6話:2人でパーティ①〜お誘い〜
それから数日後――。
金曜日。
風紀部星峰支部。
開け放たれた窓から五月の風が吹き込み、机の上に積まれた資料の端を揺らしていた。
鈴華はその一枚を手に取り、並んだ文字を目で追っている。
少なくとも、本人はそのつもりだった。
気づけば同じ行を何度も読み返しており、先ほどから頁は一枚も進んでいない。
明日は土曜日。
風紀部の活動を終えたあと、鈴華は零と待ち合わせることになっている。
そして――。
『今週末の夜、空いてるか?』
数日前に聞いた零の声が蘇り、資料をめくろうとしていた指が止まった。
「白河?」
「……はい?」
名前を呼ばれ、鈴華は顔を上げた。
向かいの机では、鏡野が不思議そうにこちらを見ている。
「さっきから同じところを読んでない?」
「え?」
鏡野の視線を追い、自分の手元を確かめる。
資料は、最初に開いた頁のままだった。
「い、いえ。少し考え事をしていただけです」
「そう?」
鏡野はまだ気になるようだったが、それ以上は追及せず、自分の作業へ戻った。
鈴華も資料へ目を落とす。
しかし、新しい行を読み始めるより先に、意識は再び数日前の帰り道へ戻っていった。
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数日前――。
いつもの訓練を終えた帰り道。
夕暮れに染まる街を、零と鈴華は並んで歩いていた。
その日の鈴華は、夢幻を維持したまま何度も隕石を躱していた。
まだ長く使い続けることはできないものの、最初の頃と比べれば、認識をずらせる距離も発動の安定性も確実に増している。
「今日もありがとうございました」
鈴華が隣へ顔を向ける。
「ん。お疲れ」
零は片手をポケットへ入れたまま、気の抜けた返事をした。
通りには、学校や仕事を終えた人々の姿が増え始めている。
走り去る車の音に交じり、家路を急ぐ学生たちの話し声が聞こえてきた。
二人もしばらく並んで歩いていたが、零が不意に声を上げる。
「なぁ、白河。今週末の夜、空いているか?」
唐突な質問に、鈴華は週末の予定を思い返した。
「土曜日は風紀部の活動がありますが、夕方には終わります。その後でしたら大丈夫です」
「なら、ちょうどいいな」
零は鞄を開き、中から一通の封筒を取り出した。
「その日の夜にパーティーがあるんだけど、白河も来るか?」
「……パーティー?」
予想していなかった誘いに、鈴華の足が止まった。
零も数歩先で立ち止まり、封筒から取り出した招待状を差し出した。
「これ」
鈴華は両手で受け取った。
厚みのある上質な紙には、細かな金の装飾が施されている。
中央へ刻まれた紋章も、普段目にするようなものではなかった。
参加者として記されているのは、黒神零の名前。
その下には、同伴者一名の出席を認める旨が添えられていた。
「……随分と立派な招待状ですね」
「そうか?」
あまりにも関心の薄い返事に、鈴華は思わず零を見た。
「そうかって……。これを見るだけでも、かなり格式の高いパーティーだと分かりますよ?」
「言われてみれば、無駄に豪華だな」
「今まで気づいていなかったんですか?」
鈴華は呆れながら、もう一度招待状へ目を落とした。
零にとっては、会場へ入るために必要な紙でしかないのだろう。
施された装飾にも、主催者の格式にも興味がないらしい。
「これ、本当に私が行ってもいいんですか?」
「ああ。同伴者を一人連れていけるからな」
零は再び歩き始めた。
鈴華も招待状を持ったまま、その隣へ追いつく。
「でも、どうして私を?」
「夢幻も形になってきただろ。ちょっとした記念だよ」
「新しい魔法の記念、ですか?」
思いがけない答えに、鈴華の碧色の瞳が明るくなる。
零はその反応を横目に捉え、楽しそうに笑った。
「最初に比べれば随分使えるようになったからな」
「ありがとうございます」
零から成長を認められたことで、胸の奥に温かなものが広がった。
何度も隕石に追い詰められ、失敗するたびに試行錯誤を重ねてきた。
その成果を零がきちんと見てくれていたことが、鈴華には嬉しかった。
「まあ、まだ俺には一発も当てられてないけどな」
「……それは今から頑張ります」
「期待してるよ」
余裕のある零の笑みに、鈴華も負けじと見返す。
「いつか、その余裕もなくしてみせますから」
「おう。できるもんなら、やってみろ」
言葉こそ挑発的だが、零の声はどこか楽しそうだった。
鈴華も悪い気はしない。
むしろ、いつか必ず攻撃を届かせてみせようという意欲が湧いてくる。
そんな鈴華を見ながら、零はもう一つの理由を口にした。
「それと、四月の事件の時、俺のこと黙っててくれただろ?」
「それは……」
「その礼も、まだちゃんとしてなかったしな」
鈴華は困ったように眉を下げた。
「お礼をしてもらうようなことではありません。私が勝手に黙っていただけですから」
「俺が礼をしたいんだから、別にいいだろ」
零は気にした様子もなく言い切った。
「夢幻の記念と四月の礼。まとめて済ませれば一石二鳥じゃん」
「黒神くんは、そういうところが少し強引ですよね……」
「そうか?」
「そうです」
自覚がないらしい零へ、鈴華は小さく笑った。
これ以上遠慮しても、零は納得しないのだろう。
「あと、俺みたいな高校生が一人で参加するのも不自然らしい」
「……もしかして、それが一番の理由ですか?」
鈴華が横から顔を覗き込む。
零は少し考えたあと、悪びれることなく笑った。
「それも理由の一つ。白河なら俺の事情も知ってるし、ちょうどいいだろ?」
「まったく……黒神くんらしいですね」
純粋なお祝いだけではなかったらしい。
それでも、都合の悪い理由まで隠さず話してしまうところは、いかにも零らしかった。
鈴華が招待状を返そうとしたところで、零の足が止まる。
「ただ、最後に話しておくことがある」
先ほどまでとは違う声音に、鈴華も笑みを収めた。
「ここじゃ話せない。ちょっと来てくれ」
零は人通りのある道を外れ、近くの小さな公園へ向かった。




