6話:2人でパーティ④〜聞き覚えのある声〜
ガラス扉を抜けた瞬間、車寄せを行き交う車の音が遠のいた。
「……わぁ」
鈴華の口から、思わず感嘆の声が漏れる。
吹き抜けになったロビーの天井から、巨大なシャンデリアが幾重もの光を降らせていた。
磨き上げられた大理石の床には、その輝きと行き交う人々の姿が鮮明に映り込んでいる。
中央には色鮮やかな花々が飾られ、その周囲をタキシードや華やかなドレス姿の招待客が行き交っていた。
聞こえてくる会話も、日本語だけではない。
英語をはじめとしたいくつもの言語が、穏やかな音楽に交じって耳へ届く。
「すごいですね……」
「これ、全部でいくらかかってんだろうな」
鈴華はロビーを見渡していた顔を零へ向けた。
零はシャンデリアを仰ぎながら、至って真剣な顔をしている。
「最初の感想がそれですか?」
「だって、あれ一つで家が建ちそうだぞ?」
零が巨大なシャンデリアを顎で示す。
鈴華は呆れたように息を吐いた。
「もう少し素直に、綺麗だとは思えないのですか?」
「綺麗だから、高そうだって言ってんだよ」
どこまでも現実的な答えだった。
鈴華はしばらく零の横顔を見つめたあと、困ったように眉を下げながらも小さく笑う。
「……黒神くんらしいですね」
外ではあれほど制服姿を気にしていたというのに、零は周囲の華やかさにも気圧されていない。
それどころか、気楽にロビーを眺めているように見せながら、玄関付近の警備員や館内の監視装置、非常口の位置まで確認していた。
その時――。
人々のざわめきに紛れ、鋭い気配が零の肌を撫でた。
殺気。
そう呼ぶにはあまりにも微かで、感じ取れたのは一瞬だけだった。
それでも、数え切れないほどの魔法使いや犯罪者と対峙してきた零には分かる。
今のは、力を持て余した素人のものではない。
人を殺すことにも、その気配を隠すことにも慣れた者が、ほんの一瞬だけ漏らした殺気だった。
「…………」
零の足が止まる。
黄金色の瞳だけを動かし、気配を感じた方向へ視線を向けた。
そこにいるのは、華やかな衣装に身を包んだ招待客たちだけだった。
グラスを片手に談笑する男女。
受付へ向かう老夫婦。
参加者を案内するホテルの従業員。
不審な動きを見せる者はいない。
先ほどの殺気も、人混みへ溶け込むように跡形もなく消えていた。
「黒神くん?」
急に動きを止めた零を、鈴華が心配そうに見上げる。
「いや、まだ何でもねえよ。受付はあっちだ」
「……分かりました」
零の返事に含まれた「まだ」という言葉を、鈴華は聞き逃さなかった。
しかし、人の多いロビーで問い重ねることはしない。
代わりに零との距離を半歩詰め、その碧色の瞳でさりげなく周囲を見渡した。
零はそんな鈴華を横目で確かめると、彼女に合わせるように歩調を僅かに緩める。
確証がない以上、今は騒ぐわけにはいかない。
気のせいで済むなら、それでいい。
それでも零の意識は先ほどまでより鋭く、ロビーを行き交う一人一人の動きを捉えていた。
受付の列には数組の招待客が並び、招待状や身分証を提示しては奥へ案内されていく。
やがて、零たちの順番が回ってきた。
「いらっしゃいませ。招待状と身分証を拝見いたします」
「ああ。これです」
零は鞄から招待状を取り出し、学生証と一緒に受付の女性へ差し出した。
鈴華も自分の学生証を取り出す。
受付の女性は招待状へ目を通したあと、手元の端末に表示された名簿と二人の学生証を照合した。
「黒神零様と、ご同伴の白河鈴華様ですね」
「はい」
「ご同伴」という言葉に、鈴華の胸が小さく跳ねる。
それでも表には出さず、落ち着いた声で答えた。
受付の女性は二人の制服姿にも特別な反応を見せず、丁寧な笑みを向ける。
「お二人とも、登録を確認いたしました」
その言葉を聞き、鈴華の胸に僅かに残っていた不安も消えていく。
同伴者として鈴華の名前も、きちんと登録されていたらしい。
受付の女性は招待状と学生証を返すと、奥へ続く通路を手で示した。
「会場は、この先の大宴会場でございます。どうぞ、ごゆっくりお楽しみください」
「ありがとうございます」
鈴華は丁寧に頭を下げ、零も軽く会釈を返した。
二人は案内された通路へ進んでいく。
奥へ進むにつれて、楽団の奏でる音楽と人々の話し声が大きくなっていった。
やがて、大きな両開きの扉が二人の前に現れる。
左右に控えていた係員が、ゆっくりと扉を開いた。
その先に広がっていた光景を前に、鈴華の碧色の瞳が見開かれる。
壁や柱へ施された繊細な装飾。
白いクロスの敷かれたテーブルには、色鮮やかな料理や飲み物が並べられている。
会場の一角では楽団が優雅な旋律を奏で、給仕たちが招待客の間を静かに行き交っていた。
正面には挨拶や演奏に使われる舞台も設けられている。
天井から降り注ぐ柔らかな光を受け、会場全体が淡い金色に包まれていた。
「……本当に、別世界ですね」
「見惚れてると置いてくぞ、白河」
「先ほど、勝手にいなくならないと約束したばかりですよね?」
鈴華がすぐに指摘すると、零は楽しそうに口元を緩めた。
「冗談だよ」
軽口を返しながらも、零の黄金色の瞳は華やかな装飾ではなく、会場全体へ向けられていた。
複数ある出入口。
壁際に配置された警備員。
参加者に交じって周囲を警戒する、黒いスーツ姿の男たち。
そして、アイリスが姿を見せた際に使われる可能性のある舞台や通路。
零は先ほど感じた殺気を忘れることなく、その一つ一つを静かに確認していく。
その途中で、黄金色の瞳がふと止まった。
人混みの向こうから、零と鈴華へ視線を向けている者がいる。
先ほどのような殺気ではない。
敵意も警戒心もなく、ただ面白いものを見つけたとでも言いたげな視線だった。
零がそちらへ目を向ける。
その目線の先を見た瞬間、零はこれから何を言われるのか察した。
「あー……」
いかにも面倒なものを見つけたような声が漏れる。
「どうしたのですか?」
鈴華が零の視線を追おうとする。
その前に、その目線の先の男性が人混みの中から歩み寄ってきた。
「いやはや、隅に置けないな。同志黒神よ」
聞き覚えのある声が、人々の話し声に交じって届いた。
鈴華は声のした方へ顔を向け、驚いたように目を丸くした。
「影山くん!?」




