02 写し鏡の向こう側
常に霧に包まれていた深い森が晴れた。
光すら飲み込む暗闇に満ちた洞窟から、光を放つ鉱石が採掘された。
荒れていた海が穏やかになり、多くの魚が戻ってきた。
毒沼が浄化され、澄んだ湖となった。
勇者達一行の功績が、一つずつ、着実に積み重なっている。その中心にいるゼインは人間達を前に困ったような顔をして微笑みを見せていた。
「すごいわ、ゼイン。とってもきらきらしてきたわ!」
魔法で作った写し鏡でその様子を見ていたグレイスはきゃあ、と声を上げ、ふくふくと笑う。
幻と霧を生む魔物。暗闇にのみ生息する魔物。凶暴で常に泳ぎ続ける魔物。全てが毒の魔物。次はどんな魔物が良いだろうか。
グレイスはそんなことを考えながら、小さな人間がちゃんとゼインに赤い果実を届けてくれた様子を確認する。
今回は綺麗な花も一緒につけてみたら、ゼインは満面の笑顔でそれを受け取ってくれた。
「ねぇ、グレイス。どうしていつも人形にしないの?」
「面倒だもの」
「そうなの?」
「そうよ」
一緒に様子を見ていたザリティアがふぅん、と良く分からなそうに相槌を打つ。
グレイスは都度、何かある事にゼインに赤い果実を届けた。
ある時は、木々にお願いしてゼインにだけ渡してもらった。
またある時は、鳥や獣達にお願いした。小さな鳥しかいなかったら小ぶりの赤い果実に変えた。
そして人間達がいれば、自ら近づき、ゼインに渡してくれるようにお願いした。ただ人間相手の時は必ず小さな人間相手にした。その方がお願いをしやすかったからだ。
グレイス自身、明確に魔法を使ってお願いをしているわけではない。もちろん、お願いなので聞いてくれない時もある。その時はまた別を探すだけだ。とくに人間が相手の時は、お礼として人間達がよく食べている橙の果実も渡している。小さな人間はとくにそれが好きなのだとマーカスが教えてくれた。
もちろん、そんなことを繰り返していれば他の人間達が食べようとする。
だから木々達はわざと腐らせたりして、また別の果実を実らせた。後は毒に変化さえてくれた。鳥や獣達は威嚇し、小さな人間は泣いたり怒ったりして、渡すことを拒絶してくれた。
そしてゼインは正しくその理由を理解してくれ、一人でちゃんと食べてくれた。ただ困ったことは、いつもその果実を食べきった後、周囲を探し回ることぐらいだからもう少ししたら離れないと見つかってしまうかもしれなかった。
他の人間達は不愉快そうに顔をしかめていたが、黙っていつもそれを見届けていた。その中でも一人の金の髪の雌がゼインに擦り寄ってくる。
「……邪魔ね」
「あの赤い髪の女が狙ってくるかと思ったけど、違うわね」
どうやらそれぞれ、役割があるのだとマーカスが教えてくれた。
ゼインと青い髪の男は前衛で剣を使う。大きな男は拳であるが、魔法を使って盾も扱う。細身の男は後衛でのサポート。赤い髪の女は素早く動いて撹乱し、金の髪の女は回復や同じく盾も使う。
ちゃんとそれぞれの役割通りに動ければ、ある程度の強い魔物をあてても問題は無くなっていた。しかし少しでも乱れれば、すぐに追い詰められてしまう。
強さはまだまだだが、魔王がいる城まではまだ遠い。これからもっと強くなってくれれば問題ないが、グレイスはどうしてもあの金の髪の雌を排除したくなってきていた。
「あれ、何がしたいのか分かる?」
「食べたいのもそうでしょうけども……たぶん、あれは」
ザリティアはあの雌の行動の意味を分かっているようだった。
続きを聞こうとしたら、ワイバーンの相手をしていたマーカスが口を開いた。
「グレイス殿。あれはただ、構ってほしいだけだよ」
「そうなの?」
「そうだ。ほら、この子もそうだけども悪戯して構ってほしい子は多いだろう?」
ワイバーンも小さな人間も、獣も。とくに懐いている相手に対しては甘えたくて、ちょっかいをかけてくるのはグレイスも分かることだ。
森の獣や木々達も、時折グレイスに構ってほしくて服の中に入り込んだり、帽子を取っていったりしてきた。
そう考えれば、なんとも可愛らしいことではあるけども、あの雌がゼインに対してやっているところを見ると不愉快で堪らなかった。
「けど、嫌よ。あの雌、排除したいわ」
「駄目だよ。あれも一応は役に立っているからね」
「けど」
マーカスが言うことは正しい。それにグレイスが知らないことをたくさん知っている。だから聞き入れた方が良いのは分かるが、それでも堪えられないところまで着ていた。
「大丈夫だよ、グレイス殿。ほら、彼の様子を見てごらん」
マーカスに促され、グレイスは再度写し鏡へ目を向けた。
この魔法を写し鏡と呼ぶようになったのはマーカスがそう名付けてくれたからだ。おかげで魔法はより安定して、鳥を介さなくても見えるようになった。名前は大事らしいとグレイスは別で学んだ。
それはそれとして、ゼインである。
赤い果実を受け取ったゼインは、大切そうに片手で包みながらすり寄る金の雌から遠ざける。その視線は先程、小さな人間に向けていた柔らかいものではなく、ずいぶんと冷たいものになっていた。口元は確かに笑みを浮かべているが、口角を上げているだけだ。
「ああいうものはね、何もしない方が苦しいんだ」
「……ふぅん。良く知っているのね」
「ザリティア。いや、あのね?」
さすがマーカスと思ったら、ザリティアは知っていることに対して不愉快そうに綺麗な眉を歪めた。マーカスは慌ててザリティアを抱き寄せて誤魔化そうとしている。
ザリティアはマーカスにとても甘い。たったそれだけで口元を緩めてしまうほどだった。
「ねぇ、もっと苦しませるにはどうしたら良いの?」
そんなマーカスとザリティアの様子を眺めつつ、それならばとより苦しさを増やすやり方を問う。
マーカスはすぐに顔を上げて笑顔を浮かべた。
「もっとか! うん、素晴らしいことだ!」
「ちょっと……!」
ザリティアが無理やりマーカスの顔を掴んで、自分の方向へと向けさせようとしている。けども力はマーカスが強い為、それを無視したまま話を続けた。
「罪悪感を植え付けると良いんじゃないかな?」
「ざいあくかん?」
「ああ、罪の意識。別のものに逃げたということに対する後悔。愛されることがないという現実。きっと、より苦しむはずさ」
グレイスには分かるはずのないその罪の意識というものを利用しようとマーカスは提案してくれた。
罪というものがそれほど苦しいものなのかと知ったグレイスは、それならばたくさん罪を重ねさせようと迷いなく決めた。
「ふふっ、どうしたら良い?」
写し鏡の向こうには雌から離れたゼインが、ようやく赤い果実を食べ始めていた。
小さかったころよりもずいぶんと綺麗に食べている。口の周りを果汁で汚していた頃が懐かしいくらいだった。そんな変化にグレイスは微笑ましく見つめながら、マーカスにそのやり方を問いかけた。
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ザリティアは淫魔である。近頃は魔物の他にも人間を人形にすることが出来るようになったらしい。
その力を借りて、見知らぬ銀の髪の男を操り、金の髪の雌に近づけた。
グレイスから見ればそれだけであったが、ザリティアが言うには他にもいろいろとやったのだと教えてくれたが詳しくは教えてくれなかった。そしてマーカスはしばらく機嫌が悪かった。
そして、結果として金の髪の雌はそれ以降、ゼインへすり寄るのは変わらなかったが少なくなったし、苛立つように顔を歪める事が増えた。
「ふふっ……見て! このお顔、とってもおかしい!」
ザリティアが銀の髪の男を金の髪の雌に近づけたのは三度。
一度目は宿屋。二度目は旅の途中。三度目は違う町の酒場。
その三度とも、男と雌はどこかに行ってしまった。ザリティアもマーカスも教えてはくれなかった。理由は知らなくて良いこともあるのだと教えてくれた。
だからグレイスはそのあたりは知らない。ただ結果として罪を重ねてくれたので満足している。
さて、次はどうしよう。
グレイスは写し鏡を見つめながら大きく肩を揺らし、堪えきれずに体を大きく左右に揺らし、大きな帽子を傾けた。




