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漆黒の流星《ブラックスター》  作者: ショウ
第1章:漆黒の流星
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9/15

5話:黒の魔法使い①

黒神零が起こしたプール破壊事故(事件)から数日後。


星峰市の路地裏に、悲鳴が響いた。

薄暗い街灯の下で、数人の男たちが地面へ倒れ伏している。

荒い息。

呻き声。

割れたアスファルトには黒い焦げ跡が残り、焦げ臭い匂いが静かに漂っていた。


その中心に、1人の男が立っている。

右手には黒い炎。

赤でも青でもない。

煤のように暗く、周囲の光を吸い込むような不気味な炎だった。


「な、なんなんだよ……お前……」


倒れた男の一人が震える声で呟く。

男はその姿を見下ろし、ゆっくりと口元を歪めた。


「聞いたことくらいあるだろ。」


一歩だけ前へ出る。

黒い炎が静かに揺れ、男の影を長く伸ばした。


「半年前に姿を消した、黒い魔法使い。」


短い沈黙。

男は愉快そうに笑う。


漆黒の流星(ブラックスター)。」


その名を聞いた瞬間、倒れていた男たちの顔色が変わる。


「ま、まさか……。」


恐怖に染まる表情を眺めながら、男は満足そうに頷いた。


「そうだ。」

黒い炎が大きく燃え上がる。


「俺が漆黒の流星(ブラックスター)だ」


夜風が吹き抜けた。

炎だけが静かに揺れ続ける。

その日を境に、星峰市では『黒い魔法使い』による事件が相次ぐことになる。


-----


次の日

星峰魔法高等学校は、表面上こそ平穏を取り戻していた。

春の柔らかな風が校舎の間を吹き抜ける。

昼休みになれば生徒たちの笑い声が響き、放課後になれば運動部の掛け声が校庭へ広がる。

どこにでもある学校の日常。

しかし、その穏やかな空気の裏では、一つの噂が静かに広まり始めていた。

黒い魔法を使う何者かが現れた。


-----


昼休み。

屋上では、いつもの3人がフェンス際へ腰を下ろしていた。

春風が心地よく吹き抜け、それぞれ昼食を広げている。

零は焼きそばパンを片手に、ぼんやりと星峰市の街並みを眺めていた。

校庭からは、生徒たちの笑い声が風に乗って聞こえてくる。


「聞いたか、同志黒神!」

屋上へ影山の大声が響く。


焼きそばパンを口へ運ぼうとしていた零は、その一言だけで嫌な予感がした。

ゆっくりと視線だけを向ける。


「まだ何も聞いてないけど、嫌な予感しかしない。」


影山は待ってましたと言わんばかりにスマートフォンを掲げた。

画面には、星峰市内で起きた事件の記事が表示されている。


「最近、学校周辺で黒い魔法を使う奴が暴れてるらしい!」


天野は箸を止め、スマートフォンへ目を向けた。


「黒い魔法?」


その隣で、零も静かに耳を傾ける。

影山は画面をスクロールしながら説明を始めた。


「これで3件目だ。」


最初に映ったのは、商店街の写真だった。

曲がった街灯と、無残に壊れた看板。

「1件目は商店街。」

「看板を破壊して逃走。」


さらに画面を送る。

今度は、黒く焼けたアスファルトが映し出された。

「2件目は路地裏。」

「不良グループを返り討ち。」


最後の写真へ切り替わる。

焼け焦げたシャッター。

「3件目は倉庫街。」

「器物損壊。」


影山はスマートフォンを下ろし、満足そうに頷いた。

「全部、同じ奴の仕業らしい。」


春風が3人の間を吹き抜けた。

穏やかな昼休みとは対照的に、画面へ映る焦げ跡だけが妙に生々しい。


「そして!」


影山は意味ありげに身を乗り出した。

近くで昼食を取っていた生徒が、何人かこちらを振り返る。

影山は構わず咳払いを一つすると、わざと声を低くした。


漆黒の流星(ブラックスター)


その一言に、天野が首を傾げる。

漆黒の流星(ブラックスター)?」


影山は待ってましたと言わんばかりに笑みを浮かべた。


「世界最高峰の魔法組織アストラル・オーダー。」

「その第1執行部『星刻』に所属している特別執行官の異名だ。」


天野は少し目を見開き、記憶を辿るように視線を上げた。

「……それなら名前くらいなら俺も知ってる。」

「海外じゃ、かなり有名な魔法使いだったよな。」


影山は嬉しそうに頷く。

「実力もそうだけど、何かと騒ぎを起こすことで有名だった。」


スマホを見ながら苦笑した。

「上の人間からすれば、胃が痛くなるような問題児だったらしい。」


その話を聞いた零は、牛乳へ手を伸ばしかけた動きを止める。

一瞬だけ眉がぴくりと動き、そのまま何事もなかったように視線を校庭へ逸らした。


「同志黒神?」

影山が不思議そうに首を傾げる。

零は数秒遅れて牛乳を口に運ぶ。


「……いや。」

視線は戻さないまま、気怠げに答えた。

「随分と苦労してそうな奴だなと思って。」


春風が吹き抜け、校庭から運動部の掛け声が聞こえてくる。

影山は笑いながら頷いた。


「だろ? 俺も資料読んでて同情した。」


スマホをもう一度スクロールする。


「……もっとも、そんな漆黒の流星(ブラックスター)も今じゃ消息不明だったんだけどな。」


天野が眉を上げた。

「行方が分からなかったのか?」


影山は頷く。

「急に半年前から消息不明になってた。」


そこで一度だけ言葉を切る。

もったいぶるように二人の反応を窺うと、1本ずつ指を立て始めた。


「死亡説。」

「極秘任務説。」

「裏切り説。」

そこで一度だけ言葉を切る。

影山は口元をにやりと緩めた。


「そして……恋人と駆け落ち説なんてのもある。」


一瞬だけ屋上へ静寂が流れた。

零はパンを持つ手を止める。


数秒だけ呆気に取られたあと、思わず吹き出した。

「ははっ……。」

苦笑しながら額へ手を当てる。

「……いや、なんでそうなる。」


呆れ半分の返しに、影山は「待ってました」と言わんばかりに身を乗り出した。

人差し指を立て、得意げに笑う。


「そうとも限らんぞ。」

「何しろ、漆黒の流星(ブラックスター)には恋人がいたって噂もある。」


その一言に、天野が興味深そうに顔を上げた。

「そんな話まであるのか。」


「海外じゃ結構有名らしい。」


一方の零は、静かに天を仰いだ。

そして再び額へ手を当てる。

小さく息を吐くと、苦笑混じりに口を開いた。


(勘弁してくれ……。)


影山はスマートフォンを軽く振ってみせる。

その様子を眺めていた天野は、ふと思い出したように零へ視線を向けた。

入学初日に配られた生徒名簿。

黒神零の経歴には、イギリスの学校からの入学と記載されていたことを思い出す。


「そういえば。」

「黒神、お前もしばらく海外にいたんだよな?」


零はパンを一口運び、何気ない様子で頷く。

天野は腕を組んだ。


「何か知らないのか?」


2人の視線が自然と零へ集まる。

零は少しだけ空を見上げる。

質問の意図を考えるように数秒だけ黙る。

やがて小さく肩の力を抜いた。


「さぁな。」

「そういう噂くらいなら聞いたことはあったかもな」


一拍置いて、パンをもう一口。


「でも、噂なんて尾ひれが付くもんだ。」

「駆け落ちまでは飛躍しすぎだろ。」


そのもっともな返しに、天野は思わず吹き出した。

「確かにな。」


天野も苦笑しながら首を振った。

「誰がそんなこと言い出したんだ。」


影山はスマートフォンをひらひらと振る。

「それは企業秘密だ。」

わざとらしく声を潜める。

「俺には俺の情報網ってものがあるのさ。」


天野は呆れたように目を細めた。

「……余計に信用できないな。」


「失敬な。ネットの噂よりは精度が高いぞ。」


影山は胸を張るが、零は半眼のまま牛乳を飲んだ。

春風が3人の間を吹き抜け、屋上の空気が少しだけ緩む。

その笑いが途切れた頃、天野はふと表情を改めた。


「でも、その事件の犯人って本物なのか?」


影山は腕を組み、小さく唸る。

「さぁな。」


短く答えると、スマートフォンを軽く掲げた。

「さすがの俺でも、アストラル・オーダーの機密までは調べられなかった。」


少しだけ悔しそうに笑う。


「だから、漆黒の流星(ブラックスター)がどんな魔法を使うのかも分からない。」


一拍置き、口元を緩める。


「でも、1つだけ共通していることがある。」


天野が自然と身を乗り出した。

「共通点?」


影山はスマートフォンを操作し、海外の記事を表示する。

掲載されている写真はどれも遠くから撮影されたものばかりで、黒い影のようなものが映っているだけだった。


「証言は全部バラバラなんだ。」


画面を指でなぞりながら、1つずつ読み上げていく。

「黒い炎だった。」

「黒い光だった。」

「黒い流星みたいだった。」


記事をスクロールしながら続ける。

「形も見え方も一致してない。」

「でも――。」

そこで影山は画面を消し、2人を見回した。

「全員が口を揃えて言ってることが1つだけある。」

「黒い魔法を使っていた。」


昼の風が屋上を吹き抜け、フェンスがかすかに軋んだ。

その話を聞きながら、零はパンを一口かじる。

海外の記事まで集め、目撃証言を1つずつ照らし合わせている。

駆け落ち説のような出鱈目も混じってはいる。

それでも、噂だけで終わらせず、自分なりに情報を整理しているあたりは感心するしかなかった。


(……へぇ。)

(意外とちゃんと調べてるな。)


心の中で小さく感心する。

情報屋を名乗るだけのことはあるらしい。


天野は静かに頷いた。

「黒い魔法……。」

「今回の犯人も同じだな。」


影山も頷き返す。

「そう。」

「だから本物だって噂になってる。」


スマートフォンをポケットへしまいながら続けた。

「でも、それだけじゃ断定はできない。」


一拍置き、2人の顔を見回す。


「見た目が黒い魔法なんて、探せば他にもあるかもしれない。」

「少なくとも、今回の犯人が本物の漆黒の流星(ブラックスター)だとは言い切れないってことだ。」


影山はスマートフォンをポケットへしまうと、不意に何かを思い付いたように笑った。


「例えばさ。」

そう言って、人差し指を零へ向ける。

「ここにも黒い魔法を使う奴がいる。」

 一拍置き、口元をにやりと緩めた。

「そうだろ?」

「同志黒神。」


零は牛乳を一口飲み、ゆっくり紙パックを机へ置く。

「ん?」


影山は身を乗り出した。

「お前も黒い魔法を使うよな。」

「同じ黒い魔法使いとして、どう思う?」


昼の風が屋上を吹き抜ける。

フェンスが小さく軋み、零の前髪を揺らした。

零は少しだけ空を見上げる。

質問の意味を考えるように数秒だけ黙ると、小さく口元を緩めた。


「さあな。」


肩の力を抜いたまま答える。


「黒い魔法なんて、それだけじゃ何も分からねぇよ。」


昼の風が前髪を揺らした。


「見てもいない魔法を、噂だけで同じだ違うだって決めつける方が危ねぇ。」

「実際に見りゃ、案外まるで別物ってこともある。」


天野は感心したように頷いた。

「確かに。」


一度フェンスへ目を向けてから続ける。


「実際に見なきゃ分からないことも多いからな。」


影山は苦笑を浮かべる。

「情報屋としては耳が痛いな。」


3人の間に小さな笑いが広がった。


零は紙パックを折り畳みながら、校舎の向こうへ視線を流す。

黒い炎。

そして、漆黒の流星(ブラックスター)を名乗る人物。

胸の奥に、小さな違和感だけが残る。


(……今は関係ないか)


だが、その時はまだ。

ただの愉快犯。

その程度にしか思っていなかった。

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