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漆黒の流星《ブラックスター》  作者: ショウ
第2章:天輝花

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4話:突然の事件③〜レオンの一手〜

しばらくして――。


王宮内の小会議室。

部屋にいるのは、レオン。

先ほどまでアイリスに付き添っていたメイド。

そして、レオンが最も信頼を置く護衛の男だけだった。


「……本当に、よろしいのでしょうか」


重い沈黙を破ったのは、メイドだった。

アイリスの前では抑えていた不安が、その顔にはっきりと表れている。


「今のアイリス様を、国外へお連れするなんて……」


「私も同意見です」


護衛の男が低い声で続ける。


「女王陛下と第一王子殿下が亡くなられた直後です。次にアイリス様が狙われる可能性もあります」


「分かっています」


レオンは、二人の意見を否定しなかった。

本来であれば、今のアイリスを国外へ出すべきではない。

警備の整った王宮に留めておく。

それが最も安全な選択に思える。


「ですが、本当にこの王宮が安全だと言い切れるでしょうか」


問い掛けられた二人の顔が強張る。

女王と第一王子は、厳重な警備に守られていた。

それにもかかわらず、二人はほぼ同時期に命を落としている。

公には死因を調査中としているが、王宮では何者かに殺害された可能性が高いと見られていた。


「実行犯が何者なのか。その背後に誰がいるのか。未だ何も掴めていません」


王宮内部に協力者がいるのか。

王位継承へ関わる貴族が動いているのか。

あるいは、まったく別の勢力によるものなのか。

今の段階では、何一つ断定できない。


「加えて、陛下と第一王子殿下は亡くなる直前まで、天輝花の違法流通について調査しておられました」


「では、やはり天輝花が……?」


メイドの問いに、レオンは首を横へ振った。


「分かりません」


王位継承を巡る企みなのか。

天輝花の利権が目的なのか。

あるいは、その二つがどこかで繋がっているのか。

疑うことはできても、今ある情報だけでは答えを出せなかった。


「ですが、陛下と第一王子殿下を殺した者が、次にアイリス様を狙わないという保証はありません」


レオンの眼差しが鋭くなる。


「だからこそ、王宮内へ残ることにも危険があるとお考えなのですね」


護衛の男が確認すると、レオンは頷いた。


「すでに王宮の関係者には、アイリス様の滞在先や日本での移動経路について、それぞれ異なる情報を流しています」


「異なる情報を?」


「誰に伝えた情報が外へ漏れるのか。その反応を見るためです」


現時点では、どの情報にも動きはない。

しかし、日本への出発が近づけば、内通者が何らかの行動を起こす可能性がある。


「正式な滞在先と移動経路を知る者は、必要最低限に留めます。内通者を特定するまでは、誰が相手であっても情報を広げるわけにはいきません」


レオンが二人をこの場へ呼んだのも、アイリスを任せられる数少ない人物だからだった。

護衛の男はしばらく考えたあと、険しい表情のまま口を開く。


「それでも、国外へ出れば王宮の警備は使えません」


「日本側とは、すでに警備体制について協議を進めています。私も同行しますし、あなたにもアイリス様の傍を離れないでもらいます」


「承知しました」


護衛の男は迷いなく答えた。


「何があろうと、必ずアイリス様をお守りします」


「お願いいたします」


レオンは、その言葉を噛み締めるように頷く。


「それに、現地ではもう一つ、表向きの警備とは別の備えを用意しています」


メイドが不思議そうに顔を上げた。


「アストラル・オーダーへ、護衛を依頼されたのですか?」


「いいえ。正式な要請は出しておりません」


国際魔法機関へ協力を求めれば、頼もしい戦力を得られる。

三年前の事件でも、その力によってアイリスは救われた。

しかし、正式な要請を出すためには、王宮の重臣や外交担当者を通さなければならない。


「王宮内に内通者がいるのなら、正式な要請を出した時点で、我々が暗殺を疑い、特別な護衛を用意していることまで知られる恐れがあります」


「では、どなたに?」


レオンはすぐには答えなかった。

机へ目を落とし、数日前に交わした会話を思い返す。


「一人の新聞記者です」


「新聞記者……?」


「英国タイムズ所属――神黒一玄」


その名前を聞き、メイドが何かに気づいたように目を見開いた。


「三年前、アイリス様へ写真を届けてくださった方ですね」


「ええ」



-----



数日前――。

アルディア王都にある、一軒のホテル。


女王と第一王子の死を受け、各国から大勢の報道関係者が集まっていた。

英国タイムズの記者として王都を訪れていた神黒一玄も、その中の一人だった。

人目を避けて用意された一室で、レオンは一玄と向かい合っている。

一玄は黒いスーツ姿のまま、椅子へ深く腰掛けていた。

テーブルを挟んで座るレオンは、女王と第一王子の死、天輝花の違法流通、そして王宮内に敵と繋がる者がいる可能性について説明を終えた。


「――事情は以上です」


一玄はすぐには答えなかった。

腕を組み、レオンから聞いた話を頭の中で整理するように目を細めている。

やがて、低い声を漏らした。


「なるほどな。王宮の中にも敵がいるかもしれねぇ。だから、表立ってアストラルに助けを求めるわけにもいかないってことか」


「はい」


レオンは頷いた。


「もちろん、私の考えすぎである可能性もあります」


そうであってほしい。

すべてが自分の杞憂に終わるのなら、それが一番いい。


「何も起きなければ、それで構いません。ただ、もしもの時に備えておきたいのです」


「けど、いいのか?」


一玄は椅子の背もたれへ身体を預け、冗談めかして口角を上げた。


「俺はアストラルの人間でも、この国の騎士でもねぇ。ただの記者だぜ。今の話を記事にすりゃ、王国を揺るがす特大スクープになる」


もちろん、それは一玄の表向きの顔にすぎない。

神黒一玄の正体が、アストラル・オーダー第二執行部『蒼穹(Azure)』に所属する黒神玄一であることを、レオンは知らない。

一玄はあえて「ただの記者」という立場を強調してみせた。

レオンがどこまで自分を信頼しているのか。

そして、どれほどの覚悟でこの話を持ちかけてきたのか。

それを試していた。


「そのときは、私に人を見る目がなかった――それだけのことです」


レオンは一玄から目を逸らさなかった。

一玄はわずかに目を見開いたあと、愉快そうに笑う。


「はっ。言うじゃねぇか」


レオンにとっても、これは一つの賭けだった。

王宮の中にさえ敵が潜んでいる可能性がある以上、頼れる者は限られている。

それでも、三年前にアイリスを救った二人と面識のある一玄ならば、王宮の思惑に縛られず、信頼できる人物を選んでくれるかもしれない。

今のレオンには、この記者の力を借りるしかなかった。


一玄はテーブルの上へ目を向けた。

そこには、一通の招待状が置かれている。

日本で開催される国際親善パーティー。

アルディア王国の随行者へ割り当てられた招待状の一通だった。


「これを使い、表向きの警備とは別に、アイリス様を守れる者を会場へ入れていただきたいのです」


「俺に人選を任せるってことか?」


「はい。あなたなら、信頼できる人物を選んでくださると考えています」


一玄は何も答えず、招待状を手に取った。

会場と日付を確かめたあと、何かを思いついたように口元を緩める。


「ちょうど、うってつけの奴がいる」


「心当たりがあるのですか?」


レオンが身を乗り出す。

しかし、一玄はその人物の名前を明かさなかった。

代わりに招待状を軽く掲げ、豪快な笑みを浮かべる。


「腕は俺が保証する。それに、事情を知れば、あいつは絶対に断らねぇよ」


そこまで断言する一玄の目には、先ほどまでの冗談めいた色はなかった。

レオンは短い沈黙のあと、深く頭を下げる。


「……分かりました。お願いいたします」


「そっちは任せておけ」



-----



「……その方を信用しておられるのですね」


メイドの声に呼ばれ、レオンは数日前の記憶から意識を戻した。


「少なくとも、三年前の一件があります」


英国タイムズの記者を名乗る神黒一玄。

しかし、これまで大きなスクープを報じたことは一度もない。

それどころか、記者としての実績は皆無だった。

レオンが信じたのは、その肩書きではない。


三年前、アイリスを救った二人から大切な写真を預かり、約束どおり彼女のもとへ届けた。

少なくとも、託されたものを裏切るような男ではない。

レオンは護衛の男へ視線を移した。


「ですが、私たちの責務が変わるわけではありません。日本では、あなたと現地の警備担当者を中心に、予定どおり警備を進めてください」


「承知しました」


護衛の男は深く頭を下げた。

レオンは窓の向こうへ目を向ける。

王宮を取り囲む人々の声は、今も途切れることなく響いていた。

女王と第一王子を殺した者。

王位継承を巡って動く者。

そして、水面下で再び流れ始めた天輝花。

それぞれがどこで繋がっているのか、まだ見えていない。

それでも、これ以上大切な者を失うわけにはいかなかった。


今度こそ、アイリスを守り抜くために。

そのための手は――すでに打ってある。

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