↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
漆黒の流星《ブラックスター》  作者: ショウ
第2章:天輝花

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
87/153

5話:招待者③〜もう一人〜

しばらくして――。

端末の画面へ、通信接続を示す表示が浮かんでいた。


やがて映し出されたのは、遠く離れたイギリス・ロンドン。

アストラル・オーダー本部の執務室だった。


画面の向こうでは、エレノアが執務机の中央に座っている。

通信が繋がると、彼女はいかにも意外そうに目を瞬かせた。


『あら、零。あなたから連絡をくださるなんて、珍しいですね。どうしたのですか?』


「……その言い方、絶対知ってるだろ」


エレノアは心当たりがないとでも言うように、わずかに首を傾げた。

だが、机の上の書類はすでに閉じられ、端末の正面へきちんと座っている。

零からの連絡を待っていたとしか思えない落ち着きぶりだった。


『何のことでしょう?』


「これだよ」


零はソファへ腰を下ろし、玄一から届いた招待状を画面へ向けて掲げた。

それを見たエレノアの口元に、ようやく小さな笑みが浮かぶ。


『ああ。その招待状でしたか』


「やっぱり知ってんじゃねぇか」


『さて、何のことでしょうね?』


穏やかな顔でとぼけるエレノアを零は半眼で見つめた。


「何が起きてる?」


零が招待状をテーブルへ置くと、エレノアからも柔らかな笑みが消えた。


『では、順番に説明します』


長官としての声音へ戻り、エレノアは真っ直ぐに零を見つめる。


『まず、アイリス王女は無事です。少なくとも、今のところは』


「……そうか」


零の肩から力が抜けた。

女王と第一王子の訃報を知ってから、アイリスの安否はずっと気に掛かっていた。

無事だと分かっただけでも、胸の奥に残っていた重さが少し和らぐ。

しかし、完全に安心することはできなかった。


「二人が死んだ原因は?」


『現在も調査中です。ただ、こちらへ入っている情報を見る限り、事故や病死とは考えにくいでしょう』


「やっぱり、暗殺か」


『その可能性が高いと見ています』


エレノアは手元の資料を開いた。


『亡くなる前、女王陛下と第一王子殿下は、天輝花の違法流通について独自に調べていたそうです』


「天輝花……」


三年前の光景が、零の脳裏をよぎる。

本来は、魔力欠乏症の治療に使われる希少な薬草。

その一方で、一時的に魔力を増強する作用も持っている。

強い中毒性に加え、過剰に摂取すれば魔力暴走や身体機能の低下を招き、最悪の場合は命にも関わる。

危険性の高さから、軍事目的での使用や流通は固く禁じられていた。


「二人の死に、天輝花が関係してるってことか?」


『まだ断定はできません』


エレノアの指先が、資料の一部をなぞる。


『ですが、天輝花の流通を調べていた二人が、ほぼ同じ時期に亡くなった。無関係と判断するには、あまりにも出来すぎています』


王位継承を巡る争いなのか。

天輝花の利権が目的なのか。

あるいは、その二つが繋がっているのか。

現時点では、アストラル・オーダーも答えを掴めていない。


「それで、アイリス姉は日本に来るのか?」


『ええ。本来は女王陛下が出席する予定だったパーティーへ、代理として出席します』


「でも、表向きは王家も欠席することになってるんだろ?」


『そのとおりです』


エレノアは静かに頷いた。


『アイリス王女の来日と出席は、事前には公表されません。公式には、女王陛下の欠席に伴い、アルディア王家も出席しないままパーティーが開催されることになっています』


アイリスは別の経路から会場へ入り、限られた関係者と招待客の前にだけ姿を見せる。

来日そのものを知っているのも、アルディア王家と日本側の主催者、警備関係者の一部に限られていた。


『これは、王女の安全を守るためです』


「もし、それでも敵がアイリス姉を狙ってきたら……」


『限られた関係者の中から情報が漏れたことになります』


エレノアの眼差しが鋭さを帯びる。

王女の出席を非公表にしても襲撃が起きたのなら、偶然では済まされない。

アルディア王宮。

日本側の主催者。

あるいは、警備に関わる者。

そのいずれかに、敵と繋がる人物がいることになる。


「だから、大っぴらに護衛も頼めないってわけか」


『ええ。レオン伯爵も、王宮内部に今回の事件と関わる者がいる可能性を疑っています』


正式にアストラル・オーダーへ協力を求めれば、王家が何かを警戒していると相手に悟られるかもしれない。

そのためレオンは、三年前にアイリスへ写真を届けた新聞記者――神黒一玄へ個人的に相談した。

その神黒一玄が第2執行部《蒼穹》の幹部であり、零の父親である黒神玄一ことをレオンは知らない。


「それで、親父のところに招待状が渡ったのか」


『ええ。そして、玄一があなたへ送ったということです』


「まわりくどいことしやがって……」


零はぼやきながら、ソファの背もたれへ身体を預けた。

それでも、招待状を返すとは口にしない。

その様子を見たエレノアは、わずかに表情を和らげた。


『勘違いしないでください。これは、アストラル・オーダーからの正式な任務ではありません』


「分かってるよ」


『ええ。現時点では、日本で何かが起きると決まったわけでもありません』


アイリスが命を狙われているという確かな証拠はない。

何事もなくパーティーへ出席し、王国へ帰る可能性も十分にある。


『あなたは、あくまで万が一に備えた保険です』


「保険、ねぇ……」


『参加する義務はありません。行きたくないのであれば、招待状は玄一さんへ返しても構いませんよ』


エレノアは穏やかな口調で告げた。

しかし、零がどのように答えるのか分かっているような目をしている。


「……行かないとは言ってねぇだろ」


『そうでしたか?』


いかにも初めて聞いたとでも言いたげな返事だった。

零が不満そうに睨んでも、エレノアは涼しい顔を崩さない。


『何も起きなければ、普通にパーティーを楽しんで帰ってくればいいのです。それが一番でしょう?』


「父さんの手紙にも同じこと書かれてたよ」


零はテーブルの上に置いた招待状を手に取った。

アイリスが無事に公務を終え、何事もなく帰国する。

それで済むなら、それ以上望むことはなかった。


「それより、この招待状。同伴者を一人連れていけるみたいだけど」


『玄一さんから、誰か誘うように言われたのですか?』


「ああ。四月の事件で世話になった風紀部の奴でも誘えってさ」


エレノアは少し考える素振りを見せたあと、すぐに一人の名前を口にした。


『白河鈴華さんですね』


「……名前まで知ってんのかよ」


『もちろんです。玄一さんが彼女の名前を挙げた理由も分かりますよ』


エレノアはどこか楽しそうに目を細めた。


『あなたがコートを譲った方でしょう?』


「ぐっ……」


思いがけないところを突かれ、零の言葉が止まった。

あのコートは、戦いで傷んだ鈴華の制服を隠すために着せたものだった。

ただ、そのまま譲ったのは、防御術式の施されたコートなら、自分がそばにいない時でも彼女を守ってくれると考えたからでもある。

何の意味もなく渡したわけではないだけに、強く否定することはできなかった。


『それに、最近は魔法の訓練にも付き合っているそうですね。ずいぶん親しくなったようで』


「……なんでそこまで知ってんだよ」


零が顔をしかめると、エレノアは穏やかな笑みを崩さないまま答えた。


『まあ、あなたからは何も報告がありませんでしたけどね』


「…………」


零は気まずそうに視線を逸らした。

四月の事件を、このまま隠し通せるとは最初から思っていなかった。

玄一やエレノアの情報網を考えれば、いずれ知られることくらい分かっている。


それでも、自分から報告する気にはなれなかった。

休暇中にもかかわらず、自分から漆黒の流星(ブラックスター)事件へ首を突っ込んだ。

そのうえ、事件の顛末や自分の正体について、鈴華にも口外しないよう頼んでいる。

そんなことを進んで話せるはずもなく、零は黙り込むしかなかった。

エレノアも、その沈黙から事情を察したのだろう。

それ以上追及することなく、静かに続きを待っている。

零は話を戻すように、手にした招待状へ目を向けた。


「……でも、白河は一般人だ。危ないかもしれない場所へ、俺の都合で連れていっていいのか?」


『無理に連れていくべきではありません』


エレノアの表情から、からかうような色が消える。


『ただ、白河さんはあなたの正体も、アストラル・オーダーの存在も知っています。事情を何も知らない方を同行させるより、状況を理解したうえで判断できる方ではあります』


「それはそうだけどさ」


柔らかな声音のまま、エレノアは零を真っ直ぐに見つめる。


『それに、あなた一人で会場へ入れば、かえって目立ちます』


「俺が?」


思い当たる節がないのか、零は怪訝そうに眉を寄せた。


『招待客の多くは、各国の関係者やその家族です。その中に高校生が一人でいれば、何者なのかと注目されても不思議ではありません』


万が一に備えるため会場へ入る以上、零が必要以上に警戒される状況は避けた方がいい。


『ですが、同じ学校の方を伴っていれば、家族や学校の関係で招かれた学生に見えるでしょう。あなたが護衛を兼ねているとは思われにくくなります』


「なるほど。白河と二人で行った方が、普通の招待客に紛れやすいってことか」


『そういうことです』


エレノアは静かに頷いたあと、その口元へ悪戯っぽい笑みを浮かべた。


『もっとも、お二人が恋人同士だと思われる可能性はありますけれど』


「余計な設定を足すな」


間を置かずに返された言葉に、エレノアは楽しそうに目を細めた。

画面の向こうで不満そうな顔をする零を見つめながら、その脳裏に一人の少女の姿が浮かぶ。


いつも零の隣で、太陽のように笑っていた神桜蕾。

彼女を失ってから零がどれほど深く傷ついたのかも、エレノアは知っている。


鈴華は、蕾の代わりではない。

誰かが、誰かの代わりになれるはずもない。

それでも、零が新たに出会った相手を信頼し、自分のそばへ置こうとしている。

蕾を忘れることなく、もう一度誰かとの時間を大切にできるようになるのなら、それは決して裏切りではなかった。


『……そろそろ、いいのかもしれませんね』


「何が?」


零が不思議そうに聞き返す。

エレノアは一度目を瞬かせると、胸の内を隠すように穏やかな笑みを浮かべた。


『いいえ。こちらの話です』


零は納得していない様子だったが、それ以上は追及しなかった。

エレノアも表情を改め、長官としての声音へ戻る。


『ただし、それと安全の話は別です』


柔らかな声の奥に、指揮官としての厳しさが戻った。


『誘うのであれば、危険がないとは言い切れないことも含め、分かっている事情をきちんと説明してください。そのうえで参加するかどうかを決めるのは、白河さんです』


エレノアは満足したように、柔らかな笑みを浮かべた。

零は招待状の同伴者欄を見つめる。

今日の訓練で、自分が海外へ行ってしまうのではないかと心配していた鈴華。

学校を卒業するまでは日本にいる。

そう伝えただけで、彼女は目に見えて安堵していた。

その顔を思い出すと、危険があるかもしれないパーティーへ誘うことに、ためらいが残る。

それでも、何も知らせずに一人で向かうより、まずは本人へ事情を話すべきなのだろう。


「……分かった」


零は招待状を封筒の上へ戻した。


「聞くだけ聞いてみるよ」


『ええ。そうしてください』


エレノアが静かに頷く。

その後、アイリスの出席を絶対に口外しないことや、参加を断られた場合は無理に誘わないことを確認し、零は通信を終えた。



-----



暗くなった画面の前で、零は一人、招待状を眺めていた。


「白河を誘う、ねぇ……」


隣には、玄一から届いた手紙が置かれている。


『なんなら、四月の事件で世話になった風紀部の嬢ちゃんでも誘いな』


改めて読み返しても、最後の一文だけは面白がって書いたとしか思えない。


「ったく……余計なこと書きやがって」


零は呆れたようにぼやいた。

しかし、玄一の提案も、すべてが的外れというわけではなかった。

鈴華が夢幻を形にしてからも、二人は次の日から何事もなかったように訓練を続けている。

零がしたことといえば、以前と変わらず魔法を撃ち続けたくらいで、新しい魔法を身につけた記念らしいことは何もしていない。


四月の事件で自分の正体や顛末を黙っていてくれたことについても、まだ礼らしい礼はできていなかった。

国際親善パーティーは、祝いの場としてはいささか大げさかもしれない。

それでも、何もしないままでいるよりはいい。

零は招待状と手紙を封筒へ戻した。


明日、鈴華へ事情を説明する。

危険があるかもしれないことも、アイリスの出席が非公表であることも、そのうえで伝えなければならない。

参加するかどうかは、鈴華自身が決めることだ。


「まあ……誘うだけ誘ってみるか」


零はソファから立ち上がり、夕食の準備をするためにキッチンへ向かった。

テーブルの上に残された、一通の招待状。

本来なら、限られた者しか知らないはずだったアイリスの来日。

その情報がすでに別の場所へ漏れていることを、この時の零はまだ知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。