05 一緒
マーカスはあの家を捨てると言った。
見た目は人間だが、中身はもう人間ではなくなったからだと。
「これから一緒ね、マーカス」
「そうだね」
マーカスの太い腕に抱き着き、頬を寄せるザリティアの声は明るいものだった。マーカスはそんなザリティアを見て、ずっと頬が緩んだままだ。
ずっと見ていたらなんだかグレイスは自分のことではないけども、良かったと思えるくらいには受け入れられるようになった。
それもこれも、ゼインが勇者となってやって来ると知ったからだろう。
「あ、ねぇ。マーカスって飛べる?」
「それは出来ないね」
「そうなのね」
マーカスは元人間だ。だからザリティアのような翼はない。そして魔法は使ったことがないと言う。
あるのは二本の足と、二本の腕。
こればかりは仕方がないことだとグレイスは納得した。
「ねぇ、グレイス。疲れていない? 大丈夫?」
「大丈夫よ。初めて使った魔法だったけど、うまくできたわ」
「すごいじゃない。さすがグレイス!」
「うふふっ」
マーカスの腕に抱き着いたままとはいえ、ザリティアから心配されたことにグレイスは嬉しくなった。
少しだけ体をくねらせて笑い、グレイスは背後に広がる一面の灰を見る。
そこは、町があった場所。今やそこは何もなく、どこまでも灰一色に染まっていた。
「ね、マーカス。満足した?」
「ああ、とても」
「良かったわ」
森に戻る前に、グレイスはマーカスに問いかけた。
あの町をどうしたいか、と。
そしてマーカスは答えた。
もしも、叶えてくれるのならば。
全てを消したい、と。
だからグレイスは正しく、町の全てを灰の塵にすることにした。いつも森にするのも味気なかったからちょうど良かった。
それに結果としてザリティアの笑顔はより輝いているし、マーカスはもっと多くを知っているのだから願いを叶えるのは当たり前のことだった。
喜んでくれるマーカスに気をよくしたグレイスはそのまま、地面にがりがりと魔法陣を描く。混ざり合う為の魔法陣よりも細かく、繊細なものだ。だから途中で指を使って地面を掘って刻んでいく。
「出来たわ! ほら、こっちに来て!」
描き終わったグレイスはすぐにザリティアとマーカスを呼び、中央に立たせる。もちろん、グレイスも中に入る。
「グレイス、これは?」
「え? 転移よ?」
「え、ちょっと。転移って」
慌てる様子のザリティアに不思議に思いながら、グレイスは無視して杖を強く突く。
目が眩むほどの強い光が魔法陣から溢れ出し、瞬きの間に姿が消えた。残された魔法陣は大地から薄れて消え去った。
❖❖❖
初めて使ったが、うまくできたことにグレイスはご機嫌だった。
離れた時間は僅かだと言うのに、とても久しぶりに思える森は何も変わらなかった。
「ただいま、皆」
グレイスが言うと、森の木々達は葉を擦らせ、獣達はそれぞれ鳴き声で応える。わざわざ遠くにいるのに遠吠えする獣までいる。
ずっと待っていてくれた彼らに、グレイスはただただ嬉しくなってつい、その場でくるり、と一回転した。
「……すごいな。力に満ちている」
「分かるの?」
「なんとなく、だけども。きっと人間ではなくなったから、なんだろうな」
後ろの方で、マーカスとザリティアがそんな会話をしていた。
力とはどういう意味だろうか。グレイスもザリティアと同じく良く分からない顔をしつつ、それとは別のことを問い掛けた。
「この森は住めそう?」
「むしろ住んで良いのか……?」
「ええ、もちろん。火を使う時だけ気を付けてくれれば十分よ」
「それは当然、気を付ける。だが、僕は食料として肉も食べる時が……」
「必要最低限なら良いわよ」
森の獣の中には肉を食べるものだっている。当たり前のことだ。グレイスだって果実を時折食べるし、植物だってただそこにいるだけではない。何かを食べて生きているのだ。
だから別にそれについては何も思うことはない。
「言った通り、家を建てても良いからね。あの家、壊しちゃったし」
「ありがたい。だが、そうなると木も倒してしまうのだけど」
「もちろん大丈夫よ! 新しい子がその分増えるから!」
重ねて聞いてきたマーカスはようやく表情を和らげた。
町を灰にする時、マーカスが住処にしていた家も同じように灰にしたのだ。だからマーカスには今、住処がない。そして今後はザリティアと共にいるための住処が必要になってくる。
マーカスとザリティアは一緒にいられれば十分らしいが、やはり住処というのは大切だとグレイスは知っている。獣達だって住処を大事にしているのだし、人間なんてものはあんなに大きな住処を用意するくらいなのだ。元人間のマーカスにとって不要なものではないとグレイスはそう考えだ。
だから言ったのだ。森に住み、家を作れば良いと。
ザリティアが喜んだのは言うまでもなかった。
静かな森がほんの少しだけ、明るい音が聞こえるようになるだろう。これからが楽しみで仕方がなかったし、さらにここにゼインがいればもっと良かったのにと急にちょっとだけまた胸の内が苦しくなって、冷たい風が吹き渡ったような気がした。
「ねぇ、グレイスの家はないの?」
「ないわよ?」
「……今までどうしていたの?」
「あそこの木のところにいるわ。ずっと」
何故、ザリティアがそんなことを聞いてくるのかと思いながら、グレイスは素直に答えた。
この森で一番に大きな木の根本。ちょうど小さなグレイスが座るのに丁度良いのだ。ただ、あの木はそろそろ大地の一部にならなければいけない頃合いだったからちょうど良いと今になって気づいた。
「あの木、使って良いわ」
「……大きすぎないか?」
「そう?」
マーカスは目も口も丸くして見上げ、片手で頭を抱えていた。
「まず、どうやってこの木を材木にするか、だけども……」
「それぐらいなら私がやるわよ?」
「……本当に、何から何まで助かるよ」
困ったように笑ったマーカスは、そうだ、と小さく呟いた。
「せっかくだから、グレイス殿の家も作ろうか」
「それ、良いわね!」
マーカスの提案に、ザリティアがまるで自分のことのように明るい声を上げる。グレイスは小さく小首を傾げ、どうしてなのかとマーカスを見る。と、マーカスは腕を組みつつ答えた。
「ほら、もしかしたら彼と共にいられるかもしれないだろう? 彼も人間だし、家は必要になってくると思うよ」
「そうよ、グレイス。準備って大事よ?」
なるほど、とグレイスは強く頷いた。
だってゼインは人間だ。元人間のマーカスが言うくらいなのだから本当に必要なことだとグレイスは納得した。
「そうね、準備は大事だものね」
「そうよ。それで、もっときらきらにしなきゃ、何でしょう?」
「もちろん!」
せっかくならば、もっときらきらとしているゼインと一緒にいたい。
蠱惑的に微笑むザリティアに、グレイスもまた同じように微笑んだ。
だって欲しい。どうしたって欲しい。お互い、同じなのだ。そしてザリティアは手に入った。次はグレイスの番。
「ここは私の森。誰も来ないから、秘密の話にはうってつけよ」
「本当にそうね! ねぇ、グレイス。その人間のこと、たくさん教えてくれない? もっときらきらさせるためには私達も知らないとでしょう?」
「そうね。けど、あんまりお話できないかも」
「大丈夫よ。それで、どんな時にきらきらが強くなったとか、そんなお話が聞きたいわ」
「ふふふっ」
今や、この森はグレイスの許しがなければ入ることは出来ない。
グレイスがそうさせたから。そう望んだから。例え魔王の魔物でさえも立ち入ることは許されない場所へと知らず知らずのうちに変貌していた。ただ、マーカスだけは周囲を見渡し、蠢く森を前に小さく眉をひそめていたが何も言わなかった。
何せここはグレイスの森なのだから。
許されたマーカスはただ黙って、ザリティアとグレイスが恋の話に盛り上がる様子をそっと温かく見守っていた。




