5話:招待状①〜聞きたいこと〜
それから、さらに数日後――。
朝のホームルームを控えた、星峰魔法高等学校一年C組。
教室では今も、アルディア王国の話題が注目を集めていた。
女王と第一王子の死。
世界中を駆け巡ったその知らせは、日を追うごとに波紋を広げている。当初は伏せられていた二人の最期についても、少しずつ情報が出始めていた。
「やっぱり、暗殺らしいぞ」
「でも、まだ正式な発表じゃないんだろ?」
「次の王位はどうなるんだ?」
教室のあちこちで、生徒たちがスマートフォンの画面を囲んでいる。
普段なら芸能人や学校内の噂話で盛り上がる時間だった。
しかし、一国の女王と第一王子が相次いで亡くなったとなれば、遠い異国の出来事であっても無関心ではいられない。
「海外の報道じゃ、女王陛下と第一王子殿下は別々の場所で亡くなったらしい。しかも、ほとんど同じ時刻だ」
自分の席でスマートフォンを操作していた影山が、普段よりも低い声で告げる。
「それ、本当なのか?」
「まだ裏は取れてない。ただ、複数の現地メディアが同じ情報を掴んでる。単なる事故にしては、妙な点が多すぎるな」
天野が表情を曇らせた。
二人が別々の場所で、ほぼ同時に命を落とした。
それが事実なら、偶然とは考えにくい。
暗殺の噂が広がるのも無理はなかった。
影山はスマートフォンから顔を上げ、窓際の席へ視線を向ける。
「同志黒神は、どう見る?」
「何も分からねぇうちから考えても仕方ないだろ」
零は頬杖をついたまま、窓の外を眺めていた。
返事こそ素っ気ないが、その声にはいつもの気楽さがない。
アルディア王国の訃報が届いてから、すでに数日が経っている。
もしアストラル・オーダーが零の力を必要とするなら、エレノアから直接連絡が来るはずだった。
しかし、今のところ、零に連絡はない。
影山は零の横顔を一瞥したものの、それ以上は尋ねなかった。
普段は好奇心のまま他人の事情へ首を突っ込むことも多い。
しかし、本当に踏み込んではならない一線については理解している。
零が自分から話さない以上、無理に聞き出すつもりはないらしい。
零も何も言わず、ぼんやりと校庭を眺めていた。
少なくとも今は、自分が事件へ関わる段階ではない。
そう考えていたところで、ふと誰かの視線を感じた。
顔を上げると、少し離れた席にいる鈴華と目が合った。
「……っ」
鈴華は僅かに肩を揺らし、慌てたように前へ向き直った。
それがここ数日で何度目かのことだった。
授業中や休み時間になると、鈴華から視線を感じる。何かを言いたそうにしていることもあったが、自分から話しかけてくる様子はない。
(なんなんだ?)
用事があるなら、直接言えばいい。
そう思いながらも、鈴華が口を開こうとしない以上、零もあえて問い詰めずにいた。
だが、何日も続けば、さすがに気にはなる。
もう一度鈴華へ目を向けようとしたところで、ホームルーム開始を告げるチャイムが鳴った。
担任が教室へ入ってきたため、零もひとまず前へ向き直った。
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放課後――。
星峰魔法高等学校、屋外演習場。
西へ傾いた陽射しが敷地へ差し込み、向かい合う二人の影を長く伸ばしていた。
零は鈴華から数メートル離れた場所に立ち、右手を掲げる。
「銀河星――バージョン隕石」
周囲へ漆黒の球が集まり、紫銀の粒子を纏った銀河星が次々と浮かび上がる。
鈴華も腰を落とし、迫る攻撃へ備えた。
「行くぞ、白河!」
「はい!」
その返事を合図に零が右手を振り抜く。
「連射」
五つの銀河星が紫銀の尾を引きながら放たれた。
正面から三発。
残る二発は左右へ分かれ、鈴華の逃げ道を塞ぐように大きく回り込んでくる。
「夢幻」
鈴華の身体が淡い光に包まれた。
零の認識には、鈴華が変わらず正面を駆け続けているように映る。
正面から迫った三発の隕石がその認識に残された鈴華へほぼ同時に殺到し、実体のない空間を貫いた。
攻撃がすり抜けたことで、零の認識が本物の鈴華へ戻ろうとする。
しかし、鈴華は夢幻を解かない。
身に纏わせた魔力を操り、零が本当の位置を捉えるより先に、認識のずれを重ねた。
その間に本物の鈴華は右斜め前へ駆け出している。
訓練を始めた頃は、一度認識をずらすだけで精一杯だった。
今では魔法を発動させたまま、二度目のずれを生み出せるところまで成長している。
「はぁっ……!」
地面を蹴り、零との距離を縮めていく。
だが、今日の動きには普段の鋭さがなかった。
左右から回り込んでくる二発を意識した瞬間、鈴華の脳裏へアルディア王国の一件が過ぎる。
僅かに集中が途切れた。
それだけで夢幻が乱れ、零の認識が本物の鈴華を捉える。
「――そこか」
右側から回り込んでいた岩崎が軌道を変え、鈴華の進路へ滑り込んだ。
もう一発も反対側へ回り、逃げ道を塞いでいる。
「……っ!」
鈴華は咄嗟に身体を捻った。
だが、間に合わない。
隕石が制服の肩口へ触れる寸前、零が右手を握る。
迫っていた一発も、反対側で待ち構えていたもう一発も、同時に紫銀の粒子へほどけた。
続いて零が右手を下ろすと、周囲に残っていた銀河星も光の粒となって消えていく。
「黒神くん?」
鈴華は体勢を整えながら、不思議そうに零を見た。
「どうした、白河。今日は全然集中できてねぇぞ」
「すみません……」
鈴華は申し訳なさそうに目を伏せた。
自分でも、動きが悪いことは分かっている。
夢幻を発動しても、すぐに別のことへ意識が向き、そのたびに魔法が乱れていた。
「疲れてるなら、今日はもう終わるか?」
「いえ、大丈夫です」
鈴華はすぐに顔を上げたものの、その表情にはまだ迷いが残っている。
零はしばらく見つめたあと、呆れたように息を吐いた。
「大丈夫な奴は、そんな顔しねぇよ」
「…………」
鈴華は何も答えず、胸元で両手を重ねた。
その様子を見て、零は数日間の様子を思い返す。
何度も自分へ向けられていた視線。
目が合うたびに逸らされ、結局、鈴華の方から話しかけてくることはなかった。
今日の訓練に集中できていないこととも、無関係ではないのだろう。
「あー……やっぱり、俺に何か言いたいことがあるんだろ?」
鈴華が驚いたように目を瞬かせる。
「どうして、それを……」
「見てりゃ分かる。今日の訓練も、ずっと上の空だったしな」
責めるような口調ではなかった。
零は片手を腰へ当てたまま、鈴華が話し出すのを待っている。話しにくいことなら、無理に聞き出すつもりはないのだろう。
鈴華は僅かに視線を落とした。
「その……アルディア王国のことです」
零の表情から僅かに気楽さが消える。
その変化を見て、鈴華は今日まで尋ねられずにいた。アストラル・オーダーの事情へ、どこまで踏み込んでいいのか分からなかったからだ。
それでも、何も聞かないままでは訓練へ集中することさえできない。
「もしかしたら、黒神くんが任務で呼び戻されて……また海外へ行ってしまうのではないかと思って」
「俺が?」
「はい」
零は一瞬、意味が分からないように鈴華を見つめた。
しかし、一国の女王と第一王子が亡くなった事件である。
魔法犯罪が関係していれば、アストラル・オーダーが動く可能性は高い。
零がその一員だと知る鈴華が、そう考えるのも無理はなかった。
「ああ、そういうことか」
最初に動くとすれば、情報や諜報活動を専門とする第2執行部「蒼穹」だ。
二人の死因を調べ、暗殺ならば実行犯や背後にいる勢力を探ることになる。
アルディア王国から正式な護衛要請があれば、防衛を担う第3執行部「守護」も王族や関係者の警護へ動くだろう。
一方、零が所属する第1執行部「星刻」の役目は、敵の捕縛や拠点の制圧。
実行犯や敵対組織が特定され、強大な戦力が必要になってから投入される部隊である。
まだ暗殺かどうかも確定しておらず、戦う相手すら分かっていない今は、第1執行部が動く段階ではなかった。
「心配しなくても大丈夫だ」
「本当ですか?」
不安そうに見つめてくる鈴華へ、零は迷うことなく頷いた。
「今の段階で、第1執行部の俺が出ることはまずねぇよ。それに、エレ姉からも何も連絡は来てねぇしな」
「エレ姉というのは、以前話していた怖い上司の方ですか?」
鈴華が記憶を辿るように首を傾げる。
以前、零はアストラル・オーダーにいる上司について、逆らうと恐ろしい人物だと話していた。
「ああ。とっても怖くて厳しいお姉さんだから、白河も気をつけろよ」
「えっと……分かりました」
鈴華は困惑しながらも、ひとまず頷いた。
しかし、エレノアとはまだ会ったことすらない。
今後会う予定があるとも聞かされていない相手に気をつけろと言われても、そう答えることしかできなかった。
零はそんな鈴華の困惑に気づいているのかいないのか、何事もなかったように話を続ける。
「それに、俺がもらった休暇は三年間だ。第1執行部の人手が足りなくなるような事態でもなけりゃ、わざわざ呼び戻されることはねぇよ」
鈴華は何も言わず、その言葉を聞いていた。
それでも、表情にはまだ僅かな不安が残っている。
零は少し離れた校舎へ視線を向けた。
夕日に染まる窓の向こうから、運動部の掛け声や、帰り支度をする生徒たちの話し声が聞こえてくる。
蕾との約束を果たすために始めた高校生活。
けれど今では、教室で影山や天野と昼食を取り、放課後には鈴華と訓練する日々が、零自身の日常にもなっていた。
それを途中で手放すつもりはない。
「少なくとも、学校を卒業するまでは日本にいるよ」
「……本当ですか?」
「ああ」
迷いのない返事を聞いた途端、鈴華の張り詰めていた表情がほどけた。
胸元へ手を添え、安堵したように息を吐く。
「よかった……」
そのあまりにも素直な反応に零は僅かに目を丸くした。
やがて、その口元へ悪戯っぽい笑みが浮かぶ。
「そんなに安心することか?」
「え?」
零は反応を確かめるように、鈴華の碧色の瞳を覗き込む。
「俺と離れるの、寂しいの?」
「――っ! そ、そんなんじゃありません!」
鈴華の頬へ一気に赤みが差した。
火照った顔を隠すように視線を逸らしながら、慌てて言葉を続ける。
「ただ、訓練が途中で終わってしまうと困ると思っただけです」
「はいはい。そういうことにしといてやるよ」
「本当に、それだけですからね」
零は追及する代わりに、楽しそうな笑みを残したまま肩をすくめた。
なぜ自分がこれほど安心したのか、鈴華自身にもまだ分からない。
ただ、これからも零が同じ教室にいて、こうして訓練を続けてくれる。
その事実が素直に嬉しかった。
胸の内に引っかかっていたものをようやく口にできたことで、鈴華の表情から迷いが消えている。
零は演習場の中央へ戻ると、鈴華から数メートル離れた場所で足を止めた。
「それだけ元気なら、まだ続けられるな?」
「はい。お願いします!」
鈴華は一度深く息を吸い込み、改めて腰を落とす。
零も右手を掲げた。
「銀河星――バージョン隕石」
周囲へ漆黒の光が集まり、紫銀の粒子を纏った銀河星が一つずつ宙へ浮かび上がる。
「今度は途中で集中切らすなよ?」
「もう大丈夫です」
鈴華は真っ直ぐに零を見据えた。
その碧色の瞳には、訓練へ向き合う強い光が戻っている。
「いい目だ。行くぞ、白河!」
「はい!」




