1話:新たな日常③〜弱点2つ〜
しばらくして――。
屋外演習場。
演習場の中央まで歩いた零は、鈴華から数メートル離れた場所で足を止めた。
「まず、お前の弱点を二つ教える」
先ほどまでの気の抜けた雰囲気とは違う。
黄金色の瞳が鈴華の戦い方を見定めるように向けられている。
鈴華は自然と背筋を伸ばした。
「はい」
零は人差し指を一本立てる。
「一つ目。幻影魔法を扱い切れてない」
鈴華は僅かに目を伏せた。
その言葉は、自分でも薄々感じていたことだった。
幻影を作り出すことはできる。
数を増やすことも、動かすこともできる。
けれど、それを実戦の中で本当に使いこなせているかと問われれば、自信を持って頷くことはできない。
「四月の事件でも、幻影魔法を使ったのに捕まっただろ?」
「……はい」
鈴華は悔しさを滲ませながらも、素直に頷いた。
あの時、もっと上手く幻影魔法を使えていたら。
敵に本体を見抜かれず、捕まらずに済んだかもしれない。
少なくとも、あれほど簡単に身動きを封じられることはなく、自分の力で状況を立て直せたはずだ。
零は鈴華の反応を確かめると、二本目の指を立てた。
「二つ目。必殺技がない」
鈴華は僅かに首を傾げた。
自分に決定打と呼べる魔法がないことは、鈴華自身も分かっている。
それでも、これまでは必殺技の必要性を強く感じていなかった。
光魔法と幻影魔法を組み合わせて相手を翻弄し、確実に攻撃を重ねていけばいい。
そう考えていたからだ。
その考えを見透かしたように、零が口を開く。
「例えば、四月の事件だ」
鈴華の表情が引き締まる。
「あの時は俺が助けに入った。でも、お前に戦況をひっくり返せるだけの必殺技があれば、一人であの場を打破できたかもしれない」
零の言葉を聞き、鈴華は四月の事件を思い返した。
脳裏に浮かんだのは、親友である鏡野澪の水龍。
そして、目の前にいる零が放った超新星。
巨大な水の龍となって敵を呑み込む澪の魔法。
圧倒的な破壊力で、戦況そのものを覆す零の魔法。
どちらも必殺技と呼ぶに相応しい力だった。
もしも自分にも、光魔法や幻影魔法を最大限に生かした、あの二人のような決め手があったなら――。
確かに自分一人であの場を打破できたかもしれない。
零に助けられるのを待つのではなく、自分の力で窮地を切り開けたかもしれない。
これまでそれほど意識していなかった必殺技が、今の自分に欠けている大切な力なのだと、初めて実感した。
「それで、まずは必殺技の方だけど――」
零が話を戻す。
鈴華は期待に満ちた碧色の瞳を向けた。
自分も鏡野の水龍や零の超新星に並ぶような、自分だけの必殺技を身につけられるのだろうか。
そう考えただけで、胸の奥が高鳴る。
しかし、零の口から告げられたのは、予想とは正反対の言葉だった。
「俺には教えられない」
「……えっ?」
期待に満ちていた鈴華の表情が固まった。
「俺の技をそのまま教えたところで、お前には使えねぇからな」
鈴華は目に見えて肩を落とした。
確かに零の銀河魔法は特殊な技だ。
教えてもらったところで使いこなせるわけはなかった。
先ほどまで高まっていた期待が、行き場を失って急速に萎んでいく。
そんな鈴華の様子を見て、零は僅かに苦笑した。
「でも、アテはある」
不意に続いた言葉に、鈴華が勢いよく顔を上げる。
「本当ですか?」
「ああ。とりあえず向こうに連絡してからだな……」
零は何かを思い出すように空へ視線を向けた。
その横顔には、いつもの気怠げな表情とは異なる、どこか懐かしむような色が浮かんでいた。
「向こう?」
「いや、こっちの話だ。気にするな」
零はそれ以上話すつもりがないのか、鈴華へ視線を戻した。
必殺技については、今聞いても教えてくれないのだろう。
鈴華は気にはなりつつも追及を諦め、真剣な表情で次の言葉を待った。
「とにかく、今のお前に必要なのは、新しい魔法を増やすことじゃない」
零はそこで言葉を切ると、鈴華を真っ直ぐに見つめた。
「幻影魔法を使いこなすこと。それから、自分だけの必殺技を身につけること」
先ほど指摘した二つの弱点。
そのどちらも、簡単に克服できるものではない。
それでも零は、何でもないことのように続けた。
「とりあえず、この二つをモノにできるまでは付き合ってやるよ」
「……本当ですか?」
「ああ。途中で音を上げなければな」
試すような笑みを向けられ、鈴華は力強く頷いた。
「上げません。絶対に」
「なら決まりだ」
零は満足そうに口元を緩めた。
「それで、具体的には何をすればいいんですか?」
ここから幻影魔法の使い方を詳しく教えてくれるのだろう。
鈴華はそう思っていた。
「それを今から考えるんだよ」
「えっ?」
零が左手を制服のポケットへ入れたまま、右手を掲げる。
その周囲へ漆黒の光が集まり始めた。
紫銀の星屑が瞬き、漆黒の銀河星が一つ、また一つと夕暮れの空へ浮かび上がっていく。
「銀河星――バージョン隕石」
「えっと……」
十を超える銀河星を見上げ、鈴華の表情が僅かに引きつる。
どう考えても幻影魔法について説明するために出すものではない。
「黒神くん……?」
鈴華が恐る恐る名前を呼ぶ。
零はそんな鈴華を見て楽しそうに口元を吊り上げた。
「今から五分間、俺の攻撃を避け切れ」
「えぇっ!?」
素っ頓狂な声が演習場へ響き渡った。
無理もない。
幻影魔法の使い方を教えてもらえると思っていた矢先に、目の前には十を超える銀河星が浮かんでいる。
しかし零は冗談を言っている様子ではなかった。
「幻影魔法を使ってな。どう避けるかは自分で考えろ」
「何か助言はないんですか?」
鈴華は縋るような視線を向けた。
しかし零は、右手を掲げたまま楽しそうに笑っている。
「習うより慣れろってやつだ」
紫銀の光を纏った漆黒の銀河星が鈴華へ照準を合わせる。
「体で覚えろ」
「そんな無茶な……」
鈴華は困惑しながらも、すぐに両手を構えた。
頼んだのは自分だ。
厳しくなることも、最初に言われている。
ここで逃げ出すつもりはなかった。
そんな鈴華の表情を見て、零が満足そうに笑う。
「行くぞ、白河。構えろ!」
紫銀の星屑が激しく瞬いた。
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――そして、現在。
どれほどの時間、攻撃を避け続けたのだろう。
「はぁっ……はぁっ……!」
鈴華は演習場の地面へ仰向けに倒れ込み、荒い呼吸を繰り返していた。
胸が激しく上下する。
額から流れる汗は止まらず、制服も身体へ張り付いている。
もう立ち上がれない。
足には力が入らず、腕を持ち上げることさえ億劫だった。
体力だけではない。
零の攻撃を躱すため、何度も幻影を作り続けた。
生み出しては見破られ、消されればまた作り出す。
それを繰り返した結果、身体の内側にあった魔力も、ほとんど残っていなかった。
体力も魔力も、完全に使い切った。
それでも――。
結局、一度も五分間を避け切ることはできなかった。
鈴華は動かない身体を諦め、夕焼けに染まった空をぼんやりと見上げる。
悔しくないと言えば嘘になる。
けれど、不思議と嫌ではなかった。
今まで自分がどれだけ幻影魔法を使えていなかったのか。
そして、まだどれだけ先へ行けるのか。
ほんの少しだけ、見えた気がした。
そんな鈴華の耳へ、土を踏む足音が近づいてくる。
やがて視界の端に、零の姿が映った。
零は倒れ込んだ鈴華の横まで来ると、持ってきていたスポーツドリンクとタオルを地面へ置いた。
それから少しかがみ込み、鈴華の顔を覗き込む。
「大丈夫か、白河?」
鈴華は返事をする代わりに、荒い呼吸を繰り返しながら小さく頷いた。
どうやら意識はしっかりしている。
それを確認した零の口元に、悪戯っぽい笑みが浮かんだ。
「生きてるか?」
冗談混じりの声だった。
鈴華は疲れ切った顔のまま、零を見上げる。
「……勝手に殺さないでください」
「ははっ」
零は思わず吹き出した。
体力も魔力も使い切って地面へ転がっているというのに、まだ言い返す元気は残っているらしい。
その様子が気に入ったのか、零は楽しそうに目を細めた。
「根性あるじゃねぇか。俺、そういう奴は好きだぜ」
「……っ」
鈴華の碧色の瞳が、僅かに大きくなる。
零にとっては、最後まで諦めなかった鈴華を褒めただけなのだろう。
実際、本人は何でもないことのような顔をしている。
けれど、鈴華の頬にはほんのりと赤みが差した。
疲労で火照っているだけではないことを誤魔化すように、鈴華はスポーツドリンクへ視線を向ける。
「……ありがとうございます」
まだ力の戻り切らない手を伸ばし、ドリンクを受け取る。
冷たい液体を少しずつ喉へ流し込むと、乾いていた身体へ染み渡っていく。
鈴華はようやく小さく息を吐いた。
零はそれ以上何も言わなかった。
鈴華から少し離れた場所へ腰を下ろすと、片膝を立てたまま夕焼け空へ視線を向ける。
早く立てとも、もう帰るぞとも言わない。
ここまで追い込んだのは零自身だ。
だからこそ、回復する時間まで含めて待つつもりなのだろう。
鈴華も無理に立ち上がろうとはせず、タオルで額の汗を拭いながら身体を休ませる。
少しずつ呼吸が整っていく。
空っぽになっていた身体にも、僅かずつ力が戻り始めていた。
零はその様子を横目で確認しただけで、何も言わない。
再び夕焼け空へ視線を戻し、鈴華が自分の力で立ち上がれるようになるまで、ただ静かに隣で待っていた。
星峰魔法高等学校へ入学して一か月余り。
友人たちと過ごす平穏な日常。
そして、新たに始まった鈴華との放課後の訓練。
黒神零の学校生活は、順風満帆に進んでいた。




