4話:突然の事件①〜訃報〜
星峰魔法高等学校。
昼休み。
一年C組の教室には、昼食を囲む生徒たちの賑やかな声が満ちていた。
窓から入り込む五月の風が、白いカーテンをゆっくりと揺らしている。
零、影山、天野の三人は、いつものように机を寄せて昼食を取っていた。
数席離れたところでは、鈴華も女子生徒たちと弁当を囲んでいる。
中間試験の結果が返ってきた日の放課後。
帰り支度をしていた零を鈴華が呼び止め、「二人で話したい」と告げた場面を、影山と天野も目にしていた。
あの時、鈴華は「そういう話ではありません」と否定していた。
しかし、その日を境に二人で行動する姿が目立つようになった。
放課後になれば揃って教室を出ていき、休日にも二人で学校へ来ているらしい。
以前から同じクラスで話すことはあったものの、二人で過ごす時間が明らかに増えている。
天野が気になってしまうのも無理はなかった。
とはいえ、本人へ直接尋ねるとなると話は別である。
天野は弁当へ目を落としたまま、何度か口を開きかけては閉じていた。
零がおかずを口へ運ぼうとしたところで、その落ち着かない様子に気づく。
「なんだよ。さっきから」
声を掛けられ、天野の箸が止まった。
「なあ、黒神。一つ聞いてもいいか?」
零は摘んでいたおかずを口へ放り込み、怪訝そうに天野を見る。
「内容による」
「聞かないと、内容も分からないだろ」
天野が眉を寄せる。
相変わらず、零は自分が興味を持てない話には取り合おうとしない。
「だったら、さっさと聞けよ」
「お前な……」
天野は呆れながらも、今さら引き下がるつもりはないらしい。
周囲を気にするように声を落とし、零へ身を寄せる。
「お前と白河、付き合ってんのか?」
ちょうどその時、近くで話していた女子生徒たちの笑い声が途切れた気がした。
自分の名前が耳に入り、鈴華の肩がびくりと跳ねる。
おかずを摘もうとしていた箸が、弁当の上で止まった。
「は? 付き合ってねぇよ」
零は間を置かずに否定し、何事もなかったように弁当へ箸を伸ばした。
あまりにも迷いのない返答だった。
それを聞いた鈴華の頬へ、じわりと熱が集まる。
否定されたことに何かを思ったわけではない。
突然、自分と零をそういう関係として結びつけられたから驚いただけ。
そう自分へ言い聞かせ、何事もなかったように昼食を再開しようとする。
しかし、箸で摘もうとした卵焼きを二度続けて取り損ねた。
そんな鈴華の反応を、影山は見逃さなかった。
普段どおり弁当を食べている零。
その数席先で、頬を赤らめたまま俯いている鈴華。
二人を交互に眺めた影山の口元へ、楽しげな笑みが浮かぶ。
「ふむ……これは、先が長そうだ」
「何の話だ?」
零が怪訝そうに顔を上げた。
影山はそれ以上説明する気はないらしく、何食わぬ顔で弁当へ箸を伸ばす。
「気にするな、同志黒神。こちらの話だ」
「変な奴」
零は興味を失い、再び昼食へ戻った。
一方の鈴華は、火照った頬を隠すように俯いたままだった。
情報収集を得意とする影山は、零から聞くまでもなく、二人が放課後に演習場へ通っていることを把握している。
そのうえで何も知らないふりをし、天野と零のやり取りを楽しんでいたのだ。
事情を知らない天野だけは、まだ疑問が解けていないらしく首を傾げていた。
「魔法の相談だとは聞いてたけどさ。それにしたって、最近いつも一緒にいるだろ」
「魔法の訓練だよ」
零は何でもないことのように答え、おかずを口へ放り込む。
「白河に頼まれて、放課後に付き合ってる」
「黒神が魔法を教えてるのか?」
「教えてるってほどじゃねぇよ。実戦形式で相手してるだけだ」
自分の銀河魔法は特殊すぎるため、鈴華へ魔法そのものを教えることはできない。
今行っているのは、鈴華が自分の幻影魔法を使いこなすための訓練だった。
それでも、零が誰かの訓練へ継続的に付き合っていることは、天野には意外だったらしい。
「へえ……お前って、そういうのは面倒がりそうなのにな」
「最初は断るつもりだったけどな」
零は悪びれる様子もなく答えたあと、弁当箱に残ったおかずへ箸を伸ばす。
「今は俺も結構楽しんでる」
その言葉を聞いた影山が、意味ありげに目を細めた。
しかし、今度は何も言わない。
下手に口を挟めば、零が警戒して話を切り上げると分かっているのだろう。
「どんな訓練をしてるんだ?」
天野から向けられる興味は、ますます強くなっていた。
影山も口を挟まないだけで、見てみたいという気持ちは隠していない。
二人の視線を受け、零は少し考えてから口を開く。
「そんなに気になるなら、お前らも見に来るか?」
「いいのか?」
天野の箸が止まった。
隣では、影山も面白そうに笑っている。
「ほう。秘密の特訓を見学させてもらえるのか」
「別に秘密にしてねぇよ」
零が呆れたように返すと、影山は大げさに両手を広げた。
「ならば、今日の放課後にでも見せてもらうとしよう」
「俺まで行くことになってるのか?」
影山が当然のように話を進めたため、天野が目を瞬かせる。
そんな反応を予想していたのか、影山は愉快そうに眼鏡の位置を直した。
「ここまで聞いておいて、興味がないとは言わせんぞ。同志天野」
「まあ、気になるのは確かだけどさ……」
天野は困ったように笑う。
それでも、断るつもりはないらしい。
「じゃあ、俺も見せてもらうよ」
「好きにしろ」
零はそれだけ答えると、再び昼食へ戻った。
いつもと変わらない三人のやり取り。
少し離れた席から聞こえてくる、女子生徒たちの笑い声。
窓から吹き込む穏やかな風。
零が少しずつ慣れ始めていた、平穏な学校生活。
その空気を切り裂くように、影山のスマートフォンが短く震えた。
「ん?」
影山が何気なく端末を取り出す。
届いていた速報を開いた瞬間、先ほどまで浮かべていた笑みが消えた。
「……なんだ、これは」
声の変化に気づき、天野が箸を置いた。
「どうした?」
「これを見ろ」
影山がスマートフォンを机の中央へ置く。
画面に表示されていたのは、海外から飛び込んできた速報だった。
『アルディア王国――女王および第一王子死亡』
「……女王と第一王子?」
天野が信じられないように呟いた。
ほぼ同時に、教室のあちこちでスマートフォンの通知音が鳴り始める。
同じ速報を見た生徒たちから驚きの声が上がり、それまでの賑やかな空気が瞬く間にざわめきへ変わっていった。
周囲の異変に気づいた鈴華も、零たちの方へ顔を向ける。
アルディア王国は、魔法技術や希少資源によって世界的にも大きな影響力を持つ国だ。
その国家元首と王位継承者が、ほぼ同時に命を落とした。
ただ事で済むはずがない。
「……アルディア王国」
零の口から、掠れた声が漏れた。
三年前、ロンドンでの護衛任務で出会った、一人の少女。
蕾に手を引かれ、年相応の笑顔で街を駆けていた金髪の王女。
三人で街を巡り、時計台で一枚の写真を撮ったこと。
短いながらも楽しかった、あの一週間。
その一つ一つが、鮮明な記憶となって蘇る。
零は箸を置き、影山のスマートフォンへ手を伸ばした。
記事を開き、その先へ素早く目を走らせる。
しかし、書かれているのは女王と第一王子が亡くなったという事実だけだった。
死因は現在調査中。
第一王女アイリスの安否についても、詳しい情報は掲載されていない。
「黒神?」
天野に呼び掛けられ、零はようやく画面から顔を上げた。
天野は戸惑いながら、その表情を窺っている。
「どうかしたのか?」
「……いや。何でもない」
零はそう答えたものの、先ほどまでの気楽な様子は消えていた。
離れた席から、その変化を鈴華が見つめている。
アルディア王国という名前を口にした途端、零の顔つきが変わった。
普段の気怠げな表情ではない。
アストラル・オーダーの執行官として戦う時に見せる、鋭い眼差しだった。
けれど、鈴華には零がなぜそこまで反応したのか分からない。
彼とアルディア王国の間にどのような繋がりがあるのかも、まだ知らなかった。
零は再び記事へ目を落とす。
三年前、天輝花を狙った者たちは捕らえられた。
あの事件は、アイリスを無事に王国へ帰したことで終わったはずだった。
今回の二人の死と、かつての事件を結びつける証拠は何もない。
それでも、女王と第一王子がほぼ同時に死亡したという知らせを、ただの偶然だとは思えなかった。
何より、アイリスが無事だという確かな情報がない。
周囲のざわめきが、次第に遠ざかっていく。
「……嫌な予感がするな」
誰にも聞こえないほどの声で、零は呟いた。
画面に並ぶ短い見出しを、黄金色の瞳はいつまでも離さなかった。




