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漆黒の流星《ブラックスター》  作者: ショウ
第2章:天輝花

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1話:新たな日常③〜弱点2つ〜

しばらくして――。


屋外演習場。

演習場の中央まで歩いた零は、鈴華から数メートル離れた場所で足を止めた。


「まず、お前の弱点を二つ教える」


先ほどまでの気の抜けた雰囲気とは違う。

黄金色の瞳が鈴華の戦い方を見定めるように向けられている。

鈴華は自然と背筋を伸ばした。


「はい」


零は人差し指を一本立てる。


「一つ目。幻影魔法を扱い切れてない」


鈴華は僅かに目を伏せた。

その言葉は、自分でも薄々感じていたことだった。

幻影を作り出すことはできる。

数を増やすことも、動かすこともできる。

けれど、それを実戦の中で本当に使いこなせているかと問われれば、自信を持って頷くことはできない。


「四月の事件でも、幻影魔法を使ったのに捕まっただろ?」


「……はい」


鈴華は悔しさを滲ませながらも、素直に頷いた。

あの時、もっと上手く幻影魔法を使えていたら。

敵に本体を見抜かれず、捕まらずに済んだかもしれない。

少なくとも、あれほど簡単に身動きを封じられることはなく、自分の力で状況を立て直せたはずだ。

零は鈴華の反応を確かめると、二本目の指を立てた。


「二つ目。必殺技がない」


鈴華は僅かに首を傾げた。

自分に決定打と呼べる魔法がないことは、鈴華自身も分かっている。

それでも、これまでは必殺技の必要性を強く感じていなかった。

光魔法と幻影魔法を組み合わせて相手を翻弄し、確実に攻撃を重ねていけばいい。

そう考えていたからだ。

その考えを見透かしたように、零が口を開く。


「例えば、四月の事件だ」


鈴華の表情が引き締まる。


「あの時は俺が助けに入った。でも、お前に戦況をひっくり返せるだけの必殺技があれば、一人であの場を打破できたかもしれない」


零の言葉を聞き、鈴華は四月の事件を思い返した。

脳裏に浮かんだのは、親友である鏡野澪の水龍。

そして、目の前にいる零が放った超新星。

巨大な水の龍となって敵を呑み込む澪の魔法。

圧倒的な破壊力で、戦況そのものを覆す零の魔法。

どちらも必殺技と呼ぶに相応しい力だった。

もしも自分にも、光魔法や幻影魔法を最大限に生かした、あの二人のような決め手があったなら――。


確かに自分一人であの場を打破できたかもしれない。

零に助けられるのを待つのではなく、自分の力で窮地を切り開けたかもしれない。

これまでそれほど意識していなかった必殺技が、今の自分に欠けている大切な力なのだと、初めて実感した。


「それで、まずは必殺技の方だけど――」


零が話を戻す。

鈴華は期待に満ちた碧色の瞳を向けた。

自分も鏡野の水龍や零の超新星に並ぶような、自分だけの必殺技を身につけられるのだろうか。

そう考えただけで、胸の奥が高鳴る。

しかし、零の口から告げられたのは、予想とは正反対の言葉だった。


「俺には教えられない」


「……えっ?」


期待に満ちていた鈴華の表情が固まった。


「俺の技をそのまま教えたところで、お前には使えねぇからな」


鈴華は目に見えて肩を落とした。

確かに零の銀河魔法は特殊な技だ。

教えてもらったところで使いこなせるわけはなかった。

先ほどまで高まっていた期待が、行き場を失って急速に萎んでいく。

そんな鈴華の様子を見て、零は僅かに苦笑した。


「でも、アテはある」


不意に続いた言葉に、鈴華が勢いよく顔を上げる。


「本当ですか?」


「ああ。とりあえず向こうに連絡してからだな……」


零は何かを思い出すように空へ視線を向けた。

その横顔には、いつもの気怠げな表情とは異なる、どこか懐かしむような色が浮かんでいた。


「向こう?」


「いや、こっちの話だ。気にするな」


零はそれ以上話すつもりがないのか、鈴華へ視線を戻した。

必殺技については、今聞いても教えてくれないのだろう。

鈴華は気にはなりつつも追及を諦め、真剣な表情で次の言葉を待った。


「とにかく、今のお前に必要なのは、新しい魔法を増やすことじゃない」


零はそこで言葉を切ると、鈴華を真っ直ぐに見つめた。


「幻影魔法を使いこなすこと。それから、自分だけの必殺技を身につけること」


先ほど指摘した二つの弱点。

そのどちらも、簡単に克服できるものではない。

それでも零は、何でもないことのように続けた。


「とりあえず、この二つをモノにできるまでは付き合ってやるよ」


「……本当ですか?」


「ああ。途中で音を上げなければな」


試すような笑みを向けられ、鈴華は力強く頷いた。


「上げません。絶対に」


「なら決まりだ」


零は満足そうに口元を緩めた。


「それで、具体的には何をすればいいんですか?」


ここから幻影魔法の使い方を詳しく教えてくれるのだろう。

鈴華はそう思っていた。


「それを今から考えるんだよ」


「えっ?」


零が左手を制服のポケットへ入れたまま、右手を掲げる。

その周囲へ漆黒の光が集まり始めた。

紫銀の星屑が瞬き、漆黒の銀河星が一つ、また一つと夕暮れの空へ浮かび上がっていく。


銀河星(ギャラクシースター)――バージョン隕石メテオ


「えっと……」


十を超える銀河星を見上げ、鈴華の表情が僅かに引きつる。

どう考えても幻影魔法について説明するために出すものではない。


「黒神くん……?」


鈴華が恐る恐る名前を呼ぶ。

零はそんな鈴華を見て楽しそうに口元を吊り上げた。


「今から五分間、俺の攻撃を避け切れ」


「えぇっ!?」


素っ頓狂な声が演習場へ響き渡った。

無理もない。

幻影魔法の使い方を教えてもらえると思っていた矢先に、目の前には十を超える銀河星が浮かんでいる。

しかし零は冗談を言っている様子ではなかった。


「幻影魔法を使ってな。どう避けるかは自分で考えろ」


「何か助言はないんですか?」


鈴華は縋るような視線を向けた。

しかし零は、右手を掲げたまま楽しそうに笑っている。


「習うより慣れろってやつだ」


紫銀の光を纏った漆黒の銀河星が鈴華へ照準を合わせる。


「体で覚えろ」


「そんな無茶な……」


鈴華は困惑しながらも、すぐに両手を構えた。

頼んだのは自分だ。

厳しくなることも、最初に言われている。

ここで逃げ出すつもりはなかった。

そんな鈴華の表情を見て、零が満足そうに笑う。


「行くぞ、白河。構えろ!」


紫銀の星屑が激しく瞬いた。



-----



――そして、現在。

どれほどの時間、攻撃を避け続けたのだろう。


「はぁっ……はぁっ……!」


鈴華は演習場の地面へ仰向けに倒れ込み、荒い呼吸を繰り返していた。

胸が激しく上下する。

額から流れる汗は止まらず、制服も身体へ張り付いている。


もう立ち上がれない。

足には力が入らず、腕を持ち上げることさえ億劫だった。


体力だけではない。

零の攻撃を躱すため、何度も幻影を作り続けた。

生み出しては見破られ、消されればまた作り出す。

それを繰り返した結果、身体の内側にあった魔力も、ほとんど残っていなかった。

体力も魔力も、完全に使い切った。


それでも――。

結局、一度も五分間を避け切ることはできなかった。

鈴華は動かない身体を諦め、夕焼けに染まった空をぼんやりと見上げる。


悔しくないと言えば嘘になる。

けれど、不思議と嫌ではなかった。

今まで自分がどれだけ幻影魔法を使えていなかったのか。

そして、まだどれだけ先へ行けるのか。

ほんの少しだけ、見えた気がした。


そんな鈴華の耳へ、土を踏む足音が近づいてくる。

やがて視界の端に、零の姿が映った。

零は倒れ込んだ鈴華の横まで来ると、持ってきていたスポーツドリンクとタオルを地面へ置いた。

それから少しかがみ込み、鈴華の顔を覗き込む。


「大丈夫か、白河?」


鈴華は返事をする代わりに、荒い呼吸を繰り返しながら小さく頷いた。

どうやら意識はしっかりしている。

それを確認した零の口元に、悪戯っぽい笑みが浮かんだ。


「生きてるか?」


冗談混じりの声だった。

鈴華は疲れ切った顔のまま、零を見上げる。


「……勝手に殺さないでください」


「ははっ」


零は思わず吹き出した。

体力も魔力も使い切って地面へ転がっているというのに、まだ言い返す元気は残っているらしい。

その様子が気に入ったのか、零は楽しそうに目を細めた。


「根性あるじゃねぇか。俺、そういう奴は好きだぜ」


「……っ」


鈴華の碧色の瞳が、僅かに大きくなる。

零にとっては、最後まで諦めなかった鈴華を褒めただけなのだろう。

実際、本人は何でもないことのような顔をしている。

けれど、鈴華の頬にはほんのりと赤みが差した。

疲労で火照っているだけではないことを誤魔化すように、鈴華はスポーツドリンクへ視線を向ける。


「……ありがとうございます」


まだ力の戻り切らない手を伸ばし、ドリンクを受け取る。

冷たい液体を少しずつ喉へ流し込むと、乾いていた身体へ染み渡っていく。

鈴華はようやく小さく息を吐いた。

零はそれ以上何も言わなかった。

鈴華から少し離れた場所へ腰を下ろすと、片膝を立てたまま夕焼け空へ視線を向ける。


早く立てとも、もう帰るぞとも言わない。

ここまで追い込んだのは零自身だ。

だからこそ、回復する時間まで含めて待つつもりなのだろう。

鈴華も無理に立ち上がろうとはせず、タオルで額の汗を拭いながら身体を休ませる。


少しずつ呼吸が整っていく。

空っぽになっていた身体にも、僅かずつ力が戻り始めていた。

零はその様子を横目で確認しただけで、何も言わない。


再び夕焼け空へ視線を戻し、鈴華が自分の力で立ち上がれるようになるまで、ただ静かに隣で待っていた。


星峰魔法高等学校へ入学して一か月余り。

友人たちと過ごす平穏な日常。

そして、新たに始まった鈴華との放課後の訓練。

黒神零の学校生活は、順風満帆に進んでいた。


挿絵(By みてみん)

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