04 愛を混ぜる
やり方はいたって簡単だ。
魔法陣の中に、二つの命を入れて混ぜるだけ。
「そこから動かないでちょうだいね」
ザリティアとマーカスを中心に、大きな杖の先を使ってグレイスは地面に魔法陣を書いていく。じっと見てくる二人は顔を同じようにしかめていた。
どうしてそんな顔をしているのかとグレイスは不思議に思いつつ、最後の円を繋ぐ。
綺麗にできたと満足したグレイスは大事なことを伝えるのを忘れていたことに気付いた。
「あ、手のひらでも良いんだけど切ってもらって良い? 血を混ぜないといけないから、切ったところ合わせてほしいの」
「分かったわ」
ザリティアは素早く爪を鋭く伸ばし、自分の掌とマーカスの掌を順番に薄く切る。二つの赤い血の雫が落ちながら、まじりあうように血が流れる掌が合わさる。
準備が出来たことを確認したグレイスは両手でしっかりと杖を持ち、えいや、と強く魔法陣へ突き立てれば魔法陣は淡く光を帯び始めた。
後はこのまま待つだけだ。
中央にいるザリティアは顔を大きくしかめ、マーカスにもたれかかる。マーカスはしっかりとザリティアを支え、しっかりと立っていた。
「力が、満ちていく……。ザリティア、もっと寄りかかって良いからね」
「うぅ……体が重い……」
ついにはぐすぐすと赤い瞳を潤ませながらもザリティアは必死に倒れないよう、必死にマーカスに縋りつきながら立っていた。
太陽が大きく傾いた頃、混ざりあったザリティアはマーカスに抱えられ、小さく唸った。マーカスは顔を歪め、ザリティアを見つめる。
と、ザリティアは両手でお腹をさすり、ほんの少しだけ頬を赤く染めて言った。
「グレイス。その、お腹が空いてしまったのだけど……」
「ええ、待ってちょうだいね」
結果的に言えば、ザリティアは多くを人間であるマーカスに渡したのだ。お腹が空くのも当然だ。
グレイスはすぐに、いつもの赤い果実を渡すために杖を大きく振った。
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人間が住処とするこれは家だと言う。城とは違うのかと聞けば、ほとんど同じ。ただ、役割が違うのだとマーカスが教えてくれた。
外はすっかり暗くなった。だから今はマーカスが作った小さな家の中に移動して、昼間と同じように小さなテーブルを囲うように座っていた。
「僕は人より体が大きいし、魔力も多いから怖がられてね」
「そうなの。おかげで本当にお腹いっぱいになって」
「……ザリティア」
「あら、ごめんなさい」
すっかりお腹が満ちたらしいザリティアが優雅に微笑んだ。マーカスは僅かに耳を赤くしたまま話を続ける。
「……だから、何と言うか。もちろん食料としてなのは分かっていたけども、会いに来てくれるザリティアを愛してしまったというかね」
「きらきらしてたの?」
「そのきらきらはよく分からないけども。そうだね、ザリティアはいつも光り輝いているよ」
金の綺麗な髪を持っている座リティアが輝いていることはグレイスも分かることだが、きっと意味が違うのだとグレイスは理解出来た。
きらきらなのだ、きっと。マーカスから見るザリティアは。
ザリティアの言う通り、きらきらは愛しているということなのだと、グレイスはしっかりと理解した。
グレイスはうんうんと少しだけ興奮気味に頷き、あのね、とゼインのことを話し始めた。
「私が欲しい人間ね、ずっときらきらしているのよ。それでいつも、私がいる森に遊びに来てくれて、たくさんお話してくれるの」
「ああ、それは良い人間だね。けども離れていて大丈夫なのかい?」
「しばらく来られないって言っていたわ」
そう言って、ゼインは本当に森に来なくなった。だから逆に会いに行ってみたら、どうしてか剣を持って戦っていた。とてもきらきらとしていた。もっともっと見ていたかったけども、やっぱりあの時、もう少し待ってからこっそりと会いに行けば良かったと苦しくなった。
「……会いたいわ」
思わず、言葉が溢れた。
「会いに行けば良いんじゃないの?」
「いや、待て。ザリティア、もし魔王の仲間だと知られてしまっては」
「……良くないわね」
ザリティアが大きく顔をしかめ、俯くグレイスの顔を覗き込んだ。
「ねぇ、グレイス。その人間って、どんな男なの? 名前とか、見た目とか」
「名前はゼインよ。灰混じりの銀の髪がきらきらしていて、青い目なの。こっちもきらきらしているわ」
「よくいそうな見た目の人間ね」
確かに、今まで見た人間の中には似たような髪や目の色をしている人間はいた。けどもきらきらはしていない。そこが大きく違う。
無意識にグレイスが頬を膨らませると、ザリティアは慌てた様子で両手を上げた。
「えぇっと、そういう事じゃなくって。ね、マーカス……マーカス?」
「……いや、うん。まさか……」
対して、マーカスは腕組みをし、視線を軽く上へと向ける。そして、グレイスとザリティアを順に見つめた。
「勇者が選ばれたという話は聞いているかい?」
「さすがに聞いているわ。え、まさかとは思うけど」
「そのまさかだよ」
ひどく、重い息を吐き出したマーカスは片手で頭を抱えた。
「ゼイン王子が勇者となり、選別された仲間と共に旅立たれた。全ては魔王を倒すために」
勇者。魔王を倒す、存在。
「ゼインが、勇者」
グレイスは大きく若草色の瞳を見開く。
そして、どうして来れないなんて言っていたのか、分かってしまった。
分かって、そしてそれならばと、考えてしまった。
「そう……。そうなのね」
「グレイス……?」
ザリティアがグレイスを呼ぶ。
グレイスは小さく肩を揺らし、ついつい堪えきれずに笑いをこぼしてしまった。けども堪えきれなかった。
だって、剣を握っていたゼインはあんなにきらきらとしていたのだ。そう、それならば。
「じゃあ、もっとたくさん排除して、邪魔して、強くさせれば、もっとゼインのきらきらが見られるってことよね? だって人間は弱いもの。もっと強くさせなくちゃ、すぐに死んじゃってきらきらが見られなくもの。そうよね?」
もしかしたらもっときらきらとしているゼインが見られるかもしれないということだ。
そして、魔王の元にやってくるということはつまり、魔王の仲間になったグレイスに会いに来るということでもあるとグレイスはそう理解した。
「グレイス。ちょっとやり方を考えましょ? ね、マーカス」
「そうだな。それに魔王にばれてしまったら即座に殺されてしまう可能性がある。だから隠れて、順序良く、さりげなく強くさせよう」
笑いが止まらないグレイスに、ザリティアがそっと小さな肩に手を添えて慌ててマーカスを呼ぶ。マーカスは至極真面目に答えた。
そんな二人の会話が耳に入らないグレイスはさらに笑い続ける。
「うふふっ……ふふっ……楽しみだわ! とっても!」
とても、とても楽しみだ。これからどうしよう。楽しみで仕方がない。
グレイスは頬を赤く染め、若草色の瞳をゆるりと細め、何も無いはずの虚空を見つめ続けた。




