7話:3年ぶりの再会④〜3年前〜
レオンに案内され、一行はパーティー会場から離れたホテルの個室へ移動した。
来賓用に用意された部屋なのだろう。
広々とした室内には上質なソファやテーブルが並び、大きな窓からは星峰市の夜景を一望できる。
重厚な扉が閉じられると、会場の騒ぎは急速に遠ざかった。
「アイリス様……!」
部屋で待っていた年長のメイドが、アイリスのもとへ駆け寄った。
長年、彼女の身の回りを世話してきた女性だった。
「お怪我はございませんか?」
「ええ。怪我はありません」
アイリスは安心させるように微笑む。
「心配をかけましたね」
「ご無事で、本当によろしゅうございました……」
メイドは胸元へ手を添え、張り詰めていた息をようやく吐き出した。
その傍らで、零は室内を見渡していた。
アイリスの周囲には、数人の護衛が立っている。
つい先ほど命を狙われたばかりなのだから、警戒が厳重になるのは当然だ。
だが、この人数に囲まれたままでは、三年前のことを気兼ねなく話せない。
「あー……レオン伯爵、だったっけ?」
「はい」
レオンが振り返る。
零は壁際の護衛たちを一瞥してから、何でもないことのように口を開いた。
「悪い。少しだけ王女様と話させてくれないか?」
「もちろんです」
レオンが応じると、零はソファへ向かいながら付け加えた。
「できれば、ここにいる四人だけで」
「なっ……!」
その言葉に、一人の護衛がすぐさま反応した。
パーティー会場でもレオンのそばに控えていた、彼が最も信頼を置く男だった。
「そのような要求を認めるわけにはいかない。アイリス様は、つい先ほど命を狙われたばかりだぞ」
「構いません」
レオンの一言が、その反論を遮った。
「伯爵……!」
護衛が驚いたようにレオンを見る。
無理もなかった。
暗殺未遂が起きた直後に王女を残し、護衛を全員部屋から出すなど、あまりにも危険すぎる。
「しかし、あのようなことがあった直後です。護衛をすべて外すなど――」
「分かっています」
レオンも、その懸念自体を否定しなかった。
当然の反応だと理解しているように頷き、護衛のそばへ歩み寄る。
「心配はいりません」
周囲には聞こえない声で、静かに告げた。
「先ほどの光景を、あなたも見たでしょう。彼なら任せられます」
「…………」
護衛の視線が零へ向く。
制服姿の高校生。
見た目だけなら、一国の王女を任せられる人物には到底見えない。
しかし、先ほどの光景を思い返す。
突然の停電の中、誰よりも早く襲撃を察知し、暗殺者の腕を止めたのは目の前にいる少年だった。
「……承知しました」
完全に納得したわけではないのだろう。
それでも護衛は、小さく頷いた。
そのやり取りを見守っていたメイドが心配そうにアイリスへ身を寄せる。
「アイリス様……」
「少しだけ、零くんたちと話をさせてください」
アイリスが穏やかに頼むとメイドはためらいながらも頭を下げた。
「……かしこまりました」
長く仕えてきたからこそ、アイリスが零との再会をどれほど喜んでいるのかも分かっているのだろう。
レオンはほかの護衛たちへ視線を向けた。
「全員、部屋の外で待機してください。廊下を固め、誰も近づけないように」
護衛たちは僅かに戸惑ったものの、その指示に従った。
一人、また一人と部屋から出ていく。
メイドもアイリスへもう一度目を向けてから、護衛たちに続いた。
最後にレオン自身も、扉の前で足を止める。
「では、私も外におります。何かございましたら、すぐにお呼びください」
「ああ」
零が軽く片手を上げた。
レオンはアイリスへ一礼すると、そのまま部屋を出ていった。
扉が静かに閉じる。
部屋に残ったのは、零、鈴華、影山、そしてアイリス。
四人だけだった。
「さて……」
零は近くのソファへ腰を下ろす。
「やっと普通に話せるな」
「あの……」
鈴華がおずおずと声を掛けた。
先ほどから、ずっと気になっていたことがある。
「一つ、伺ってもよろしいですか?」
「ああ」
零が頷くと、鈴華は彼とアイリスを交互に見た。
「黒神くんとアイリス王女は……以前からのお知り合いなのですか?」
「ああ。三年前、ちょっと縁があってな」
「三年前……」
鈴華は小さく呟いた。
三年前、まだ零が十二歳だった頃だ。
その頃から零がアストラル・オーダーに所属していたことを鈴華は知っている。
(もしかして、任務で知り合ったのでしょうか?)
そう考えれば、一国の王女であるアイリスと零に接点があっても不思議ではない。
「三年前、私がロンドンに滞在していた時に知り合ったのです」
アイリスが懐かしそうに微笑む。
「その時、零くんたちに助けていただきました」
「あの時も、ずいぶん派手に狙われてたよな。アイリス姉」
他人事のように振り返る零に、アイリスは困ったように眉を下げた。
「もう……そのように軽く言わないでください。私は誘拐されていたのですよ?」
「分かってるって。助けに行った側なんだから」
零も三年前を思い出したのか、口元を緩める。
「ま、最初に見つけたのは俺じゃなかったけどな」
「……そうでしたね」
アイリスの表情が少しだけ懐かしそうに和らいだ。
その短いやり取りに、今はここにいない大切な少女との記憶が滲む。
事情を知らない鈴華には、その名前まで知ることはできない。
それでも、二人にとって忘れられない誰かがいることだけは伝わってきた。
「なるほど……それで先ほど、アイリス王女は黒神くんのことを」
名前を知っていたことも。
三年ぶりの再会を、あれほど喜んでいたことも。
これですべて繋がった。
一方、三年前に零がアイリスに出会ったのは影山にとっても初めて聞かされた事実だった。
「…………」
影山は何も尋ねず、意味ありげな目で零を見ている。
「なんだよ?」
「いや? 何も言っていないぞ、同志黒神」
「顔がうるせぇんだよ」
零が面倒そうに睨む。
影山は涼しい顔で肩をすくめた。
「これは生まれつきだ」
「嘘つけ」
零は呆れたように影山から顔を背けた。
影山も、それ以上は何も聞かなかった。
王族に関わる過去を、ここで面白半分に掘り下げるべきではないことくらい理解している。
そんな二人のやり取りを見て、アイリスが小さく笑った。
しかし、その笑顔は長く続かなかった。
「こうしてお話ししていると……本当に、零くんがここにいるのですね」
「さっきからいるだろ」
零はアイリスへ顔を向けると、少しだけ表情を和らげた。
「三年ぶりだな、アイリス姉」
「はい」
アイリスは嬉しそうに頷く。
「ずっと……会いたかったです」
その言葉とともに浮かべられた笑顔。
けれど、そこには隠しきれない寂しさが滲んでいた。
零は何も言わない。
パーティー会場へ姿を現した時から、アイリスが無理をしていることには気づいていた。
だからこそ茶化さず、黙って次の言葉を待った。
「……本来なら、お兄様が王位を継ぐはずでした」




