6話:2人でパーティ⑤〜影山の目的〜
人混みの中から現れたのは、影山だった。
ただし、学校で見るいつもの姿ではない。
黒のタキシードに身を包み、髪も普段より丁寧に整えられている。
その姿だけを見れば、周囲の招待客に完全に馴染んでいた。
「よう、白河」
影山は軽く片手を上げた。
その目が、揃って制服を着た零と鈴華の姿を順に捉える。
すぐに口元へ、いつもの意味ありげな笑みが浮かんだ。
「まさか、こんな場所で制服デートとはな」
「デ、デートではありません!」
鈴華は反射的に否定した。
昨日から自分でも意識していたことを真正面から指摘され、頬へ一気に熱が集まる。
零はそんな鈴華を横目で見たあと、面倒そうに影山へ視線を戻した。
「お前、会って早々それかよ」
「二人揃って制服で夜のパーティーだぞ? ほかに何と呼べばいい?」
「だったら何だ。羨ましいのか?」
予想外の切り返しだったのか、影山がわずかに眉を上げた。
その隣では、鈴華の肩が小さく跳ね、頬の赤みがさらに増していく。
「ほう。否定しないのか?」
「白河がもう否定しただろ。何度も言わせて困らせんな」
零は素っ気なく告げた。
鈴華は思いがけず庇われたことに驚きながらも、熱を帯びた顔を隠すように俯いてしまう。
「それより、お前こそなんでここにいるんだ?」
零は改めて、タキシード姿の影山を眺めた。
「俺にも、俺なりの伝手があるということだ」
「へえ。ちゃんとした招待状なんだろうな?」
「当然だ。俺を何だと思っている?」
影山は心外だと言いたげに眉を上げた。
零は少しも迷うことなく答える。
「何をするか分からない悪友」
「随分な評価だな、同志黒神」
「間違ってねえだろ?」
しかし、影山も本気で気分を害した様子はない。
むしろ、零から疑われることまで楽しんでいるようだった。
零はそんな影山をしばらく眺めたあと、わずかに目を細める。
軽口を叩くためだけに、影山がタキシードまで用意して、このパーティーへ潜り込むはずがない。
「それで、何を調べに来たんだ?」
「話が早くて助かる」
影山の声音から、からかうような調子が消えた。
周囲へ目を配ったあと、会場の端に並ぶ太い柱の一つへ視線を向ける。
「ここでは話しにくい。少し移動するぞ」
三人は人の流れから外れ、会場全体を見渡せる柱の陰へ移動した。
近くに人がいないことを確かめると、影山は声を落とす。
「本来、このパーティーにはアルディア王国の女王陛下が出席する予定だった」
そこまでは、公にされている情報だった。
しかし、女王と第一王子が相次いで亡くなったことで、アルディア王家は欠席すると発表されている。
「それでも、パーティーは中止にも延期にもならなかった」
影山は談笑する招待客たちを観察するように、会場へ目を向けた。
「しかも、開催直前になって警備の配置が大きく変わっている。表向きの出席者だけなら、ここまで厳重にする理由はない」
零は口を挟まず、その続きを待った。
先ほどまで浮かべていた気の抜けた表情は消え、黄金色の瞳が静かに細められている。
影山はさらに声を潜めた。
「今夜、この会場にはアルディア王国の第一王女が出席する」
鈴華の表情が強張った。
アイリスの出席は事前非公表であり、知っている人間も限られている。
その情報を影山が口にしたことに、驚いたのだ。
零の黄金色の瞳にも、鋭い光が宿った。
「お前、その情報をどこで拾った?」
問い詰めるような視線を受けても、影山は動じない。
いつもの余裕を取り戻し、意味ありげに口元を上げた。
「それは企業秘密だ。むしろ同志黒神は、なぜ知っている?」
零は片方の口角を上げた。
「奇遇だな。こっちも企業秘密だ」
自分と同じ言葉を返され、影山が一瞬だけ目を丸くした。
やがて堪えきれなくなったように、低く笑い始める。
「くくっ……なるほど。そう来たか
「お前が先に言ったんだろ」
二人の間にある事情を知らない鈴華は、呆れたように交互の顔を見た。
「お二人とも、楽しそうですね……」
「男には秘密が多いもんなんだよ」
「俺をお前と一緒にすんな」
零は不満そうに言い返しながらも、それ以上影山の情報源を問い詰めなかった。
直接情報を得たのか。
警備の変更や関係者の動きから推測したのか。
影山は答えようとしない。
ただ、極秘であるはずの情報へ自力で辿り着いている以上、相変わらず侮れない情報網を持っていることだけは確かだった。
「それで、お前は王女の出席を確かめに来たのか?」
「ああ。それに、女王陛下と第一王子殿下の死についても、少し気になることがある」
影山の視線が、会場内を行き交う人々へ向けられる。
「ただし、まだ裏の取れていない話だ。確かなことが分かるまでは、俺からは何も言えない」
影山は短く答えると、今度は零の持つ招待状へ目を向けた。
「そういう同志黒神は、どうやってここへ?」
「父さんから招待状を送られた」
「同志黒神の父君か……」
影山の目に、何かを察したような色が浮かぶ。
ほんの一瞬の変化だったが、零は見逃さなかった。
「おい、変なこと考えてるだろ?」
「さて、何のことかな?」
影山は笑みを浮かべたまま、明確な答えを避けた。
その態度を見て、零も追及を諦める。
影山が零の正体について、ある程度まで察していることは4月の時間帯から分かっていた。
影山もまた、自分が疑われていることを理解している。
互いに答え合わせを避けたまま、必要以上に踏み込まない。
今は、それでよかった。
「……まあ、いいけどな」
「その方が、お互いに都合がいいだろう?」
影山はいつもの軽い調子へ戻ると、タキシードのポケットへ片手を入れた。
「さて。俺はもう少し会場を見て回る」
「情報収集か?」
「せっかく来たんだ。色々と見ておきたいからな」
答えになっているようで、なっていない。
だが、影山が何をするつもりなのかは、それだけで十分に伝わった。
数歩進んだところで、影山は肩越しに振り返る。
「じゃあな、同志黒神、白河嬢。二人とも、ごゆっくり」
普段の「白河」ではなく、あえて「白河嬢」。
先ほどの制服デートという話を、最後にもう一度蒸し返しているのは明らかだった。
「か、影山くん! ですから、これはデートでは――」
鈴華が頬を赤らめて呼び止める。
しかし、影山は最後まで聞くつもりがないらしく、軽く片手を上げると人混みの中へ紛れていった。
「余計なお世話だ」
零はその背中へ面倒そうに言い放った。
「黒神くんは、どうしてそんなに平然としていられるのですか?」
「別に、デートだと思われたって減るもんじゃねえし」
あまりにも気軽に返され、鈴華の碧色の瞳が大きく見開かれた。
「わ、私は気にします!」
「そうやって反応するから、あいつが面白がるんだぞ?」
零が楽しそうに笑う。
言っていることは正しいのかもしれないが、鈴華としては簡単に割り切れる話ではない。
「……簡単に言わないでください」
鈴華は赤くなった頬を隠すように、零から顔を逸らした。
零はそれ以上からかうことなく、会場内へ視線を巡らせる。
その黄金色の瞳が、色鮮やかな料理とデザートの並ぶ一角で止まった。
「それより、会場を一周するぞ。歩いてた方が、中の様子も見やすい」
「そうですね。じっとしているより、その方が王女殿下も見つけやすいと思います」
鈴華も気持ちを切り替え、零の隣へ並んだ。
しかし、歩き始めた零の足は、迷うことなくデザートの並ぶテーブルへ向かっている。
「……黒神くん。そちらはデザートですけど」
「見回りは、どこから始めても同じだろ?」
零はもっともらしく答えた。
だが、その視線は明らかに、綺麗に飾られたケーキへ向けられている。
「食べる方が目的になっていませんか?」
「腹が減ってちゃ、いざって時に動けねえからな」
「それでしたら、先にお料理を召し上がってください」
鈴華が料理の並ぶ別のテーブルを示す。
零は名残惜しそうにケーキを見たあと、不満そうに眉を寄せた。
「白河、こういうところは意外と厳しいよな。俺のオカンか?」
「違います。黒神くんがきちんとしていれば、何も言いません」
穏やかな声だったが、譲るつもりがないことは明らかだった。
零はホテルの前で鈴華に整えられたネクタイへ触れる。
服装に続いて食事の順番まで注意され、諦めたように肩を落とした。
「へいへい。分かったよ」
鈴華は満足そうに微笑むと、料理の並ぶテーブルへ向かって歩き出した。
零もデザートへ未練を残しながら、その隣へ並ぶ。
そんな気の抜けたやり取りを交わしていても、零の黄金色の瞳が警戒を解くことはなかった。
談笑する招待客。
料理を運ぶ給仕。
会場へ出入りする人間と、周囲に配置された警備員。
零は料理を選んでいるように見せながら、その全てを視界に収めている。
鈴華もまた、その視線の動きに気づいていた。
食事を口実に会場内を歩き、周囲の状況を確かめる。
零は最初から、そのつもりだったのだろう。
もっとも、デザートを食べたい気持ちまで嘘ではないのだろうが。
華やかな正装姿の人々に交じり、制服姿の二人は会場内へ溶け込んでいく。




