包まれているような感覚になる。
その光に包まれ、今日もグレイスはゼインの腕の中で微睡んだ。
❖❖❖
森の国に近づいてはならない。
とある王国が滅び、森が飲み込んだ。その王国にいたほとんどの人間は深い森が飲み込み、獣と魔物が蔓延る場所となった。
それでも、そこには数は少ないが人間はいる。共存を赦された人間はひっそりと、隠れるように獣や魔物達と暮らしていた。そうしているといつの間にか、新たな存在が誕生した。
見目は人間のようだったが耳はすらりと細長く、森の中を自由に動き回るのに長けている存在となっていた。
いつの間にか、それを誰かがエルフだと名付けた。まるで、最初からそう呼ばれていたかのように。
森の国には城がある。木の幹や根が張り巡らされた城には、色鮮やかな花々が咲いている。
深い森を抜けた冒険者がそれを目の前に、意気揚々と足を踏み入れるだろう。
森の国にやってくる冒険者の目的は一つ。
魔物蔓延る国の王たる、魔王を討つことだった。
その城には四天王と呼ばれる存在がいる。
張り巡らされた罠。禁術。幻と誘惑。魔物の群れ。それらを扱う存在がいるが、命からがら奥へと運よくたどり着いた者は以外にも少なくない。討つためにと何度も、何度もこの森にやってくるのだから十分に対策し、進むのだ。しかしどうしてか、どの冒険者も四天王に出会ったという話は聞かなかった。
それらを通り抜けた先には光に満ちた謁見の間。王座に座るは一人の男。そしてその腕の中にいる一人の小さな少女。
人間と変わらない姿の男は美しく微笑む。
あまりにも、美しい魔王。
命からがら逃げてきた冒険者は口々にそう言い、それ以上は何も語ることはなかった。語れなかった。ただ、何かに恐怖し続け、しまいには自分で命を落としていく。
その冒険者の姿を見ても挑み続けるものが絶えないのは、魔王が守る果実を欲しているからだ。
名は、アプレア。見た目は赤い果実というだけ以外、特徴は無い。
ただその身は、全てが宿っていると言われている。その全能の果実を欲し、今日もまた森の国へと冒険者は足を踏み入れる。
❖❖❖
物静かな謁見の間。その玉座。
ぱくり、と小ぶりの赤い果実を食べてくれるゼインの横顔を見て、グレイスは満足そうに微笑んだ。
「どうしたんだい? グレイス」
「なんでもないわ」
グレイスはゼインの灰混じりの銀の髪に手を伸ばして触れる。さらさらできらきらだ。
「くすぐったいよ」
「嫌だった?」
「全く」
きらきらの青い瞳を細めて、目元を薄く染めるゼイン。グレイスはそれを見て、無意識に小さく自分の唇を舐める。
そうして、幼い人間の子供のような姿から、丸みを帯びはじめたみずみずしい果実のような少女の姿へと成長させてからゼインの頬に唇を寄せる。
「……グレイス?」
叱るように名を呼ぶゼインは、成長したことではだけたグレイスの衣服を少しでも整えようとする。
「ね、ゼイン。駄目?」
「……仕方がないなぁ」
淫魔のザリティアに教わったように、グレイスはゼインの顔を下から覗き込んでお願いをする。と、ゼインは大きく息を吐きだして困ったように笑った。
ゼインは壊れ物を扱うようにグレイスを自身の膝の上へ移動させ、グレイスの唇に深い口づけをする。グレイスはそれを受け入れるが、あんまりにもしつこくて軽く胸を叩いた。
「もう、ゼインったら」
「ごめんね。あんまりにもグレイスが魅力的で」
「きらきらしてた?」
「きらきらで、とても甘いよ」
「まあ」
グレイスは微笑みを深め、ゼインの首に腕を回す。
「ねぇ、光の魔王様。この魔女を愛してくださらない?」
「もちろんだよ。僕の魔女、グレイス」
そして、魔王と魔女はまた重なる。
光は揺れている。
今日も、光に満ちる森の国は平穏そのものであった。
《完》




