6話:2人でパーティ②〜デート?〜
星峰市の公園。
夕方の公園に人影はない。
木々の隙間から差し込む茜色の光が、並んだベンチの影を長く地面へ落としている。
通りを走る車の音も、ここまでは遠く聞こえるだけだった。
零は周囲を確かめてから、鈴華へ向き直った。
「今から話すことは、パーティーに行くかどうかに関係なく、絶対に誰にも言うな」
「……分かりました」
鈴華は招待状を胸元で持ち直し、真剣に頷いた。
「表向き、アルディア王家はこのパーティーを欠席することになってる」
数日前に届いた訃報を思い出し、鈴華の表情が曇る。
女王と第一王子が相次いで亡くなったばかりだ。
王家が国外の催しへ参加しないと聞いても、不自然ではない。
「けど、本当は第一王女が女王の代理として出席する。来日することも、パーティーへ出ることも事前には公表されない」
「第一王女が、極秘で日本へ……」
「ああ。このことを知ってる人間も限られてる」
零から念を押された理由を理解し、鈴華は招待状を握る指へ力を込めた。
「先日の事件と、何か関係があるのですか?」
「分からねぇ」
零は木々の向こうに沈みかけた夕日へ目を向ける。
「女王と第一王子が亡くなった原因も、まだ正式には判明してない。だから俺も、任務として行くわけじゃない」
何も起きなければ、普通にパーティーへ参加して帰るだけ。
しかし、アイリスの身に危険が及ぶ可能性を完全には否定できない。
そのため、何か起きた時に動ける人間として零へ招待状が渡された。
「俺は、もしもの時の保険みたいなもんだ」
「保険……」
零の力を必要とする事態まで、想定されている。
その意味を理解した鈴華の胸へ、重い不安が広がった。
「白河に何かさせるつもりはねぇ。何か起きたら、俺が対処する」
零は黄金色の瞳で、鈴華を真っ直ぐに見つめる。
「それでも、絶対に安全だとは言い切れない。だから、事情を聞いたうえで決めてくれ。嫌なら断っていい」
普段は気怠げで、何事にも無頓着に見える。
それでも、鈴華を何も知らないまま連れていこうとはしなかった。
危険についても隠さず話し、最後の判断を委ねてくれている。
鈴華は手元の招待状へ目を落とした。
不安がないと言えば嘘になる。
しかし、危険があるかもしれないと知りながら、零だけを送り出すことにも抵抗があった。
やがて鈴華は顔を上げる。
「その前に、一つ確認してもいいですか?」
「ん?」
「私、こういうパーティーへ着ていくドレスなんて持っていませんよ?」
鈴華が招待状の豪華な装飾を指先で示す。
危険についての返事ではなく、服装を尋ねられるとは思わなかったのだろう。
零は一瞬、何を言われたのか分からないような顔をした。
「あー……それなら、制服でいいぞ」
「制服ですか?」
「ああ。学生は制服でも問題ないって、エレ姉が言ってた」
零は自分の制服の襟元を軽く引いた。
「俺も制服で行く。二人とも同じなら、白河だけ浮くこともないだろ?」
「黒神くんもですか?」
「おう。学生の正装ってことでいいんじゃねぇの?」
理屈は相変わらず大雑把だ。
それでも、自分だけが周囲から浮かないよう、零も同じ服装で参加するつもりらしい。
「……ふふっ」
「なんだよ?」
「いえ。黒神くんらしいと思いまして」
納得していない零の顔を見て、鈴華の緊張も少しだけ解けた。
服装を確認した時点で、自分の答えは決まっている。
鈴華は胸元で招待状を抱え、零を真っ直ぐに見つめた。
「分かりました。私もご一緒します」
「本当にいいのか?」
今度は零が確認する番だった。
黄金色の瞳には、先ほどまでの軽さがない。
「はい。危険があるかもしれないことも理解しました」
鈴華は迷うことなく頷いた。
「それでも、事情を知りながら黒神くんだけを送り出して、何も知らないふりをして待っているのは嫌です」
「白河……」
「私は、自分の意思で一緒に行きたいです」
零はしばらく鈴華の顔を見つめていた。
その決意が変わらないと分かると、止める代わりに小さく息を吐く。
「そっか。なら、決まりだな。同行者の登録は、俺から出しておくよ」
零の表情にも、ようやく普段の気楽さが戻った。
「待ち合わせの時間と場所は、あとで連絡する」
「分かりました」
鈴華は招待状を零へ返した。
二人は公園を出ると夕暮れの道を再び並んで歩き始める。
零に誘われた、国際親善パーティー。
危険があるかもしれないことは、理解している。
それでもこの時の鈴華には、自分が身につけた夢幻のささやかな祝いへ、少し特別な事情が加わった程度にしか思えていなかった。
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そして今――。
鈴華は机の上に置かれた資料へ意識を戻した。
明日は、パーティー当日。
零から伝えられた待ち合わせは夜だった。
つまり、夜に零と一緒にいることになる。
これまでにも、零と二人で帰ったことは何度かある。
休日に二人で会い、魔法の訓練をしたこともあった。
けれど、放課後はただ同じ帰り道を歩いていただけで、休日もあくまで訓練のためだった。
今回にも、きちんとした目的がある。
それでも、事情を抜きにして予定だけを並べてみると――。
休日に待ち合わせをして。
揃って制服を着て。
二人で夜のパーティーへ向かう。
意識した途端、鈴華の頬がじわじわと熱を帯びた。
(よ、よく考えたら……)
これは、見方によっては――デート?ーー。
そこまで考えたところで、鈴華は勢いよく首を横へ振った。
(ち、違います!)
新しい魔法を身につけた記念と四月の事件のお礼。
同伴者として選ばれたのも、零の事情を知っているからだ。
何より、零本人に特別な意図がないことくらい分かっている。
(黒神くんは、絶対にそんなこと考えていませんし……!)
頭では理解している。
それなのに当日が近づくにつれ、「二人で出かける」という部分ばかりを意識してしまう。
「白河」
「――っ!」
再び鏡野に名前を呼ばれ、鈴華の背筋が伸びた。
鏡野は資料から顔を上げ、今度は鈴華の頬を見ている。
「今度は顔が赤いけど」
「こ、これは……」
鈴華は慌てて両手で頬を押さえた。
確かに、手のひらへ伝わるほど熱を持っている。
「少し室内が暑いだけです」
「そう?」
鏡野は、涼しい風が吹き込んでいる窓へ目を向けた。
どう考えても、暑さが原因とは思えない。
「はい。何もありません!」
必要以上に力強く否定する鈴華を、鏡野はしばらく見つめた。
何かあるのは明らかだったが、本人が話そうとしない以上、無理に聞き出すつもりはないらしい。
「なら、いいけど」
鏡野は作業へ戻った。
鈴華も誤魔化すように資料を一枚めくる。
けれど、その頁に書かれた内容も、やはり少しも頭へ入ってこなかった。
明日は土曜日。
零と二人で参加する、夜のパーティー。
誘われた時には気にしていなかったはずなのに、
当日が近づくにつれ、鈴華は少しずつ、その意味を意識し始めていた。




